第12話:禁術
驚いたのは、公子の方だった。
下校時には大雨に変わった雨の中、歩道橋の下にミテルくんだけでなく、制服を着た姫子の姿があった。
姫子は滅霊の特殊授業の関係で、3年になってからはほとんど自宅からのリモート授業を受けていた。主に自宅と登和家の修行用の道場を私服で行き来する毎日で、公子の記憶では、4、5月の間に数回しか制服を着て登校していない。
千佳と彩芽は、久々に見る近所でも有名な美人の姉をひとしきり羨ましがった後、公子を迎えに来たのだろうと気を回して先に帰っていった。
声も聞こえないザーザー降りの雨の中、ミテルくんと公子姉妹の3人がぽつんと残された。
(空気が重すぎる…)
何と声を掛けたら良いものか、思案してもなかなか答えがでないでいる公子に、姫子が言った。
「ミテルくんは、私より強い力の持ち主だと思う?」
間髪明けずに公子は答える、「それは、ないと思う」
「だよね?」
ミテルくんを睨むように見つめたまま、姫子はゆっくりと傘を差しだして公子に持たせた。
「だったら、やってみようかな、って思う方法があるんだ。」
公子は姉に傘を掲げたまま、ごくんと唾を飲み込んだ。
なんか、異常にヤバイことをやろうとしているような姉の横顔と、何をやろうとしているのか見当もつかない状況に公子は焦りを感じつつも、どうすることもできずに姫子を見守った。
ポケットから桜の葉を取り出した姫子は、これまでのミテルくんに手をかざす所作ではなく、ミテルくんの腕にその手を差し込んで滅霊の言葉を唱え始めた。
霊は肉体を持たないので、人とぶつかると、その体を通り抜けていく。
霊が視えない人は何も感じないようだが、霊が視える公子たちは、それを禁忌として避ける。
しかし、公子自身も一度や二度は意図せず霊とぶつかってしまった経験があるため、それがどれだけ想像を絶するおぞましい感覚かということも身をもって知っている。禁忌とされてなくても視えるものはまず避ける行為だった。
「お姉ちゃん…」
公子は過去の苦い経験を思い出した。
あの忌まわしく吐き気のする全身がうごめくような異常な感覚――。
なぜ、いま、それを姫子は自らやるのか、そしてあのようなおぞましい感覚の中で滅霊術の所作を続けられる姫子のすごさを改めて感じた。
なぜか桜の花びらは舞わなかった。
代わりに桜の葉を持っている姫子の手が入った部分を中心に、ミテルくんの身体が光を持ったように見えた。
辛そうに顔をゆがめていた姫子が、ミテルくんから手を離した瞬間、公子は目を疑った。
ミテルくんがすごい速さで商店街の方へ走っていった。
しかし、公子が驚いたのはそのスピードではなく、ミテルくんの表情だった。
いつもの無表情が一変し、怒っているような怖がっているような必死の、まさに鬼のような形相だったのだ。
「霊に直接触れながら術をかけるとね、その深層に触れて超強力な指示ができるって聞いたけど、こんなに気持ち悪いとはね。二度とごめんだわ。」
ふーっと息を吐き、やり遂げた顔の姫子が、傘を自分で持ち直しながら公子に説明をしようとしたが、それを言い終わらないうちに、公子は商店街へと走りだした。
見たことのないような形相のミテルくんの顔が脳裏に浮かび、非常に嫌な予感しかしなかった。
「ちょっと、公子、待ちなさいよ!」
霊術の疲労が残る姫子だったが、血相を抱えた公子の様子に異常を察知し、慌てて後を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます