第9話:商店街のミテルくん
「でもさ、結局、…
道の真ん中から少し移動したものの、シャッターの閉まった薬局と雑貨屋の間あたりの道端に立っているミテルくんを、何人かの人と何台かの自転車が通り過ぎたのを見届た姫子がため息交じりに呟いた。
少し離れた物陰からミテルくんの様子をしばらく見守っていた二人は、ミテルくんの無表情が移ったように、いつしか無表情になっていた。
道の真ん中で車に轢かれるのと、人が通る道端で人や自転車に轢かれるのと、一体どっちがいいのかなんて、普通は考えることもない問題である。
「もう帰らない?」
足が痛くなってきた公子が、そっと姫子の横顔を伺う。
「…あのね、滅霊ってね、あんたが思うより、責任重大なの。」
ミテルくんから目を離さずに姫子は返した。
「無害だった霊を移動させたら、はい終わり、じゃなくて。」
一言一言確認するように、頭を前後に揺らしながら、ゆっくりと言葉を続ける。
「新たな害がちゃーんと発生してませんよ、って、確認するまでが、滅霊の仕事なのだよ、公子くん。」
「誰の真似?」
「ぐっちー。」
「誰それ?」
「そのうち分かる。」
高校三年の姫子は、16歳の誕生日から約2年半の滅霊修行を積んでいる。
おおかた、その講師の中の一人の口癖なんだろうと考え、公子は自分の修行開始に想いを馳せた。
「私も早く滅霊できるようになりたいな」
「修行、割とキツイよ。学校の勉強にプラスでやらなきゃだし。あんた、大丈夫?」
正直、学校の勉強はあまり大丈夫とは言えないが、早く自分も一人前になりたいという気持ちの方が強かった。
「お姉ちゃんは、余裕だったんでしょ?なんせ”姫子”だから。」
姉の修行での数々の伝説は、噂好きの親戚たちの口を通して公子の耳にも嫌でも入ってきていた。
一度に複数の霊を滅霊するテストで十数年ぶりの3桁台を達成しただの、滅霊後の悪霊化率がダントツで低いだの、滅霊所作の技能点がトップクラスだの--。
滅霊所作の美しさについては、ついさっき、実技を目の当たりにしたばかりだった。
覗き込んだ姫子の顔に期待した”どや顔”はなく、代わりに聞こえてきたのは、はーっ、という大きなため息だった。
「姫は姫で大変なのよ」
少し冗談っぽく言うと、「まぁ、彼はここで大丈夫そうだから、とりあえず今日はこれで帰ろうか」と振り返った。
姉らしくないため息が、公子は少し気になった。
自分の知らない大人の世界に、少しだけ先に足を踏み入れた姉。自分の知らない何かを背負っているのかも知れない。
その日の帰り道、隣を歩く姫子を少しだけ遠く感じた。
公子の16歳の誕生日は7月1日。
定められた滅霊修行の開始までの1か月ちょっとの期間が、理不尽に長く感じられるような気がした。
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