第7話:姫子の滅霊

「汝、我が願いを聞き給え」


夕方のラッシュを過ぎ、人通りが少なくなった歩道橋の下で、姫子が両手を前にかざしている。

真っ白い掌のその先には、暗闇の中でよりどんよりとしたミテルくんの無表情な顔。


姉の滅霊している姿を初めて見た公子は、素直に”美しいな”と思った。


いつもの姉の端麗な容姿に加え、凛とした滅霊の力が加わり、何者をも感動させるほどの美しさを醸し出していた。湿っていた周囲の空気さえ、少しさわやかな風に包まれたようだった。


「汝、その場を離れ、別の場所にとどまり給え」


姫子の言葉に反応するかのように、ゆっくりと首を傾げたミテルくんは、宙を見つめたまま、うつろな視線の方向へと音もなく移動し始めた。


「おおお!」


公子は驚きの口を尖らせて小さく唸った。


ミテルくんは、公子の横を通り過ぎて、そのまま振り返りもせずに、すーっと遠ざかり、交差点の角を曲がった。

あっちは商店街の方面だ。


振り向くと、姫子の"どや顔"があった。


「すごい、さすがお姉ちゃん!」


「その前に、ありがとうでしょう?」


仁王立ちで手を腰にあてながら遠くを見る目で言う姫子。


「ありがとう、お姉ちゃん!」


「まぁ、大したことしてないけど、滅霊の個人的な行使は本当はダメなんだけどねぇ。」


「私のわがままのせいで、無理させてごめんね、お姉ちゃん!」


「まぁ、まぁ、滅したわけではなくて、私の能力ちからでちょっと移動してくれるようにお願いしただけだから。まぁ、こんなことくらいならお咎めはないだろうけどさぁ。」


「お姉ちゃん、本当にありがとう!」

「お姉ちゃん、本当に素晴らしい能力!天才!」

・・・


このモードに入った姫子は、面倒くさいのを公子は知っていた。


姫のくせに、いや、姫だからなのか、自分の手を煩わせた相手からは、飽きるまでお礼の言葉を浴びせられなければ気が済まないらしい。

こんな時、持ちうる全てのボキャブラリーを駆使してひたすら姫子を褒めたたえるのが、公子の役目だった。


子供心に何でこんなにお礼を言わされるのだろうと訝しみ、姉に頼みごとをすることを無意識に避けるようになっていた気もしなくもない。

しかし、今回は、心の底から、何度でも、姉に感謝の言葉を捧げたいという気持ちでいっぱいだった。


「本当にお姉ちゃんは日本一!いや世界一!本当に感謝だよぉ!」


しばらく続いた謝礼の言葉に満足したからか、歩行者が近くに来たからか、姫子は「うむ」と言って歩き出した。


「どこ行くの?」


悩みが解決したので家に帰ろうと思った公子は、反対の方向に歩きだした姫子に声をかけた。


「ミテルくんを探しに」


「え…?あぁそう」

(別に、もうミテルくんがどこに居ようとどうでもいいのに…)


そう思いながらも、一番の功労者である姉を無碍むげにするわけにもいかない。しかたなく姫子の後を追って商店街方面へと続く角を小走りで曲がった。

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