第6話:姫子の能力(ちから)

「お姉ちゃん、お願い!

 ミテルくんのあの位置はマジで無理!!

 毎日毎日あの歩道橋を通るのが憂鬱でたまんないんだよぅ。」


姉の足元に座り込み、溶け始めた自分のアイスもそっちのけで公子は涙ながらに訴えた。


「もうほんとに限界なのよぅ。

 私、このままだとミテル君のせいで登校拒否になっちゃうよぅ。

 お姉ちゃんはそれでもいいって言うの?」


今朝の登校の際に、歩道橋の階段の途中でふと振り返った時、ミテル君と目が合って笑われたような気がしたことを思い出し、公子はぞっとした。

まだ着替えてない制服の太ももの裏あたりがひんやりする。


「滅霊が無理なら、位置だけ、ちょっとだけあの場所からずれてもらえれば、それでもいいの。お願い!」


「う~ん、位置を動かす、って言ってもねぇ…」


アイスのスプーンをくわえたまま、何かを考えるように椅子をゆらゆらと揺らして窓の外を見上げる姫子。


「その…お姉ちゃんが頼めば、意外と簡単に場所を変えてくれたりしないかな?」


残り少なくなったアイスをちびりちびりと食べ続ける姫子を上目遣いで見上げながら、公子は自分とは異なる形状の鼻をした”霊を従える姫君”の反応をうかがった。



代々滅霊の力を持つ登和家には、いくつかのパターンの滅霊能力がある。


生まれた時に能力が判定され、その能力にちなんだ名前が付けられることになっている。


登和本家、長女の姫子はその名の通り、霊が姫とあがめる存在感を持つ能力者だとされ、一族からも一目置かれていた。


公子たちの祖父の名は、王彦きみひこと言って、その名の通り、”絶対的な王の力を持つもの”として、齢八十を超えてもなお現役で活躍している。

その後継者として、若いながらも候補に挙がっているのが、姉の姫子であった。


王のように力で抑え込むのではなく、姫のように可愛らしい存在からの依頼は断れないという形で、”霊が従わざるを得ない存在”として、霊を従える能力を持っているのだそうだ。

その能力は、滅霊能力の中では非常に希少な能力であり、数世代に1人しか現れないと言われているため、姉が生まれた時は、そりゃもう大騒ぎだったらしい。


記憶に新しいのは、2年前に行われた姫子の継承儀式。

お祭り騒ぎのような盛大さで、親族や白黎社の関係者など1,000人以上が姫子を一目見ようと全国から集まったほどだった。

さらには、その後に続く修行でも期待を超えた成果を出して、大人たちを喜ばせている。


まさに、登和家にとっても”姫”であった。



ちなみに、公子という名は……そう、公務員の公。


つまり、”存在”として、霊をあるべき姿に導くというものだ。

別の言い方をすれば、”霊の下僕”になる運命ということらしい。


その名前の由来に気付いた時、公子はさすがに自分の運命を呪った。

しかし、呪ったからといって、変えられないものが運命というものだ。


二人が姉妹である限り、霊よりもまず、姉・姫子の下僕になるべくして生まれてきたような公子。

自覚のないまま、すでに幼心から下僕根性が植え付けられていた。それは、この名前による影響と周囲の目線が大きかったのかも知れない。


持って生まれた霊能力だけでなく、外見的にも、目鼻立ち華やかな姫子と、地味で目立たない系の公子とでは、あまりにも大きく違っていた。


姉を初めて見た友達からは『本当の姉妹じゃないでしょ』と大抵の場合からかわれた。

そのたびに公子は、少しふてくされたような素振りを見せながらも、そんな姉の妹であることを、どこか誇らしく思っていた。

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