第4話:姫子

「あぁ、ミテル君ねぇ…」


公子が買ってきたカップのストロベリークッキーのアイスを食べながら、姉の姫子が興味なさそうに呟いた。


オーバーサイズのTシャツ姿で、履いている短パンは見えない。


「まぁ、分かってると思うけど、””を消すのは難しいよ?」


勉強机の椅子を傾けて座り、すらりと伸びた白い足を窓枠にのせてゆらゆらとバランスをとっている。


姫子は自分の受験勉強の合間に、アイスクリーム(貢ぎ物)と交換で、公子へのアドバイスを買って出た。


”は、その字の通り、この世に縁のない霊体を指す。


一般的な亡霊や悪霊、地縛霊など、”無念”や”怨念”があれば、それを解消することで霊をこの世から消すことができる。何かの縁があるからこの世にとどまっている霊は、それを消すことでこの世にとどまることができなくなるのだ。


しかし、”無縁体”は、そうたやすくは消えてくれない。


その名の通り”この世に”なのだから、一般的な亡霊や悪霊、地縛霊などとは由来からして異なる存在として、異なる方法で消す必要がある。


それが、公子たち登和家の家業でもある”滅霊めつれい”だった。


無害ゆえに街の中に放置されている霊の多くは、この”無縁体”だ。


彼らは理由も無く急に現れて、ある時、風のように消えている、そういう存在だった。短いものでは一瞬、そして長いものでは100年以上を経ても存在し続ける者もいる。


害のない霊と人間の共存を提唱したのは、江戸時代前期に生きた公子たちの祖先である登和家の当主だったという。


当然ながら、ただ縛りつけておくにも霊力が必要となる。膨大な数の無縁体を縛りつけておくためには、膨大な霊力が必要となる。しかし、彼らを縛りつけておくメリットはほとんど無いのだから、『害がないなら放置が妥当だ』という結論に落とした先祖たちの葛藤も推し測られる。


「それでも、何とかしたいのよぉ。だから、ね、お願い!」


外面だけは優等生な姉に頼みごとをすると、恩着せがましい態度がしばらく続くなど、いつも後が面倒くさくなるのだが、もう、背に腹は代えられない。


「姫子様のお力で、(めつれい)しちゃってもらえないでしょうか?」


土下座まではしないものの、姫子の足元に座って上目遣いで必死に頼み込む公子。


霊を縛りつけておくことを”封印”といい、そして、この世から消し去ることは”滅霊めつれい”という。


輪廻転生の理から外れてしまった無縁体の存在は、かつて人間であった、ということ以外はほぼ謎に包まれている。

滅霊とは、そんな彼らに対して、ただ、永遠の時間の中を生きるものとしてのを、消してしまうだけのものなのだ。


霊能力を持ち、古くからこの世とあの世をつなぐ役割を担ってきた登和家は、この世にとどまる霊を制御し、時に縛り付ける”封印”の術を受け継いできた。

そして、その中でも登和家の血族のみが受け継ぐことのできると言われている、この””こそが、永遠とわという響きを名に冠した家の宿命ともいえる生業となっていた。

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