第3話:ミテルくん
『ミテルくん』は本当に、ただ歩道橋の階段を下から見上げているだけの存在だった。
雨の日も風の日も、大雪の日だって顔色一つ変えず、ただ同じ場所に立っている。
多くの”無縁体”がそうであるように、その歩道橋で頻繁に事故が起こるという事実もなく、完全に無害な霊。
無表情でただじっと、上り下りする人を下から見上げている。
もちろん、老若男女問わず、見上げている。
だから、あえてスカートをのぞき込んでいるという訳でもない。
だがしかし。
もし風が吹いたら確実に何人かは見えてしまっているに違いないポジションに立ち、絶妙な角度で見上げているのだ。
もしかしたら「その刹那」を楽しみながら過ごしている霊なのかも知れない…と思うと、公子は別の意味の寒気がした。
それほどに彼は、じっと、じぃぃぃっと、上り下りする人の姿を見ているのだ。
特に害のない『ミテルくん』については、これまで公子自身もあまり気にしてこなかった。
けれど、この春から女子高生になってミニスカートで歩道橋を上り下りするようになると、”彼”が視えている公子には、我慢ができなくなった。
痩せた体にグレーのパーカー姿の20代男性が、パーカーのフードを目深にかぶり、長い前髪の奥から、うつろな目が怪しく光る。
身体はピクリともしないのに、その目線だけが、階段を上り下りする人を追ってねっとりと動く。
もう、とにかく、気持ち悪い。その一言に尽きるのだ。
”彼”が視えてない友人たちは、軽々とスカートをはためかせて上る階段も、公子は厳重にスカートのすそを抑えながら進まなければならない苦行の道となった。
どんなに気持ち良く晴れた朝も、この歩道橋を通る時だけは憂鬱にならざるを得なかった。
毎日の通学路にある”自分だけの障害”に、花の乙女が我慢の限界を感じ始めたのは、ゴールデンウィークの明けた5月の中旬だった。
スカートの裾を伸ばそうかと思いもしたが、そういう問題ではない、たとえロングスカートでも、見られていると思うと落ち着かない気持ちになることは想像にたやすかった。
そして、6月1日、初めての夏服が、公子の決意を促した。
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