第3話
宙に浮く感覚がする。視覚から取れる情報が無い、それに足が床についている感覚がない、体の何処にも重力が掛かっている様には思えなかった。何故居るんだこんな場所に、不安になる感覚が脳に早く逃げなければと叫ぶのを感じる。けれど思うように体が動かない、足の裏に重力を感じずにどう歩けばいいのか俺は知らない。そんな中ふと足元を見ると奈落ばかりが広がっていて、鮮やかな『何か』がたくさんある。(あれはなんだ?)
電光掲示板にしては、さながら宣伝する気がなさそうなくらい密集している…目を凝らすと何かがこっちを見た気がした。
唐突に天井が見える。肌に張り付く服で己がどれだけの汗をかいていたか分かって歪な気分になる。そういえばあの不審者が見当たらない。眠らされたのだろうか、でも首に強い衝撃があったことを思いだし首の後ろを触ると自分の肌とは異なるものが貼ってあるのに気づいた。恐らく湿布の類いかもしれないが、所々シワが寄っていたり端が剥がれていたりする。まぁ、放置されて痛めるよりはいいのだろうと脳で処理を済まし辺りを見回す。一見普通の部屋だ、俺からしたら。施錠されたドアがあり、机があり椅子があり…およそ6畳くらいの部屋だろう。でも窓やベランダがない、綺麗に掃除されている換気扇があるだけだ。
「換気扇を覗いてどうしたんだい?」
唐突に扉の方から声が聞こえ目をやると、さっきの不審者だ。手には見事にお茶とお茶菓子を乗せたお盆を持っている。換気扇を覗くために使った椅子を片付けながら白い不審者に聞いた。
「ここは何処だ。窓も何もない、監禁のつもりか?」
そう問うと白い不審者は笑い、扉には元から施錠していないと話した。確かに鍵を開ける音もしなければ俺自身も確認はしなかった。不審者の味方をするのではないが、施錠くらいした方がいいのではないだろうか。
「まぁ、監禁じゃないよ。そして、ここは何処かと聞いたけれど…見に行く?」
不審者はお茶とお茶菓子を乗せたお盆を机に置きドアの外を指差す。外に出れるならそのまま出て帰る事も出来るだろうか…今出られなくても情報があれば出やすいだろう。不審者の言葉に返事をし、歩きだした不審者の後ろに着いていく。
「すまないが、エレベーターは壊れているから階段で上るよ」
「何故壊れたんだ。お前が壊したのか?」
「違う子だよ。力が強すぎてね」
そうケラケラ笑う不審者を見て貯め息を吐く。力が強いからってエレベーターを壊すものか?よっぽど不服な顔をしていたのか、不審者は眉を下げて上っ面だけに見える謝罪を口にする。それを無視して階段を上がっていく。上がっていくと共に足が疲れ息が切れる。後ろにいる不審者は息切れ一つもせず笑顔で立っている。自分の落ち度なのは知っているが腹立たしく感じる、推測では同じくらいの年齢な筈なのに…。
「ほら、後もう少しで着くよ。頑張ってくれたまえ蝉くん」
「なんだそのあだ名は」
「えーいいだろう?我ながら素晴らしいネーミングだと思うのだよ」
「あーそうかよ」
半場投げやりで残りの階段を上る。暫くしてやっと最上階に来たのかこれ以上階段は続いていなかった。終わったと思い階段に座ると不審者は階段の先にあるドアの鍵を開け外に出るよう促され出る。そこは屋上になっていて、風が吹いて汗が冷え蒸し暑さが消えた。不審者はくるくると回り長い三つ編みを靡かせながらこの場所を語る。
「ここは私のお気に入りなんだ。風通りが良くて、ここら一帯を見回せるからね」
確かに、この建物以外に高いものが近くにないから余計に眺めがいい。柵から下を見下ろすと生存本能的に無理な高さであることが分かったから2度とここには来たくない。
「それで、ここは何処か聞きたいんだろう?」
「…あぁ。何処か知りたい」
そう言うと不審者はくるくると回っていた足を止め、此方を見る。
「ここは、アウトサイド。君が生きている世界と似ている世界だ」
「似ている?何処が違うんだ」
似ているという言葉が引っ掛かる。確かにこの風景は何処でも見たことがない、外国でもこんな綺麗ならテレビ局が放送している筈だ。
「君の世界はあそこにある」
そう言い上を指差す。ふざけてるのか
「ふざけてなんていないさ。それに、“アレ”は君の世界にはないだろう」
今度は俺の後ろの方を指す。けれど後ろを向いても何もない、「下だよ。柵から覗いてみなよ」と隣に来てチョイチョイと地面を指差す。目を凝らすと確かに何かある。それが黒いのと回りが暗くてよく見えないが、微かにカラフルな色を纏う何かがウヨウヨして何とも言えない様な感じをしている。
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