旧帝国領編
第236話
「貴史どこかに出掛けるのか?」
父親がそんな風に問いかけてくる。
「友達と会うことになったから」
「そうか、なら先に渡しとこうか。お年玉」
「ありがとう」
お年玉と書かれた封筒をもらう。
どこかの店で買ったのだろう、絵柄が華やかなものだった。
「それじゃあ母さんもあげようかな。いる?」
「あるなら」
いると断言しない辺り、僚太の思想を感じるが、
「つれなくなったわね。はい」
結局くれるのが分かっているためというのが大きかったようだ。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
そのやり取りの後貴史は駅に向かい始めた。
「誰と会うんだろうな?」
「さあ?」
◆
沙羅はメイクをしてもらった後大急ぎで家を出ようとしていた。
「沙羅、忘れ物」
「そうそう、肝心なものを忘れてるぞ」
沙羅が振り向くと、両親がそれぞれお金を持っていた。
「・・・・・・お年玉、だよね?いつもより多くない?」
「ああ、今日もしかするとたくさんいるかもしれないと思ってな」
「楽しんできなさい」
「・・・・・・うん、ありがとう」
両親に何か悟られていることを感じつつお年玉を受け取り急いで家を出たのだった。
時間は思ったよりもギリギリとなっていた。
準備に予定以上に時間がかかったのだ。
早歩きでなんとか時間までに駅に着き電車に乗ることが出来た。
電車の中で若干乱れた髪を整える。
いつもなら気にしないような乱れも今はとことん気になり数分おきに鏡で確認しながら電車の中を過ごしたのだった。
◆
「あ、中野さんこっちです」
「え、えとおはようございます。それと明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございます。・・・・・・取り合えずこの店に入って予定を決めましょう」
会う場所などの確認はしていたが、することの確認はしていなかったため近くのカフェで話すことを提案したのだ。
「良いですね」
◆
その後、近くのお店を見て回るという話でまとまった。
「お正月と言えば福袋ですよね」
「そうですね。何か買いたいものあります?」
貴史はあくまで今日は沙羅のやりたいことに付き合うというスタンスをとることにしていた。
それは、貴史がお正月だからといって財布のひもが全く緩むことがないのが一番の要因だろう。
「それじゃあ、スポーツ用品を見に行きませんか?」
沙羅がそれを選んだ理由は貴史の趣味がテニスだと聞いたことがあったためだ。
テニスのことであれば自分もわかるためそこに行こうと考えたのだ。
「・・・・・・本当にそこで良いの?僕に気を遣わなくても良いよ」
沙羅の考えはすぐに見抜かれた。
確かに、お正月にスポーツ用品を優先的に見に行く人はそうそういないだろう。
「なら、適当に回りましょうか。特に欲しいものは思い当たりませんし」
◆
「人が多いと移動も一苦労ですね」
「そうですね。大丈夫ですか?疲れてませんか?」
同い年の女子と二人で買い物をすることが初めてのため、貴史はすごく気を遣っていた。
「運動部ですから・・・・・・・・・やっぱり、精神的に疲れてきますね」
「一度離れますか?近くに良い場所があるので」
◆
そうして町中で流れている正月らしい曲が耳を澄ませれば微かに聞こえる程度まで離れた場所に小さな公園があった。
人は他に誰もおらず、本当に静かな場所だった。
「ここです」
貴史はそう言いながら中央の屋根の下を指す。
そこには木製のテーブルと椅子が置かれていた。
「静かな場所ですね」
「勉強をするとき気分転換をしたりしてる場所なんですけど、こういう時にも役に立ちますね」
◆
「そういえばボイスコミックって知ってますか?」
少し休んでから沙羅がそう話しかける。
「聞いたことはありますけど詳しくは・・・」
「簡単に言うと漫画に声優さんが声をつけたものです。それで、昨日コホラのボイスコミックが出たんですけど・・・・・・一緒に見ませんか?」
「良いですよ」
貴史としてもコホラのボイスコミックは気になった。
◆
「声があるとこんなに違うんですね」
貴史は初めてのボイスコミックに感動したようだ。
アニメともまた違う独特の表現の仕方がとても気に入ったようである。
「これの人気が出ればもしかするとコホラもアニメになるかもしれないですね」
「そうなると周りの友達も読んでくれるようになるかもしれませんね」
「・・・そうですね」
沙羅は自分の話を覚えていてくれたことがとても嬉しかった。
◆
「今日は突然だったのにありがとうございました」
「いえいえ、僕も楽しめたので」
「また、機会があったら会いましょう」
「そうですね」
このやり取りの後、沙羅は電車に乗って帰ったのだった。
なお、関係の進展がなかったことを知った従姉妹からは明日も会いに行けと言われたが、それは貴史の迷惑になる、自分の心臓が持たないという理由から断固拒否したらしい。
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