胡散臭い男①


 目を覚ましてすぐに、自分がどこにいるのか考えてしまう。そこではたと気づいた。昨夜は心霊スポットで男に襲われかけたのだ。少し前の自分では中々味わえない体験だったと思ってしまう。もちろん、本当に襲われていたらそれどころではないけど。

 それよりも目を覚ましてすぐから、妙に肩が重い。肩こり、というか左肩の肩だけが何か重しが乗っているような感覚がある。私はとりあえず起き上がって洗面台へ向かう。


 …………


 ……


 身支度をしてから気づく。そういえば今日は土曜日。私は取っている講義がないので授業はないのだった。あの後みんなは無事に家に帰れただろうか、と考えながら時間を確認すると朝の11時を回っていた。随分と寝てしまったようだ。流石の私も、あんな経験はこたえたのかもしれない。自分じゃ良くわからないけど。


 ……重い。

 寝違えたか変な格好で寝てしまったのか、このまま肩の重みが続くのなら今後に障るので、私は薬局へ湿布を買いに行くことにする。もしそれでもダメなら病院へ行く事も検討する事になるかもしれない。


 私は再度身支度をし、早速薬局へ向かう事にした。



 ――――


 近所の薬局に着く。ここは昔から何度も通っている薬局だ。母の友達が店長をしており、母がここへ来るたびに私は一人で薬局内で時間を潰したものである。

 自動のドアを抜ける。

 瞬間感じたのは、背筋を突き抜けるような寒気だった。

 思わず足が止まってしまう。昔から来ていたとはいえ、ここへ来るのは随分と久しぶりの事だった。覚えている限り、私がここへ来てこんなことになったことはない。


 これは、よくないものがいるときの感覚だ。


「あらー、久しぶりー! よく来てくれたわね!」


 自動ドアを開いたままで固まる私に、恰幅のいいおばちゃんが声を掛けてくる。ここの店長で、私の友人の知り合いである木村さんだ。


「……どうしたの?」


 動かない私に訝しんだ木村さんが、私の顔を覗き込んでくる。私としては、今すぐここから出ていきたかった。だけど聞いておかないといけない事がある。

 私は木村さんに、最近何か良くない事がなかったかと何とか声を絞り出して訊ねた。木村さんは私の言葉に驚いたような顔をして、私の手を引っ張ってカウンターの裏へ連れ込む。私は今すぐ逃げ出した気持ちを抑えて木村さんの言葉を待つ。


「もしかして、見えたりするの?」


 その言葉に、何か良くない事が起きている事を察する。

 私は頷いて肯定した。


「そう、そうなのね。で、でも大丈夫よ! 専門家の方に来てもらってるから!」


 と、木村さんは続けた。私は首を傾げる。専門家?


「あぁー、すんません店長、これってどこ置けばええですか?」


 その時、木村さんに声を掛ける男の声がした。私はそちらへ目を向ける。

 その男は、奇妙な出で立ちをしていた。色のついた丸眼鏡に、ボサボサの頭。薬局の制服を着こんでいるが、その下に赤い派手な服を着ているのが分かる。その客商売にはあまりに向いてなさそうな男は、単刀直入に非常に胡散臭い恰好と顔をしていた。


「おっと、すんません対応中でしたか? ……ん?」


 男は私を見るなり、丸眼鏡をずらす。丸眼鏡の裏にあったのは、白目の割合がかなり多い目をしていた。三白眼というやつだろうか。


「姉ちゃんえらいもんくっつけとんなぁ。なんや心霊スポットでも行ったんか?」


 え? と私は思わず声を漏らしてしまう。どういうことか聞く前に、木村さんが先に男に声を掛けた。


「あ、野村さん。それは向こうの棚にお願いします」


 男は野村と呼ばれていた。男は「おおきに」と言って店の中へ消えてしまう。

 私はすぐにあの男について訊ねた。


「あの人がさっき言ってた専門家さんなのよ! なんでかは分からないけど三日間だけバイトすることになってね」


 木村さんの言葉を頭で反芻するが、いまいちよく分からない。なぜ専門家がこの店でバイトすることになるのか。

 そしてあの男が言っていたくっついているとは、どういう意味なのか。問い質したい気持ちはあったが、これ以上は店の中に入れない。私は木村さんにお別れを言ってから店を出る。

 そして近所にある別の薬局へ向かって湿布を買った。



 ――――


 時刻は夜の九時。私は現在木村さんの薬局の前にいた。目的はあの男である。私の肩の痛みは、湿布を貼った所で改善されることなく、余計に悪化している。だが店の中には入れないので店が終わるのを待っていたのだ。

 男――野村は「ほなまた明日」と挨拶をしてから出てきた。私はすぐに駆け寄り、男に声を掛ける。


「おぉ、君は朝の子やないの。どないしたん?」


 惚けた様子の野村に、私は口早に会った時に言っていた言葉の意味を訪ねた。


「なんや自分、気づいとらんかったんか」


 野村の丸眼鏡の視線が、私ではなく、私の肩に向く。


「一人や二人やない。おかしなもんがぎょうさん寄りかかっとるで。左肩重たいやろ?」


 私は肯定する。


「そりゃそうやろな。そないにおったら重たいはずや。でもおかしいな。自分もぼくとおんなじもんもっとる気がしたんやけどな」


 野村が言うのは、私の持つ霊感らしきものの事だろうか。話を聞けば、野村にははっきりと見えていそうである。木村さんの薬局にいる何かも、この男がどうにかするつもりなのだろう。


「まぁええわ。でも気にせんでええんとちゃうかな。そないに悪いもんでもないから」


 そうはいっても、肩はかなり重いのだ。どうにかできるならどうにかしたい。


「ほうか。まぁそれはええけど、一応ぼくは専門家っちゅうことでやらしてもろとるねん。自分、お金とかある?」


 あるわけがない。私は自慢ではないがバイトもしたことがないのだ。


「そやろな。ふーむ」


 野村は考え込む。霊媒師に事を頼めば、法外な値段を吹っ掛けられるというのは有名な話だ。そんなお金は私にはない。実家も、過去の私のやらかしでほとんど放置状態で一人暮らしの資金や大学代は出してくれているが他に助けてくれるとは思えない。


「ほな明日一日、ぼくに手を貸してくれたらそれどうにかしたるわ」


 野村の提案に、私は二つ返事で了承した。

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憑かれる女と胡散臭い男 あお @ao113

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