廃ホテル②


 廃ホテルの中に入るのは、人がたむろしているという噂が流れるだけあって簡単で、鍵も掛かっていなかった。ホテルの中は当然電気は通っていないので私たちは携帯の明かりをつける事にする。これだけの人数が一度に携帯のライトをつけるとそれなりに明るさを得る事が出来、一気に暗闇に対する恐怖感は薄れた。


「思ったよりも普通だな。さすがに電気はもう通ってないみたいだけど」


 ライトで周囲を照らしながら、男が言った。ホテルの中は荒らされていてボロボロになっているが、ほとんどが劣化ではなく人為的なもののようで、きちんと手入れをすればホテルとして活用できそうな程に壁などは普通の状態だった。もっと瓦礫が落ちているとかを想像していただけに、拍子抜けした部分は大きい。ただガラスなどは軒並み割られているので落ちている破片には十分注意する必要があった。

 私もなんとなく周囲を見渡していると、男の一人が提案を出してきた。


「どうせだから男女でペアになって散策してみようぜ」


 男の提案に、合コンに私を誘った彼女が一番に賛成した。狙っていた男と二人きりになるタイミングを狙っていたようで、好都合だったのだろう。ほかの参加者からも拒否はなく、私も断れる雰囲気ではなかった。

 男女のペアで4組に分かれる事になる。私とペアになったのは、茶髪でピアスをした男だった。怖かったら手を繋いでもいいよと言われたので丁重にお断りをする。


「ほかの奴らは1階と2階と3階に行くらしいから、俺たちは5階に行こう」


 と私のペアになった男が提案する。なぜに4階を飛ばして5階? と疑問に思っていると、ホテルの間取り図が目に入って納得する。ここは4階はなく3階から次に5階になっているようだ。4階は縁起が悪いとか、そんな理由だろうかと推測するが、ふと疑問に思う。初めて来たような事を言っていたのに、なぜ4階がないことを知っているのだろうか。

 疑問は疑問のまま、私は男の後ろを歩く事にする。男は暗い通路を迷った様子もなく進み、階段まで辿り着いて上がり始める。5階(実際は4階)分も階段を上がると、私の息は切れぎれになっていた。


「そういえば5階には経営者や従業員の部屋があったらしいから行ってみよう」


 男が暗い廊下を携帯の明かりだけを頼りに進んでいく。私は黙ってそれについて行った。男が言っていた部屋にはすぐに着いた。男は迷う事なく扉を開くとなぜか私を先に進ませ、その後男が入るなり慣れた動作で扉の横にある電気をつけた。


 ここまでくると察しの悪い私でも気づく。この男がここへ来たのは初めてではない。私は誘い込まれたのだ。

 

 部屋にはベッドがおいてあり、あまり清潔そうには見えなかったが寝れそうな状態で置いてあった。ただシーツはぐちゃぐちゃに乱れており、ここで何かがあった事は難しい想像ではなかった。男がガチャリと鍵を掛ける。


「さぁ、俺たちも楽しもうぜ」


 嫌な予感は的中し、男が私に襲い掛かってくる。こんな所で花を散らすつもりもなく私は腕を掴んでくる男の手を何とか払いのけようとするが、男の腕力には叶わずベッドに押し倒されてしまう。


 ――やられる!


 そう思い思わず目を閉じるが、次に来るであろう衝撃が来ない。服を脱がされるなりなんなりあるかと思ったが、なぜか男の動きが止まった。ゆっくりと目を開くと、男が私にのしかかった状態で固まっているのが見えた。手に持っている携帯のライトが男の顔を照らしているが、その顔が妙に青白い。それに、男の視線がなぜか壁を注視していた。


 私も思わず顔を反らして壁を見る、が何もない。汚れた壁が見えるだけだ。


「う、うわぁああああ!!」


 なんだろうと思っていると、男が突然飛び上がるように私から離れて、急いで部屋から出ようとする。自分で鍵を付けた事も忘れたのか、ドアノブをガチャガチャと何度か回した後に、思い出したように鍵を外してさっさと逃げ出してしまった。

 やられるつもりはなかったが、なんだか逃げられたようで複雑な気持ちになる。私は男が見ていた壁にライトを当てるが、当然そこには何もない。

 では一体、男はなぜ逃げたのだろうか。……分からない。


 私はとりあえず、押し倒されて乱れた服を正して部屋を出る事にする。男の姿はどこにもなかった。そのまま階段を下りて一階へ戻ると、なぜかそこに他の女の子たちがいた。


「ねぇ、あなたももしかして襲われそうになった?」


 少し怒ったような表情で、女の子が話しかけてくる。あなたも、という事はみんなそうだったのだろう。私も肯定すると、「やっぱり!」と声を荒げる。


「あいつらきっと今までもこんな風に女の子を誘い込んでたのよ! 騙されたわ!」


 憤慨した様子の女の子たちだが、私と同様にみんななんともないようだった。全員未遂だったのだろう。何があったのか聞くと、一様に男が突然逃げ出したと言った。


「なんかが見えたみたいに、突然逃げて行ったのよ! 意味わかんない!!」


 女の子たちは誰もそれを見ていないらしい。とりあえず、私たちはここを去って家に帰る事にした。他の子たちは今回の落とし前をどうしてやろうかと息巻いていたが、私はどうにも気にかかる。男たちの反応は、まるで幽霊でもみたようだった。だが私にはそういったものを感知する力がある。もちろん完全に分かるわけでもないが、男が全員となれば複数いるだろうに、何の反応もないのである。

 気にかかるが、男がいないので確かめようもなく、あとで確かめようと思う気もなく私は徒歩で家に帰宅する事にした。


 ――問題が起きたのは、翌日の事だ。

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