第24話
二日間の稽古期間はあっという間に過ぎていき、決戦の当日を迎えた。
いつも通り授業を終え、空き教室で知生と合流した私は、道着に着替え剣道場へと足を運ぶ。
剣道場にはがやがやと気の抜けたざわめきが響いていた。足を踏み入れ一礼すると、懐かしい顔から見慣れない顔まで、それぞれが入り口の私たちに視線を向ける。しっとりと雑音が静寂へと飲み込まれていく。
「逃げずにきたんだ」
仁王立ちの私達にまっ先に声をかけたのは文香だった。にやにやと余裕な表情を向ける彼女に対し、大荷物を背負った知生が鋭い目を向ける。
「私から言い出したのに、逃げるわけがないと思いませんか? 想像力が欠如しているんですね」
「生意気。私は準備できてるから、適当に準備してよ」
「侮る葛に倒さるなんて事にならないといいですね」
「はあ? なんて言ったの?」
「さあ、行きましょうか先輩」
文香の問いを無視してこちらを向いた知生を、私は更衣室へと案内する。
今のがどういう問答だったのかは分からないが、とりあえず煽ったんだろうなというニュアンスだけは理解できた。
試合をしない私の方が萎縮しているくらいなのに、堂々とした振る舞いが出来るなんて、この子のハートは鉄より硬いに違いない。
トゲのように刺さる興味の視線を潜り、女子更衣室に入る。更衣室には空気を読んだのか誰もいなかった。嫌な思い出が染み込んだこの部屋は、相変わらず居心地が悪い。空気を入れ替えるように、私は息を吐いた。
「いよいよだね」
目を向けると知生が大荷物から防具一式を取り出していた。まさか防具一式まで持っていると思わなかったが、ここまでくると驚きもない。慣れた手つきで準備を進める彼女は、静かに笑みを溢す。
「あっという間でしたね」
「実際ほとんど時間がなかったもん。緊張してない?」
「私が緊張するように見えますか?」
「見えない」
「でしょうね」
くすくすと笑みを深め合ったあと、知生は小さく息を吐き、珍しく困ったように笑った。半ば冗談のつもりだったが、彼女は意外と緊張しているのかもしれない。
「勝ってくれだなんて頼んで無責任かもしれないけれど、私のことは気にせず楽しんでおいで。お望み通りの燃える展開、ちいリスト番外編だよ」
私は言葉と共に小さい彼女の肩をゆっくりと揉み解した。力んだ肩口に向かって、私は言葉を続ける。
「そうだ! 上手くいったらご褒美をあげよう!」
「ご褒美?」
「そうご褒美! そうだなぁ、言うことなんでも一個聞いてあげる! ……って今更か」
自分で言ってみて悲しくなってきた。そもそも私は彼女のお願いを断れたことがない。なんだかんだ言いながら彼女の思うがままに動いている。これじゃご褒美になりゃしない。
なんの魅力もないはずの私の提案で、知生の肩から力が抜けた。
「なかなかに魅力的です。今の言葉、忘れないでくださいね」
知生はシャボン玉のように弾ける笑顔を浮かべ、更衣室を後にする。なんとか緊張を解く事に成功したようだ。
私がうんうんと満足げに頷いたところで、彼女は踵を返した。
「あ、そうそう。これ持っててください」
言葉とほぼ同時に、彼女は私に何かを放り投げた。慌てて伸ばした手に収まったのは、可愛らしい花柄の小さな巾着だった。
「なにこれ?」
「御守りです」
「えっ」
知生はそれだけ言って再び足を進めた。こんな御守りを身に持ってるなんて、案外可愛らしいところがあるじゃん。
渡された御守りとやらを眺めつつ、私も彼女に続いて文香の元へと向かった。
軽く体を動かし、お互いの準備が終わり、知生と文香がコート内で向かい合った。
主審として彼女たちの間に入った私にも、じっとりとした緊張感がまとわりついてくる。
文香がピシャリと竹刀を私に向けた。
「贔屓せずにちゃんとジャッジしてよね」
「わかってるよ。というかそっちからも一人出してるんだから公平でしょ」
わざわざ念押しされなくても、お望み通りの振る舞いをするつもりだ。どうせ贔屓目でジャッジしても知生に怒られる。この子はそういう子なんだから。
私は溜息を吐きながら、赤旗で竹刀の先を受け流す。文香が視線を知生に移した。
「改めて確認だけど、私が勝ったら小牧は剣道部に戻るって事でいいのよね?」
「正しくは、あなたが負けたらコマキサ先輩のことを諦める、ですよ」
「この期に及んでまだ勝つ気なの? 笑っちゃうわ。ダメじゃない小牧。後輩にはちゃんと現実を教えてあげないと」
「反則とるよ。早く白線まで下がって」
「はぁーい」
くつくつと笑いながら、文香が開始位置についた。彼女はまだ気付いていない。自身の挙動が全力で負けるフラグを立てていることに。
やってやれ、知生。私は念を込めながら言葉を吐き出した。
「試合時間は四分。決着がつかなかった場合は、本数の多いほうが勝ち。お互い構えて」
私の視線を受け取った知生はゆっくりとその場に蹲み込んだ。正方形からしゃんと音が消えていく。
この辺りで文香も気がついたはずだ。目の前にいるのが、ただの素人ではない事に。
「始めっ!」
私の声が剣道場に響いた。二人は立ち上がりお互いの竹刀を交えた。
体格だけでいえば確実に知生が劣っている。それも文香の油断材料の一つだったのだろう。開始わずか数秒で、大きく空気が揺れ動いた。
「こてぇぇぇぇぇ!」
身を跳ねさせた知生の鋭い声と共に、竹刀の弾ける音が響く。心地のいい音。綺麗な動き。見事としか言いようがない小手打ち。私は白い旗を大きくあげる。
遅れて理解が追いついたように、もう一人の審判の白旗も上がった。
開始早々の予想外な展開に、外野からざわつきが感じられた。波を生み出した知生は、涼しげに白線へと戻っていく。
知生は油断している文香の面打ちを引き出し、その初動を竹刀で鋭く射抜いた。稽古通り、見事な出鼻小手一本。完璧だ。
言い訳のしようのない一撃を受けた文香は、驚いたようにその場で竹刀を下ろした。
「はい、早く開始位置に戻って」
私の言葉でハッとした彼女は、不服そうに白線へと歩き始めた。なんとも予想外な雰囲気を醸してくれているが、私達にとってここまでは予定調和だ。
文香からすれば自身より低位置かつガラ空きの面はさぞ打ち込みやすかっただろう。思わず手が伸びたに違いない。
だからその動き出しを狙うよう、昨日打ち込みをし続けたのだ。白旗ではなくガッツポーズを挙げたかったくらいだ。
再び開始位置についた二人が、お互いの距離を測るように足を動かし始める。
一本目とは打って変わり、文香から慢心は消え去っていた。じわりじわりと間合いを探り、どんどんと技を繰り出していく。
動きを見たところ、自力で言えば文香の方が少し上。四分という僅かな時間でも、気を張り続け竹刀を構え続けるという動作には体力がいる。
こればかりはどうしても普段から稽古をこなしている文香に分があると言わざるを得なかった。やはり初っ端に飛び道具を仕込んでおいてよかった。このままさっさと終わってくれ。
私の願いに反し、時間はじわりじわりと進んでいく。徐々に知生の肩の動きが大きくなってきた。普段なら絶対に見られない呼吸の重さが見られる。
そうして何度目かの鍔迫り合いの後、文香の面をかわした知生の身体が、よろよろと後ろに流れ尻持ちをついた。
ふんと鼻を鳴らし文香は開始位置に戻ったが、座り込んだ知生が立ち上がる様子がない。両手を前につき、項垂れるように大きく肩を揺らしている。
「ちょ、ちょっと。大丈夫?」
なんだか嫌な予感がして、私は急いで知生に駆け寄った。面の中からはひゅうひゅうという荒い呼吸だけが聞こえている。
「立てる? 平気?」
言葉をかけても返事はなく、かわりに咳き込む音だけが聞こえ続ける。まずい。これはまずい。危険信号を察知した私は、旗を手放し急いで知生の面を外した。
ようやく目があった彼女は、苦しそうに咳き込みながら私に防具のついた手を向けた。
「ふっ、ごほごほっ! ひゅ、ふく……ろ、ごほっ」
「ふ、袋?」
溺れたような微かな声を絞り出した知生の言葉で、私はすぐに彼女の所望するものが分かった。
御守り、あの巾着だ。試合前に預かった巾着を取り出し、中身を開ける。中からは見覚えのないプラスチックの容器が姿を現した。知生は更に深くひゅうひゅうという声を漏らしながら、口を開いた。
「これ……。口に当てればいい?」
頷いた知生はプラスチックを口に咥え、やっとの思いでボタンを押した。少しの間の後、ゆっくりと呼吸が落ち着いてくる。
これはきっと喘息発作だ。昔道場で見たことがある。息を吸うに吸えず、溺れたように空気を求める、そんな苦しそうな姿。それと全く一緒だった。
喘息があるだなんて聞いていない。というか、昨日一昨日の練習では平気だったじゃないか。私はゆっくりと知生の肩をさする。
「一旦中止だよ!」
私は背後から感じる視線達に声をぶつけ、知生を道場の端へと運んだ。防具をつけているにも関わらず、彼女は相変わらず軽い。
しばらくして少し落ち着いた知生は、プラスチックから口を外しゆっくりと呼吸を始めた。
「……ご、ごめんなさい」
「なんで謝るの? というか喘息発作だよねそれ。なんで黙ってたの?」
「最近はほとんど出てなかったんで……大丈夫かなと、思って。ふふっ。我ながら、思った以上に緊張していたみたいですね……」
知生は苦しそうに目に涙を溜めながら、必死で笑顔を作った。
試合前に私にあれを渡したということは、おそらく少なからず発作の空気を感じていたのだろう。どうして勘付いてやれなかったんだ。
「無理をする必要なんてなかったのに!」
「だって、無理でもしないと、先輩が……」
壁に背中を預ける彼女は、今まで見た彼女の中で一番弱々しかった。こんなか弱い彼女に、私はなんてものを背負わせてしまっていたんだ。
ふつふつと自分自身に対する怒りが湧いてくる。その怒りを加速させたのは、背後に近づいて来ていた文香だった。
「なに? もう戦えないの? 棄権ってことで私の勝ちでいい?」
文香は呆れたように言葉を吐き出した。
こんな奴を親友と思っていた過去の自分をぶん殴ってやりたくなった。この姿を見て、労わり一つもなくそんな言葉を吐くなんて、信じられない。
「な、なにを言ってるんですか。勝負は、これからでしょう……。私の方が、優勢なんですから……」
私が文香に睨みをぶつけていると、知生が立ち上がろうとしている気配を感じた。私は急いで彼女を座らせた。
「無理だよそんな状態で!」
「で、でも、私がやらないと」
「どうするの? やるの? やらないの? さっさと決めてくれないかな」
急かす文香の言葉をきっかけに、私の中で最後の何かが切れた気がした。
それと同時に、大きな決心が芽吹く。
「うるさい!」
そうだ。ケリをつけるならここだ。最初からこうしておけば良かったんだ。私は勢いよく立ち上がり文香を見下ろした。
「こんな時ばかりしゃしゃり出てきて、ムカつく。私の人生をなんだと思ってるの?」
「な、なによ急に」
私の勢いに圧される文香を更に見下す。
「よくよく考えれば、どうして私が勝負次第でこんな弱小剣道部に戻ってやらなきゃいけないんだよ。馬鹿馬鹿しい」
わなわなと口を開ける文香の横を抜け、私はコートの真ん中に立った。こういう役というのは、思ったよりも恥ずかしいし、思ったよりも爽快だった。
私の頭には、かつて知生が言っていた「現実でだってなりたいようになれる」という言葉が渦巻いていた。そうだな、思いつく中で一番のヒールがいい。それにしよう。私は大きく人差し指を上げた。
「私は弱い奴らと群れる気はない。だから辞めたの。戻って欲しいならちゃんと私を倒してもらわないと。部内戦一位は誰? そいつをボコボコにしてやるからさ、出ておいでよ」
剣道場に響いた声の後に、静寂が訪れる。みんな引いているな。恥ずかしい。
でも、最初からこうすれば良かったんだ。悪者になりたくないが為に体裁を気にして、相手に諦めさせるということをしなかった。そのせいで、知生がこんな思いをすることになってしまったのだから。自分自身に腹が立って仕方がない。
「そこまで言うなら、今度こそ負けたら戻ってくるのよね」
かなりの静寂の後、文香から少し震えた声が返ってくる。
「いいよ。その代わり、私が勝ったら黙って引き下がってね。ウザいから」
ちっという舌打ちの後、文香はつかつかと歩き始めた。
「陽子、いける?」
「えっ、いいんですか?」
「いいもなにも、あなたが一番強いでしょ。返り討ちにしちゃって」
「マジっすか。ラッキー」
文香にバトンを託された彼女は一年生だろうか。見覚えのない顔つきだった。
陽子と呼ばれたその子は、ゆっくりと足を私の方へと進める。目の前に来て分かったが、彼女は私より大きい。
「長谷川陽子っす。よろしくです」
「よろしく。ちょっと待ってて。防具を取ってくる」
差し出された分厚い手を握り返す。なんだこの子、この前知生がしていた体育会系後輩キャラみたいだ。
私は笑みを浮かべ、倉庫へと向かった。奥の方から使い古された防具を取り出し、淡々と身につけていく。
汗と埃が混ざったどす黒い匂いに鼻を曲げながら、私は再び稽古場へと戻る。
ボロボロの防具に身を包んだ私は、さながら亡霊にでも見えているのかも知れない。ざわつく観衆を割り、白線へと並び立つ。長谷川陽子は既に準備を終えたようだった。
過去の亡霊を打ち砕く新世代のエース。なんてドラマチックなんだろう。願わくは、私がそのエース側が良かったのだが、現実はそうともいかない。
私は剣道部を辞めた人間で、逃げ続けた挙句暴言を吐いた悪者だ。でもそれでいい。汚名の代わりに、青春は返してもらおうか。
「可哀想なんで教えといてあげます」
「なに?」
「私、地区大会個人戦で二位だったんすよ」
「へえ。すごいね」
「でも、未だに騒がれている地元のスターが目の前にいたんじゃ、影が薄まるんですよね。あなたをぶっ倒して、名実ともにトップを目指しちゃいますね」
彼女はそう言ってその場に蹲み込んだ。彼女が文香の言う『良い一年生』なのだろう。そして虚勢でも何でもなく、彼女はきっと強いんだろう。
そもそも、彼女を含めここにいる全員、ブランクのある私なんかにエースが負けるなんて微塵も思っていないはずだ。不快感もなく、もはや清々しいほどだった。「可哀想だから私からも教えてあげる。あなたが二位になれた理由を」
「なんすか?」
「大会に私がいなかったからだよ」
私は息を吸い込んで蹲み込んだ。切っ先をまっすぐ相手に向ける。とんとんと心臓が弾む。体温の上昇に反して、頭の中はすうっと冷めていった。
開始の号令がかかる。勢いよく駆ける彼女の打突も、もはや止まって見えた。期待されているであろうブランクなど、この数日で完全に埋められた。むしろ邪念がない分あの頃より強いまである。
とんとんとテンポよく向けられる竹刀を弾く。足の動き、呼吸、竹刀の揺れ、細かな動作を読み取り竹刀を向けさせる。私がふっと重心を揺らすと、それに合わせて彼女の切っ先が上を向いた。
「でやぁぁぁぁ!」
久々すぎて、本当に自分の口から発せられたかどうかわからないような声だった。するりと竹刀を振り抜き、手に残る心地よい感触を堪能しながら、私は彼女の横をすり抜けくるりと身を返した。
白旗が全て上がる。
「胴あり!」
審判の声が耳に届く。もはやわざわざ宣告してもらう必要なんて無いくらい、満場一致で私の一本だろう。動き出しといい身のこなしといい、我ながら美しい抜き胴だった。
彼女は確かに強い。ただ私がそれより強かったというだけ。ようやく言える。おかえり、かっこいい私。
その後の展開は非常に呆気ないものだった。二本目開始直後、萎縮する彼女に向けて、以前知生が私に仕掛けてきた流れと同じ逆胴を放っただけ。それだけで私の勝利が決定した。
規定通り礼をし、竹刀を収める。何も出来ず完膚なきまでに敗北した長谷川陽子は、とぼとぼと更衣室へと消えていった。
「文香ぁー!」
私は面を外し大声で叫んだ。声を向けられた主は、びくりと身体を震わせた。別に脅かそうってわけじゃないのに、試合のせいでボリュームがバカになってしまったらしい。
一息吐いて、音量を落ち着かせる。
「長谷川さん、ちゃんとフォローしてあげてね。私と同じ道なんて辿らせたら、今度こそ本当に許さないから」
私はそう言い残し知生の元へと向かった。未だ座り込んだままの知生だったが、先ほどより顔色は良くなっていた。
「大丈夫?」
「ええ。いいものも見させてもらいましたし、元気が出ました。迷惑かけてすいません」
「謝らないで。悪いのは私だよ。立てる?」
片手を差し伸べた私に対し、知生は両手を差し出した。
「おんぶ」
「えっ」
「立てません。おんぶしてください」
「もう……」
そんな顔で手を出されておんぶとか言われたら、断れないでしょ。可愛すぎかよ。
私はわざとらしく溜息を吐きながら、蹲み込んで知生を担ぎ上げた。そのまま出口に向かって歩き始める。
「じゃあね。大会がんばって」
私は久しく話をしていなかった部員に声をかける。文香の姿は見えなかった。どうやら長谷川の元へと向かったらしい。うんうん。それでいい。仲間ってのはそうじゃないと。
私は一礼して剣道場を後にする。ようやく青春の死骸を弔うことができた気がした。
「かっこよかったです。見惚れちゃいました」
私の背中にのしかかる知生が、嬉しそうに呟いた。珍しく素直な褒め言葉だった。私は照れながら言葉を返す。
「でしょ。惚れんなよー」
「ああ、でもあの悪役みたいな感じ、あれは超ダサかったです」
「うそっ。超かっこよかったじゃん。ちょっと芝居がかり過ぎてたかな?」
「ふふっ。コマキサ先輩はへたっぴですね。でも、その後はちゃんとかっこよかったです」
改めて加えられた言葉が照れ臭くて、私は知生の試合に話を移す。
「知生の小手もすごく良かったよ。練習通りだったね」
「我ながら完璧でした」
「喘息のこと黙ってたのは怒ってるけど」
「すいません……」
言葉が途切れる。日が沈みかけた校舎に、ゆらゆらと金木犀の匂いが漂っていた。
偉そうなことを言ってしまったが、本来この状況で怒られるべきは私なのだ。知生に重たい物を担いでもらった挙句、良いところだけをかっさらってしまったのだから。
「ごめんね、色々と代わりに背負わせちゃってたせいだよね」
「今私を背負ってるのは先輩ですけどね」
「物理的にじゃなくて……」
「とりあえずはあるべきところに落ち着いた感じですし、お互いチャラにしましょう」
「そうしてもらえると助かる。ありがとう、知生」
「こちらこそ。はー! これでようやく学園祭に目を向けられそうです。ちいリスト再開です!」
そう、目の前には一大イベントが控えているのだ。ご褒美をあげると言ってしまったし、今回背負ってもらった分、わがままの一つや二つ聞いてやろうではないか。
「せっかくだし一緒に回ろうよ、学園祭」
「今みたいにおんぶして回ってもらいましょうかね」
「それ、あなたも嫌でしょ……」
流石にこのわがままは聞けない。恥ずかしいし。でも彼女と回る学園祭は、多分去年より楽しいものになるだろう。
学園祭に想いを馳せていると、知生から大きな声が上がった。
「あぁー! 更衣室に荷物忘れました! 取りに戻りましょう!」
知生の手が私の肩の上で弾む。あれだけ格好つけて出てきておいてまた戻るなんて、勘弁して欲しい。
「えー。気まずいから時間空けてからにしようよ」
「ダメです! すぐです! ターンです! 戻れコマキサ号!」
「勘弁してよー」
本当に勘弁してほしいが、彼女は譲る様子を見せない。かく言う私もうっかり借りた防具を付けっぱなしで出てきてしまった。仕方ない。
知生に背中を叩かれ、私はしぶしぶ足を動かした。
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