黎明と黄昏

第22話

 徐々に薄れる夏の残り香を味わいながらも、日々は着実に進んでいく。

 移ろう葉の色を見下ろしつつ、パックコーヒーをすすると、じゅるると液体を引き摺る音が鳴った。

 秋。秋だ。食欲の秋。読書の秋。どんなものでも肯定してくれそうな季節。

 我が校の秋は、球技大会や学園祭などのイベントが盛り沢山で、なんだか地に足がついていないような気分になる。

 閃光のような夏休みが明けて二週間が経過した放課後。そんなふわふわとした気持ちが私を包んでいた。

 遠い記憶のようですっかり忘れていたが、休み前のいざこざのせいで、私はクラスで浮いている。それも近づくと露骨に人だかりが解けるほどに。

 一夏の思い出が私を大人にした、なんて言い方をするとちょっとアダルティな感じがするが、こんな腫れ物状態にも笑みを返せるようにはなっていた。

「球技大会の次は学園祭かぁ。うーん。行事が多くて心躍るよねぇ」

 前の席から声が飛んでくる。私は視線を窓から正面に移した。ご機嫌に口を綻ばせたみちるが、私の机を指でかりかりとかいていた。

「そう? 少なくとも球技大会は最悪だったけど」

「いやいや、超楽しそうにしてたじゃーん。まさに孤軍奮闘! めちゃくちゃ目立ってたよぉ。よっ、スター!」

「それが最悪だって言ってるんだよ」

 はあと溜息を吐き、私はみちるのおでこを軽く突く。わざとらしい悲鳴と共に、彼女は笑みを深めた。

 相変わらずなクラスメイトとは反して、夏休み明けからみちるだけは私に話しかけてくるようになった。

 彼女は「よくよく考えたら私がさやちんを無視する意味なくない?」なんて言葉をけろっと吐いて、従来通り私の前の席を陣取っている。

 クラスでそれなりの票を有している彼女には、アキもそこまで大きな強制力を持っていないのだろうか。なんと天真爛漫なことか。こういうところも知生とよく似ている。

「でもさぁ。結構マジで格好良かったよ。勝利を決める強烈なスパイク、ありゃ痺れたねぇ」

「本当に思ってる?」

「思ってるよぉ。会場が湧くってのはああいうのを言うんだねぇ」

 ブンブンとバレーボールを打ち落とすジェスチャーをしながら、みちるは足をばたつかせた。彼女の興味は先日行われた球技大会での一幕に向けられている。

 恥ずかしいので不満があるように振る舞っているが、その瞬間自体は私もかなり盛り上がった。

 私にトスを上げようとしなかった全員に中指を立ててやろうかと思うほどの高揚感、会場が揺れるほどの観客の嬌声、惚けるクラスメイトの顔、全てが爽快だった。

 しかしながら、何処の誰ぞも分からない連中からの注目を浴びてしまったことが非常に面倒臭い。

 目立つ事なく静かに過ごすはずだったのに「あの時の!」という余計なオプションを付与されてしまったのだから。

「実際さ、私の情報ではあれからファンも増えたっぽいよ。ファンクラブ持ちとかアイドルかよー」

「そんなもの出来てないでしょ! どうせ流行り物だよ。学園祭の頃には誰も覚えてない」

「だといいねぇ」

 頭を抱えると同時に、私は大きく溜息を吐いた。

 こんな事になったのも、もちろん知生のせいだ。

 彼女は『ちいリスト84、球技大会でスターになろう!』なんてものを拵えた挙句、自身はバスケットボールを無難にこなし、傍ら私のプレー中大声で囃し立て続けたのだから。

 保護者に見守られているような気恥ずかしさの中、最高のスパイクを連発してしまった自分が今更ながら恨めしい。

「今日も後輩ちゃんと遊ぶの?」

「遊ぶというか、遊ばれるというか」

「面白いよねぇあの子。私も遊びたーい」

「物好きだね。それならみちるも来ればいいのに」

 顔を上げみちるを見ると、彼女は立ち上がりカバンを背負っていた。

「くっくっく。私はさやちんのように暇人ではないのだぁ。ほんじゃねーまた明日」

 ひらひらと手を振って、みちるは跳ねるように教室を飛び出して行った。私の周りにはなぜこうも自分本位な人間ばかり残るんだ。

 追い討ちのように溜息を吐き、私はいつもの教室へと向かった。

 教室の扉を開けると、何やら左右に身体を振り回している知生がいた。ダンスか、ストレッチか、この子は一人で何をやっているんだ。

「よっ。なにしてんの?」

「ちーっす」

 知生は動きを止め、こちらを向いた。長い髪を一つに束ねた彼女は、彼女らしからぬスポーティな雰囲気を醸し出している。

「ポニテかわいいね」

「あざーっす!」

「何? そのキャラ」

「今日のテーマは体育会系後輩キャラっす!」

 掛け声のような相槌を入れた知生は、再び身体をねじり始めた。今まで出てきた中に、こんなキャラはいなかった。

 なぜこのタイミングで見た事ないキャラが出てくるんだ。圧もすごいし、多分彼女は体育会系を履き違えている。

「それをやるなら絶対に球技大会でやるべきだったでしょ。なんで今なの?」

「気分っす。細かい事は気にしないっす」

「全然可愛くなーい」

 不満を吐きながら、私は指定席に腰をかける。

 夏を乗り越えた事で、随分とこの教室も過ごしやすくなった。窓から見える景色も、なんだか穏やかな色味になった気がする。

 くるくると身体を動かしていた知生も、私に続いて正面の席に着いた。

「もうすぐ学園祭ですね」

「えっ、あのキャラもう終わり?」

「あれ体力使うんですよ。お望みとあらば続けますけど」

「望んでないから結構」

 大人しくしていればポニーテール美少女なのに、暑苦しいキャラはごめんだ。知生は仕切り直すように立ち上がり、ホワイトボードに向かう。

「そんなことより学園祭ですよ学園祭。あと二週間しかありません。というわけで今日からはこれをテーマに進めていきましょう」

 文字を書き終えた知生が振り返る。ホワイトボードにはでかでかと『ちいリスト55、エンジョイ学園祭!』と書かれていた。

「エンジョイ学園祭……?」

「タイトルなんて飾りです。要は学園祭を百パーセント楽しむために作戦を立てますよって話です」

 しっくり来なかったのか、知生は急いで文字を消した。こういうネーミングセンスのなさは、彼女の数少ない弱点の一つなのかもしれない。

 再びペンを持った知生は、その先を私に向けた。

「はいコマキサ先輩。学園祭と言えばなんですか?」

「えーっとねえ。模擬店いっぱいでしょ、あとは軽音部の演奏、演劇部の舞台なんかも面白いし……。でも一番の見所といえばやっぱり後夜祭だよね。薄い照明のなか男女が肩を並べてさ、好きでした、みたいなやつ。あれいいよね。あの子とあの子がくっつくんだ! 意外! みたいなね、ときめきがいいよね。憧れるわ」

 そこまで返して、私はハッと我に返る。一つの質問に対して必死にボールを投げ返しすぎた。ぱっと目が合った知生は、自分で話を振っておいて顔を痙攣らせている。

「お好きなんですね、学園祭」

「引いてるじゃん」

「引いてはないですよ。引きそうにはなりましたけど」

 また恥ずかしい思いをさせられてしまった。いいじゃない、浪漫があって。そんなときめき、健全な乙女なら憧れて当然でしょ。

 乙女という括りを全て巻き添えにしながらそこまで考えて、夏休み明けから父以外の異性とほぼ会話をしていない事実に気がついた。

「コマキサ先輩がそこまで学園祭好きだとは思いませんでした。意外とミーハーなんですね」

「いや、私が求めているのは日々のトキメキだけなのかもしれない」

「は? 何言ってるんですか?」

「なんでもない。それで? 学園祭で何をするつもりなの?」

 こほんと咳を加えた私を見て、知生はううんと首を傾げた。

「出来る限り多くです。今出てきた軽音も、演劇も、模擬店も。……なんなら後夜祭も付け加えてあげましょう。味わえるだけ味わい尽くしたいんです」

 知生は自信満々にそう告げて、やりたい事を書き連ねていく。これはまた大きく出たものだ。

「身体は一つしかないんだから、流石にいくつかに絞らないと」

「私は馬鹿じゃありませんよ。それくらいわかっています」

「えっ、そうなの?」

「優先順位を決めずに空回りするのは嫌ですし」

 それくらいのことを分かっていてもやってやると言い出すかと思ったが、思いの外知生は冷静なようだった。

 とはいえ、部活に属するでもなく、うだうだと放課後を過ごしている私達に何が出来るのだろうか。

「どうせやるなら、みんなをあーっと言わせることもしたいですよね。思い出に一花を添えるような、どかーんとしたやつを。勝手に花火でもあげてやりましょうか」

「また突拍子もないことを言って……」

 大きなジェスチャーを交えながらホワイトボードの前を彷徨く知生に溜息を返すと同時に、教室の扉が開いた。

 佳乃ちゃんがまた逃げ出してきたんだろうか。そんな楽観的なことを考えながら、私は音の方に首を向けた。

 私と知生と佳乃ちゃん以外で、この教室に出入りしている生徒を、私は今の今まで見ていない。人の気配から遠ざかったこの教室は、意図しないと辿り着かないのだ。

 人影がはっきりと目視できたタイミングで、キュッと私の口元に力が入る。理解よりも先に身体が動くほど、この来客は午後の平穏を脅かすものだった。

 彼女は私達の方をじっとりと眺めた後、足を進めることなく言葉を吐いた。

「本当にこんなところにいるんだ」

「ふ、文香……?」

「久しぶりだね」

 意図せぬ来客は、怪訝そうに目を細めた。彼女の鋭い目が、じくじくと私の古傷を滲ませていく。

 安斎文香、剣道部の二年生。要は私の元チームメイト。端的に言うと、それはもうお呼びではない人物だ。

 私は痒くもない頭をゆっくりとかいた。

「本当に久しぶり。なんでこんなところに?」

 元々は親友と呼べるほど仲が良かったが、会話をしたのはかれこれ半年ぶりだ。久しぶりに面と向かって話すのに、感慨深さも湧かない。

 それもそのはず、彼女は決勝で負けた私に悪意を向けた内の一人なのだから。裏切り者を歓迎できるほど、私の心は広くない。

 私は無意識に知生の方を見たが、彼女はさほど興味もなさそうに文香の方を眺めていた。

「小牧に用事があってね」

 彼女はゆっくりと足を進め、私の目の前へとやってきた。

「単刀直入に言うね。剣道部に戻って」

「……剣道はもう辞めたから」

 私を見下ろすような視線が更に深くのしかかる。穏やかな秋の陽気とは裏腹に、錆鉄のような感情が湧き出てきた。

 歯切れ悪く言葉を放つ私に、やれやれと文香が溜息を漏らした。

「バレー見たよ。足、治ったんだね」

「うん」

「怪我が治ったんなら戻ればいいじゃない」

「だから戻らないってば」

「気まずいのはわかるけど、もったいないよ。小牧は強いんだから」

「気まずいってわけじゃ……」

「もう半年も前のことなんだから、誰も負けたことなんて覚えてないって。だから戻っておいで」

 迫真の表情と右手を私の方へと差し伸べて彼女はそう語った。私は思わず目を細めた。

 親切な顔をして、部に戻りやすいようレールを敷く役割は、さぞ気持ちがいいだろうな。私の気持ちなんて本当はどうでもよくて、彼女は自分に酔っているとしか思えない。私がいつ部に戻りたいと言ったんだ。

「今更戻るとか、考えられないよ」

 私はへらりと言葉を吐いた。一瞬ぐっと息を飲んだ文香を見て、心の中でガッツポーズを浮かべた。

「戻った方が絶対小牧の為になるじゃん。どうして?」

「どうしてって、わからないの?」

「わかるわけない。だってあれだけ強かったのに、急に辞めちゃって。絶対続けた方がいいじゃん。わけわかんないよ」

 私を圧しても折れないこの流れは、彼女からすれば予想外の展開だったのだろう。

 先ほどまでの勝気な目はどこへやら、キョロキョロと衛星のように私の周りに視界を巡らせている。

 反対に私はしっかりと彼女の目を見据えた。

「じゃあ逆に聞かせてよ。今の今まで放っておいて、急に声かけにくるとかどういう気持ちなの?」

「それは……」

「あれから半年以上経ったんだよ」

「怪我してたんだから、誘えないでしょ」

「怪我の様子を聞きにくることもしなかったよね? それどころか、辞める私を引き留めもしなかった」

「そうだけど……」

「今更どういうつもりなの?」

 しおしおと彼女の言葉と頭が落ちていく。叱られた子のように背を丸めながら、彼女は本心を吐き出した。

「……良い一年生が入ってきて、先輩も引退して、今年こそ優勝できそうだから」

「だから戻って来いって? それのどこが私のためなの? 矛盾しすぎ」

 そこまで聞いて、彼女は完全に黙り込んだ。普段の私なら、この辺りで相手の期待に応える動きを取っていただろう。だって嫌われたくないし。

 しかし、嫌な奴だと思われても捨ててはいけない感性がある。なによりここで折れたら過去の自分に示しがつかない。こんなことを思えるようになったのも、空気を読んでダンマリを決め込んでいる知生のおかげかも知れないが。

 しばらく黙る彼女を見上げていたが、深い吐息で膠着が破れた。

「だって……しょうがないじゃない! あんたがいつまでも燻ってるから、こうするしかないじゃん!」

「燻ってる?」

「そうよ! 負けたぐらいでうじうじしちゃってさ! 私達がどれだけ心配したかも知らないくせに!」

 ガラス玉を落っことしたような耳障りな感情が、私の制御器を壊した気がした。

 馬鹿げている。散々言ってくれた挙句、心配していたなんて軽口を吐かれた。たとえその心配が本心から来るものだったとしても、あの時の私には一滴も届いていない。もちろん、今の私にも。

 激情に任せ、私は立ち上がる。

「ふざけないでよ! 心配? ただの自己満足でしょ。背負わせるだけ背負わせて、一番助けて欲しい時に助けてくれなかったじゃん」

「助けて欲しいだなんて言われてない!」

「そこを慮ることが心配するって事なんじゃないの?」

「価値観の違いよ! 気付かなくてごめん、とでも言えばいいの? それで満足なの?」

 拳を強く握りながら、文香が大きく息を吸った。

「剣道辞めてこんなところにいるくらいなら、戻って来なって言ってんの。なんでわかんないの?」

「なに? 私の物分かりが悪いせいなの? 放っておいてよ」

「ああもう! うるさいっす!」

 バチバチと飛んでいた火花は、第三者によって蹴散らされた。沈黙を保っていたポニーテールから、大きな声が響く。

「先輩方。人の根城でピーチクパーチク、喧しいっす。いい迷惑っす!」

 何故か体育会系後輩キャラに戻っている知生は、ずいずいと私達の間に割って入った。

「な、なによあんた」

「必要なら名乗りますけど、要ります?」

「要らない。私は小牧と話してるの」

「そうっすよね。知ってるっす」

 知生はそう言って、両手で私達二人の距離を空けた。彼女は私に背を向け、文香に指を向ける。

「話は聞かせてもらいました。備品に手を出すとか、どういう了見なんすか」

「は? なに言ってんの?」

「コマキサ先輩の予定は、まるっと私がいただいちゃってるんですよ。横入りは困るっす」

「意味わかんないんだけど」

 知生の頭越しに文香の顔が映る。心底困惑した様子で、彼女は知生を見ていた。そうだよね、そうなるよね。一瞬だけ文香に同情してしまった。

 圧倒的に注釈は足りないが、おそらく知生はこいつは私の物だから手を出すなとでも言いたいのだろう。

 備品扱いは本当に酷いが、彼女の言いたいことが簡単に読み取れる程度に私は慣れてしまっている。いいぞ、もっと言ってやれ。

 文香の動揺をもろともせず、知生は口を開き続ける。

「やっぱりこういう時は、決闘っすよね、決闘。剣道で勝負っす。先輩が勝ったらコマキサ先輩の事はお譲りします。でも私が勝ったら、あなたが綺麗さっぱり諦めてください」

 知生は自信満々にそう告げ、ゆっくりと指を下ろした。今さらっととんでもないことを言ってなかったかこの子。

 言葉を聞いた文香は、途端満更でもない顔を浮かべた。

「剣道で決着をつけるってこと?」

「その通りっす。勝負は三日後の放課後。ルールは高校剣道に則ってでいいっす。どうっすか? 悪くない条件じゃないっすか?」

「……乗ったわ。今の言葉、忘れないでね」

 私と知生に視線を焚べ、文香は逃げるように教室を後にした。

 浮かんだ熱が、瞬く間に空気に吸い込まれていった。

「やれやれ、ようやく煩いのがいなくなりましたね」

 知生は大きく溜息を吐いて、再びホワイトボードの前に戻っていった。

 僅か数秒の出来事で理解が追いつかなかったが、ゆっくりと脳に状況が染み込んでくる。

 えっと、知生と文香が戦って、その結果次第で私の去就が決まるのか。ほう。

「ちょ、ちょっと待って。今さらっととんでもないことが決まらなかった?」

「いやぁ。一回剣道部員と戦ってみたかったんですよね」

 ニコニコと言葉を吐いた知生は、ホワイトボードに新しく『打倒剣道部!』と書き込んだ。

 そんな目標、知ったこっちゃない。

「聞いてない聞いてない。えーっ! 私剣道部に戻るの?」

「私が勝てばいいだけの話でしょ」

「えっ、だってあなた剣道はやってないって言ってなかったっけ?」

「未知には新たな可能性を感じますよね」

「終わったー!」

 素人が三日で勝てるほど剣道は甘くない。あれほどバチバチにやりやった割に、知生の一声であっさりと結末が決まってしまった。

 しかし知生は、依然としてあっけらかんとしていた。

「いやいや、これはあくまでコマキサ先輩の取り合い合戦ですから。負けた方が身を引くだけで、そのあとどうするかは先輩が決めればいいんですよ」

「めちゃくちゃ詭弁じゃない?」

「詭弁もなにも、私は私がやりたいように言っただけですから。というか、ああでも言わないとあの人帰らないでしょ。迷惑です」

 勝手に行く末を決められたかと思ったが、彼女は私の意思を曲げる事なく自分のやりたい事をやってのけただけらしい。

 そりゃそうだ、私にも人権がある。自分がいる場所くらいは自分で決めたい。

 狼狽えてしまったが、冷静になる時間をもらえたのはありがたい。なんだかんだ、やはりこの子は空気を操るのが上手いのだろう。

「さて先輩。ちいリスト55は中断です。この三日間で、私に勝利をもたらしてください」

「剣道を教えろって事?」

「当然です。勉強のお返しだと思って」

 そう言われれば言い返す言葉もない。思いもよらぬ恩の返しどころだ。

「わかったよ。でも、やるからには勝つ気でやるからね」

「愚問すぎます」

 落ちかけている日が知生の背後を照らしていた。日が落ちる早さも、着々と季節の変化を伝えてくる。

 食欲でも読書でもない、決闘の秋が始まった。

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