第16話

 一通り遊び終わったところで時計を見ると、短針が五を少し過ぎたところを指し示していた。

 お昼ご飯を食べたり、買い物をしたり、映画を見たり、私たちは娯楽が目に入るたびそれに飛び込み続けた。

 軽くなった財布に比べ、足は鉛でもついているかのごとく重い。さすがに遊びすぎたかと笑ってしまうが、不思議と後悔はなかった。

 ショッピングモールに付帯している映画館から出た私達は、何往復目かわからない道を歩く。

「ポップコーンってあんなにも味の種類が増えてるんだね」

「また食べ物の話ですか? 見た後ぐらい映画の内容に想いを馳せてくださいよ」

「いいじゃん減るもんじゃないし。あ、お腹は減るかもしれないか。えへっ。次来たときは何味にしようかなー」

「本当に太っちゃっても知りませんからね」

 やれやれと息を吐いた知生は、わかりやすく疲労の表情を浮かべた。

「それより疲れました。何往復目ですかこの道。私、持久走は苦手なんですよ」

「うーん。確かにそうだね。じゃあ最後にあそこに行きましょう」

 私は視界の端に映ったゲームコーナーを指差した。知生がここでの過ごし方を私に任せると言った後、私は密かに今日の最終目標を決めていたのだ。

 私の指の先を見て、知生が首を傾げる。

「ゲームですか? へえ、意外です。先輩はゲームとかあんまりしない方かと」

「イメージ通り。ゲームはほぼしないかな」

「えっ」

「やりたいのはゲームじゃなくてあれだよ」

 私は早歩きで目的の機械の前へと足を進める。ぱらぱらと人影は見られるが、この際機種など何でもいい。空いている機械に私はもう一度指を向ける。

「じゃーん。プリントシールー」

「おお……」

「引いてらっしゃる!?」

 人目も憚らず声を上げた私に対し、知生は一歩身を引いた。なんだか今日一日解放的に過ごしたせいで、私自身のテンションも空回り気味になっているようだ。

 何を隠そう、私の今日の最終目標は、今日という日を写真に収めることだ。

 剣道に打ち込んでいた頃には縁もゆかりも無かった機械だが、アキたちと遊ぶようになってから何度かついて行ったことがある。

 それでも、自発的に撮りたいと思ったのは今日が初めてだった。思い出を形にしたいなんて事を思うなんて、私は意外と重い女なのかもしれない。

 少しの間機械を凝視していた知生は、ポツリと言葉を漏らした。

「私、撮ったことないです」

「えっ! そうなの? じゃあ初じゃん。やったね!」

「今は携帯でも写真が撮れる時代なのに、わざわざこんな……」

「もう、しのごの言わないの! 女子高校生っぽい事をするんでしょ!」

 ぶつぶつと流れる知生の呪詛を魔法の言葉で遮り、私はカーテンをくぐった。パステルカラーの煌びやかな光量が目を刺激してくる。

 荷物を置き財布から小銭を取り出し、そそくさとお金を投入すると、可愛い声のアナウンスが流れてきた。

「ほら始まるよ。荷物を置いて」

「えっ、ちょっと、どうすればいいんですか? 私は何をすればいいんですか? ねえ」

「適当だよ適当」

「適当って……」

 促されるまま荷物を置いた知生は、わたわたと髪の毛を整え始めた。そんな彼女を横目に見て、私は淡々と画面をタッチしていく。  

 まさかこんなに慌てた知生を落ち着いた気持ちで見られるなんて。それだけでもアキたちと連んでいた時期が無駄じゃなかったように思えるから不思議だ。

 カメラの説明を始めるアナウンスと共に、緑の幕が降りてくる。それにぴくりと身を揺らした知生の手を、私はゆっくりと掴んだ。

 指示されたポーズに身体を合わせたところで、ぱしゃりと一枚目のシャッターが下りる。

「はっず。めっちゃ恥ずかしいです」

「あははっ。可愛い可愛い。ほらほら、次のポーズだよ」

 画面の女の子たちに合わせたポーズを取り、カウントダウンを待つ。

 一枚目はガチガチだった知生にもしっかりとスイッチが入ったようで、恐ろしく女子力を求められるポーズを平気でこなし続け、最後の写真が撮り終わる頃には歴戦の猛者のような貫禄を見せつけていた。

 写真を撮り終えブースを移動したところで、知生がけらけらと笑いながら声を上げた。

「うわぁ。目でかっ! 顔ちっさ!」

「この機種はナチュラルな方だよ」

「あっふ。ダメだ。あはははは。おっかしー! 先輩! 目の迫力がすごいですね!」

 指を差して笑うんじゃない。確かに実物より盛れている私はちょっと面白いけれど。

「ちょっと! そんなに笑うことないでしょ! というかあなたの顔の角度媚びすぎじゃない? 鬼かわなんだけど」

「これが一番上手く写る角度なんですよ。先輩が下手ってのもありますけどね」

「初挑戦らしからぬ生意気な台詞……。えいっ! 落書きしてやる!」

 画面に映る媚びた知生の頬に猫髭を足す。悪戯に描き足したはずなのに、悔しいことにとてもマッチしてしまった。

「ほほう。そうやって落書きできるんですね」

「そうそう。あ、スタンプとかフレームとか、色々な備え付けがあるから、それを使うと……ってきもちわるっ! なによそれー!」

 懇切丁寧に解説を加えている隙に、私の両頬に第三、第四の目が出来上がっていた。改造手術の張本人は、私のリアクションを無視してふんふんと鼻歌混じりでペンを動かし続けている。

 このままでは大妖怪コマキサが誕生してしまう。知生の暴走を阻むべく、私は急いでペンを走らせた。

 時間の終了と共に私たちはブースを出る。吐き出された写真には、無駄に大量のオブジェクトを付与された私たちが写っていた。

「うーん……。ハートマークの一つくらい足せばよかった。なんだか地味だね」

「男子中学生の教科書みたいな落書きですね」

「ふふっ。確かに」

 髭や眉毛が大幅に足されていたり、目を増やされていたり、矢印で雑に名前を付与していたり、とてもじゃないがお洒落な女子高校生が撮りましたとは言えない出来に仕上がってしまった。

 それでも、これが撮れただけで私は非常に満足だった。

「次来た時はもっと可愛く撮ろうね」

「まずはこのぎこちないポーズからどうにかしてください」

「ううー。いや、知生が上手なだけだからね」

 うだうだと言葉を吐き出しながら、適当なサイズにプリクラを切り分けていく。ハサミを入れている間に、私は知生が施した落書きを眺めた。

 不平不満を含めて、なおも愉快な気持ちでハサミを通す私の目に、見慣れた字体が映った。

『ちいリスト79、完遂!』

 言葉ではぶつくさと言っていた知生が書いたこの文字が、私を誇らしい気持ちにさせる。よかった、ちゃんと楽しんでくれてたんだ。

「な、何をハサミを持ってにやついてるんですか。怖過ぎですよ」

 しみじみと感慨に耽っていたところ、右下から言葉が飛んできた。どうやら感情が顔にまで出てしまったらしい。

 私は最後までプリクラを切り分けて、半分を知生に手渡した。

「内緒。はい、こっちは知生の分ね。ちゃんと目立つところに貼っておくように!」

「えー……」

「えーじゃないの! ほら、そろそろ帰ろっか」

「そうですね。……というかこんなもの貼ったら趣味が悪いと思われそうです。供養とか要りそうですもん」

 知生が付いてくるのを確認し、ゲームセンターのこもった空気を肩で切りながら私は足を進めた。

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