第13話

「おかえりなさいませお嬢様!」

「は、はいっ」

 扉を開けると同時に、キラキラとした声が降り注いだ。私は思わず背筋を伸ばしてしまう。

 目の前に現れた可愛らしいメイドが、百点の笑顔をこちらに向ける。笑顔の眩しさに目を細めながら、私はにやけた口元を手で覆った。

 これがメイド喫茶か……。すごい威力だ。

 パステルカラーが散りばめられた店内には、平日の昼間にしてはそれなりの数のご主人様がいらっしゃった。

 そんな中でも、女子一人制服で来ている奴なんて私以外に見当たらない。入った瞬間に理解できる。完全に場違いだ。

 店の前まで私を誘導した知生は、そそくさと裏口に行ってしまった。

 店前まで来て逃げ帰るわけにもいかず、結局単身で未開の地に突撃することになってしまったのだ。

 受付も誘導も知生じゃなかったし、結局あの子はなんだったんだ。

「お暑い中長旅お疲れ様でしたぁ。お屋敷の方にご案内いたしますねぇ」

「え、あ、はい」

 もちろんメイド喫茶に来たことがない私は、ただただ狼狽る大木と化してしまう。

 可愛いなぁメイドさん。語尾の全てに音符がついていそうな話し方だな。

 そんなことを考えながら、何故か集まる視線を避けるように背中を丸め、私は促されるまま席に着いた。


 何からすべきなのかもわからず、とりあえず呆然と机の傷を眺めてみる。落ち着いてしまったことで、ふわりとカラオケボックスの風景がフラッシュバックした。

 ずっとこうやって俯いていれば、大人しく空気に混ざっていれば、あんなことにならなかったのに。というか参加すらしなければよかった。大失態だ。

 大きく吐いた溜息が、心にずしりとのしかかってきた。


「お待たせいたしましたお嬢様ぁ」

 柔らかく流れてきた言葉で、私は我に返る。

 沢山のハートマークが散りばめられていそうな語気で近づいて来たのは、千点の笑顔を浮かべた知生だった。

 彼女の手には手鏡とウェットティッシュのようなものが握られている。

 私の口から安堵の息が漏れる。

「ちょっと……私だけ放り込むなんて酷いじゃん。せめて受付はあなたがしてよ」

「まぁ大変。お嬢様、メイクが!」

「えっ」

 知生は私の言葉を無視して驚いた顔を浮かべた。わざとらしく向けられた鏡に、自分の姿が映る。

 自分自身と目が会った瞬間に、悪い意味でこれが本当に自分なのかと疑ってしまった。

 目尻から頬に向けて、堂々とした黒いラインが入っている。なんでパンクな顔なんだ。

「うそっ! なにこれ!」

 軽く施していた化粧が、涙でしっかりと滲んでいた。

 そうか、しゃがみ込んでいた時に急いで目を擦ったんだった。案の定手の甲にも黒いシミが出来上がっている。

「もう、なんで言ってくれなかったのー!」

 私は急いで両手で顔を覆った。どうやら感じていた視線の理由は、単なる場違いだけではなく私の顔面にもあったようだ。

 それにしても酷い。酷すぎる。私の顔の仕上がりもさる事ながら、こんな状況で店に放り込んだ知生がなによりひどい。

 そんな知生は私の両手をゆっくりと顔から引き離した。

「目を瞑っていただけますか?」

 促されるまま目を瞑る。ひんやりとした感触が黒いラインに沿って流れていく。

 しばらくその感触に酔っていると、優しく前髪を撫でられた。

「はい綺麗になりましたよ」

「ありがとう……。って、会った時に気付いていたならなんで教えてくれなかったの? 恥ずかしい」

 ゆっくりと目を開く。鏡に映っていたのはいつも通りの自分だった。

 ぶつぶつと不平を述べる私に、知生は愛想だけを返しお手拭きを手渡した。ついでだから手の甲の方も綺麗にしておこう。


「普段お化粧なんてなされないのに、珍しいですね」

「テストの打ち上げがあったからとりあえず小綺麗にしておいたの」 

「そうなんですねぇ。私はナチュラルな方が好きですよ。お嬢様はお肌も綺麗ですし」

「何よ気持ち悪い……」

 キャピキャピと話をする知生は、いつにも増してキラキラしている。それと同時に、独特の気味の悪さを携えていた。

 この感じは彼女がキャラに入り込んでいる時と同じだ。


 知生は仕切り直すようにこほんと咳を挟み、軽く頭を下ろした。

「改めまして、お帰りなさいませお嬢様。本日お給仕を担当させていだきます、ちーたんと申します。気軽にちーたんとお呼びくださいね。よろしくお願いいたします」

「ち、ちーたん?」

 意表を突かれ言葉がまごつく。そんな私の声に、彼女は嬉しそうに微笑みを返した。

「はぁい。ちーたんです。本日はお暑い中、長旅お疲れ様でした」

「あ、うん、ありがとう」

「お嬢様は本日どちらからお戻りになられたんですかぁ?」

「ど、どちら? えーっと、学校です」

「学校ですかぁ。ちーたんは学校に行ったことがないので、憧れてしまいます」

「私相手にその設定は無理があるんじゃないかな……」

 思考がまとまらないまま会話が流れていく。

 なるほど。これはキャラに入り込んでいるどころの騒ぎじゃない。もう普段の知生とは別人だと考える方が理解が追いつきそうだ。

 そっちがその気なら、こっちも存分に楽しんでやるからな。


 さらさらとしたツインテールが、彼女の動きに合わせてきめ細やかに揺れる。

「あ、そうだ。お嬢様の事はなんとお呼びすればいいですか?」

「何を今更……。じゃあサヤで」

「サヤお嬢様ですね。かしこまりましたぁ。外の暑さでお疲れかと存じます。まずはちーたんがサヤお嬢様にメニューのご説明をさせていただきますねぇ」

 きらきらと目を輝かせるちーたんこと知生は、店内カラーにバッチリとマッチした口調でシステムを語り続けた。

 お嬢様という言葉に柄にもなく高揚してしまった私の口角は、みるみる高さを増していく。

 私を石と勘違いしていたあの知生と同一人物とは思えないし、ふりふりのメイド服も彼女の幼さと絶妙にマッチしていて可愛い。

 そこに言動も相まって、心の綻びを抑えることが困難になってきた。ふわふわと非現実のような景色だけが浮かぶ。


 オーダーを済ませた後、ちーたんのおまじないがたくさん詰まった何味かもわからない飲み物が運ばれてくる。

 それに口をつけた頃には、心地よい逃避感だけが私を支配していた。

 ほにゃほにゃと喋る知生は可愛いし、延々と自己肯定感を高めてくれるこの感じはなんとも言えない癒しだった。

 今度はお腹を空かせて来よう。オムライスにお絵かきとかして欲しいし。

 わずか数分で環境の虜になった私の頭からは、入店時の場違い感やこの場に至るまでの道中のことなどすっかりと消え去っていた。


 しばらくの間うふうふと笑みを浮かべていると、再び知生が近づいてきた。

「サヤお嬢様。ちーたんとゲームをしませんか?」

「ゲーム?」

「はい。なんとここにトランプがあります」

 知生はポケットから猫が描かれた可愛らしいデザインのトランプを取り出した。

 彼女はそれを慣れた手つきでかき混ぜ、山を二つに分けていく。

「ちーたんは仲良しさんが大好きなので、今から仲良しさんを探していこうと思うのです。でもでも、ちーたんは同じくらいジョーカーさんが苦手なのです。ジョーカーさんを引かないように、仲良しさんを探していくゲームをしたいのです。最後にジョーカーさんを持っていた方が負けです」

 長々と説明を加えた知生は、山の片割れを私に手渡し、自身の手札を真ん中のスペースに放り始めた。

 同じ数字のペアたちがするすると机の上を滑る。

「要はババ抜きだね」

「ババ抜き……? ちーたんはよく分からないです」

「ああ、うん、なんでもないわ」

 呆けて髪を撫でる知生を無視して、私は自分の手札のペアを同様に放り始める。


 可愛い可愛いちーたんには申し訳ないが、私はこの手のゲームで負ける気がしない。

 出会ってから今まで、彼女とはもう一ヶ月近い付き合いになる。観察が大好きな私が癖を見抜くには十分すぎる時間だった。

 知生は適当なことを言う時に必ず髪を触る。日毎に髪型が変わる彼女だが、そこだけは一貫している癖だ。

 一対一のババ抜きほど単純なゲームであれば、その情報だけで簡単に詰みまで持っていける。しかも私の手札にジョーカーはない。このままジョーカーを引かずに勝ってやろう。

「じゃあまずちーたんがカードを引きますねぇ」

 知生がカードを引く。やったぁという掛け声と共にペアが作られる。そりゃそうでしょ、二人だけなんだから。私はへらへらと知生のカードを引く。

 一枚ごとに新鮮なリアクションを浮かべる知生を堪能しているうちにゲームは進み、私の手札が一枚という状況になった。

 残るカードワンペアとジョーカーのみの三枚。結局こうなるまでジョーカーを回避し続けることができた。

 気付かぬ間に第六感的なものが目覚めてしまったのかもしれない。

「むー。もう最後の二枚になってしまいました。ジョーカーさんがなかなか動いてくれません」

 二枚をこちらに向け、知生が頬を膨らませる。これで私が数字を引き当てれば勝ちだ。

 悪いなちーたん。とっておきの切り札を使わせてもらうよ。

「ちーたん。こっちがジョーカー?」

「違いますよぅ」

 右のカードを指差す。知生は私の指先だけを見つめた。

「じゃーあー。こっちがジョーカー?」

「違いますよぅ」

 左のカードを指差す。指の動きと同時に動いた瞳に合わせ、彼女はツインテールの片方をくるくると撫でた。

 思わず笑みがこぼれる。

「じゃあこっちにするっ!」

 私は勢いよく右のカードを引き抜いた。ありがとうツインテール。スペードの七で上がりだ。

「にゃっ」

 自身の手元に移ったカードを見て、私の喉の奥から変な音が漏れた。

 スペードの七であるはずのカードには、悪そうな黒い猫の絵が描かれていた。左上にはご丁寧に『joker』と書かれてある。

「嘘でしょ。なんで?」

「やりましたぁ。良かったぁ。このまま負けちゃうところでしたにゃーん」

 絵柄に似せた猫の真似をしながら、知生はわざとらしくツインテールを撫でた。

 たまたま癖が変なタイミングで出たのか、なんてことを思ったが、どうも彼女の様子が胡散臭い。

「ちーたん嘘をつくの下手っぴさんだから、バレちゃったかと思いましたぁ」

「あなたまさか……」

「どうかしましたかぁ?」

 くどいように髪を触り続ける知生を見て、疑惑が確信に変わった。

 この子は自分の癖を知っているのか。というか、今までわざとそういう癖があるように見せていたのかもしれない。

 なんてことだ。一ヶ月かけて丁寧に騙されていたなんて。切り札があったのは向こうじゃないか。

 いや待て。ただただ運の勝負になっただけで、まだ負けたわけじゃないじゃない。

「大丈夫だよ。なんでもない」

 ここで冷静になって、運の強さで勝ってやろう。私は大きく息を吐いて、二枚を混ぜたあと机の上に置いた。

「さあ、選んでいいよ」

 伏せられた二枚のどちらが何なのか、私自身にも分からない。完全に運ゲーだ。

「はぁい。どーちーらーに、しーよーうかな。こっち!」

 鼻歌のように指先を踊らせた知生は、躊躇なく左のカードを選んだ。カードを回転させた知生の顔が綻んでいく。

「やりましたぁ。ちーたんの勝ちですね」

 知生がカードをこちらに向ける。七のペアがこちらをじっと見ている。という事は残った一枚はあの悪そうな猫だろう。結局あの猫は一移動しかしていないじゃないか。

「あー負けちゃったか」

「どうです? ちーたんは強いでしょ?」

「うん。強かった」

「えっへへん」

 胸を張る知生は、いちいち可愛らしい挙動だった。負けた苛立ちの一つも湧いてこない。

 むしろ妹に勝利を譲ってやったような爽快感まである。……実力で負けたわけだけれど。

 しかしまあ、簡単なゲームの割に盛り上がりがあったし、可愛いリアクションもたくさん見れて楽しかった。

 おまけに今後は知生の癖を疑ってかかるようにしようという教訓まで得ることができた。

 メイド喫茶最高かよ、と心の中で歓声が上がる。

 カードを集めそれを再びポケットに戻した知生が、ピンと人差し指を立てる。

「お嬢様。勝ったちーたんは、僭越ながらご褒美を所望します」

「ご褒美? 私、何も持ってないけど」

「ちーたんのお願い、聞いてくれますか?」

 知生は可愛らしく小首を傾げた。

 おや、この状況をここ以外でも見たことがある気がする。

 この可愛い生き物を目の前に、私は幾度となく恥をかかされている気がしてならない。デジャビュか。いや事実恥をかかされてきたではないか。これは罠だ。

 しかし、そんな事は知ったことではない。

「うんうん。もちろん聞いてあげる! なんでも言ってごらんなさい!」

 愚かにも食い入るように身を乗り出した私に、知生は再び指を立てる。

「じゃあ、今日何があったかを教えて欲しいです。路地裏で泣くなんて、ただ事じゃないでしょう?」

 少しだけトーンの下がった彼女の声で、私は途端に現実に引き戻された。これはちーたんではない。いつもの知生だ。

「べ、別に泣いてたわけじゃ……」

「あれだけ化粧が崩れていて、あんな場所で蹲っておいて、よくそんなこと言えますね」

「崩れてるのはあなたのキャラじゃない?」

「こほん。そんなことないですよぅ。ちーたんはサヤお嬢様が泣いてた理由が知りたいにゃん」

 咳払い一つでちーたんが返ってきたが、私はまだ現実に引き戻されたままだった。

 カラオケボックスでの興味と落胆、拒絶の目がちらちらと脳裏に映ってくる。

 しかし、お願いを聞くと言ってしまった。これに関しては、私自身が聞いて欲しいという願望も持っている。気晴らしもできたし、ちょうどいい。

「面白い話じゃないよ」

 ふうと息を吐いて、私は事の顛末を話し始めた。


 色んな照明が煌めいていたり、ゲームで盛り上がる太い声が聞こえたり、決して落ち着いた場所だとは言えないと思う。

 それでも、私の耳には自身の声だけがはっきりと聞こえていた。

 打ち上げかと思いきや合コンだったとか、遠回しにでかい女だと言われたこととか、要らぬ追求に心を痛めただとか、アキの身勝手さだとか。

 順序もまとまりもめちゃくちゃで、日々の鬱憤も詰まった言葉の羅列だったと思う。

 言い終わった後にはそんなざっくりとした感想だけが浮かぶほど、私は感情的に話を進めた。

「それであの路地に逃げ込んだってわけよ。あーあ。明日からどうしようかな」

 私の目からぽたりと涙が落ちる。泣く予定じゃなかったし、泣いているはずじゃない。なんの涙なんだこれは。

 頭の中を整理していた時には出てこなかった気持ちが、言葉にしたことによって姿を現し始めていた。

「ああ、もう。なんで泣いてるんだろう。意味がわからないね。ごめんねしょうもない話で」

 私は急いでそう付け加えて、知生に笑顔を向けた。ただただ何があったかだけを話そうと思っていたのに、沢山の枝葉がつき大樹になってしまった。

 どうやら私は自分が思っていた以上に普段からアキに対してイライラしていて、それと同じくらい、今まで空気を読んで彼女のご機嫌を取り続けてきた自分自身にも嫌気が差していたのだ。

 よって先ほどの行動が間違いだったとは思わないが、それでもやっぱり明日からの学校生活が不安で、それらの感情全てを同時に処理できるほど私は強くはなかったらしい。

 要するに、こんなことをこの子に言ったって仕方がない。私の感情の暴走など、迷惑極まりないだろう。

 褒美でもなんでもない。悪いことをしてしまった。

 申し訳なさに顔を伏せると、黙って話を聞いていた知生が指を優しく私の頬に沿わせた。

 女の子らしい細く柔らかい指が、丁寧に滴を拭っていく。

「泣きたいときは泣いていいんです。こんな時にまで空気を読まなくてもいいんですよ」

 いつもの知生とも違う、ちーたんとも違う、優しい声が私を包んだ。

 彼女の指が私の涙を掬い終わり、そのまま頭へと向かう。普段の身長差ではありえない、私の頭に手が置かれる状態になる。

「大丈夫。沙夜子先輩は正しいです。間違ってないです。だから泣くことなんてないんですよ」

 赤子の相手をするように頭を撫でた知生は、ハンカチで私の目元を拭った。

 彼女から呼ばれた事のない呼称だとか、いつもより雰囲気が柔らかいことだとか、つっこむ事は山ほどあるはずなのに、横槍を入れる気になれなかった。

 だって、知生の言葉には私の欲しかった肯定の言葉が全て詰まっていたのだから。

「先輩の想いは私がしっかりと受け止めました。涙はここで終わりです。胸を張ってください。言い返してよかったって思える日がきっと来ますから。あなたが踏み出した一歩は誇らしい一歩です。後悔なんかで終わらせず、前を向きましょう!」

 あやすような言葉が続く。頭に置かれた手からぽかぽかと熱が染み渡ってくる。

「でも正直きついな。クラスで居心地が悪くなっちゃいそう」

「どれだけ居心地が悪くても、放課後には私がいます。空き教室で待っています。クラスだけが高校生活じゃありません。あそこだけがあなたの居場所じゃありません。だから安心してください。堂々としていてください。それに、ちいリストだってまだまだたくさんあるんですから!」

 知生は力強い笑みを浮かべ、私の頭を撫で続けた。なんだよ、結局はリストの為じゃないか。

 思わず笑みが溢れる。彼女の言葉の動機がなんであれ、私は今完全に平静を取り戻した。

 そうだ。今の私の居場所はあそこだけじゃない。だからこそ私はあの場で言い返すことを選んだんだ。

 これからのことに対する不安も、自信のなさからくる恐怖も、アキに対する憤りも、知生の言葉であっさりと吹き飛ばされてしまった。

 すっかりと勢いを取り戻した私は、軽やかに涙を拭い知生の方を向いた。

「あなた、学校に行ったことない設定だったんじゃないの?」

 知生は一瞬ハッとした表情を浮かべた後、全てを理解したように穏やかな笑みを浮かべる。

「何のことですかぁ? ちーたんちょっとよくわからないです」

 彼女はあざとくツインテールをいじる。きらきらとした振る舞いが返ってくる。

 本当に本当に、とてつもなく大きな借りが出来てしまった。ご褒美をもらったのは私の方だ。

「……知生、ありがとう」

「知生じゃないですよぅ。ちーたんです」

「ふふっ。そうだね。楽しい時間をありがとうちーたん」

「元気になって良かったです。サヤお嬢様には笑顔が似合いますから」

 知生は私の頭から手を離し、フリルを揺らして口角を上げた。

「やっぱり良いねちーたん。めっちゃ癒された。教室にデリバリーとか頼めないかな? 出来れば週三くらいで」

「嫌ですにゃん」

 食い気味で至極可愛らしく拒否されてしまう。よし、じゃあ絶対にまた来よう。また感情の枝葉が育ってしまった頃にでも。

 私はふうと息を吐いて鞄を持ち上げた。

「冗談だよ。また来るね。というか、明日学校で。テストの結果、期待してて良いよ」

「はい。首を長くして待ってます。いつでもいらしてくださいね」

 キャラなのかそうじゃないのか、曖昧な言葉を知生は返した。

 そのまま会計を済ませ、華やかなメイドさん達に見送られながら私はメイド喫茶を後にした。

 明日からも、なんとか頑張っていけそうな気がする。なんと言ったって、私のもやもやは可愛い後輩が吸い込んでくれたのだから。

 歌うように足を動かし、私は駅へと向かった。

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