第12話

 いろんな部屋から聞こえる歌声をかき分け、私は店の出口へと急ぐ。

 やってしまった。いや、やってやったと言うべきか。バクバクとなる心臓のビートに合わせて足が進む。これは多分後悔ではなく高揚だ。

 店を出ると、刺すような日差しが私を出迎えた。急激な明度の変化が、私を現実に引き摺り戻す。喧しい心音を落ち着けるため、駅と反対方向へ足を進めた。

 カラオケ店が見えなくなるにつれ、どんどん身体に力が入らなくなってくる。私はある程度離れた路地に入り、ようやくその場にしゃがみ込んだ。

「やっちゃったー……」

 少し落ち着いたことにより高揚感は消え去り、自分がとんでもないことをしてしまったという事実だけが浮き彫りになった。

 逆らってしまった。あのアキに。冷静に考えた結果、罵声を吐いてしまった。

 まず間違いなく、明日からクラスの腫物的ポジションに追いやられるだろう。それを避けるために今まで頑張ってきたのに、何をやってるんだ私は。

 夏休みまでまだ一週間以上ある。明日の朝一番に謝ったら、まだ修正が利くだろうか。いやでもあれは絶対にあっちが悪いし。

 空気に自分を合わせていたはずなのに、どこで間違えてしまったんだろう。

 さっきまでの勝気の反動からか、かたかたと身体が震え始める。物音のない路地が、どんどんと孤独を煽ってくる。

 誰でもいい、なんでもいい、私を正当化してくれ。

「どうかしましたか?」

 背後から心配そうな声がかけられる。路地で女子高校生がしゃがみ込んで震えているのだ。そりゃ声もかけられるか。

「あ、いえ、大丈夫です」

 目尻に浮かんだ水滴を急いで拭い、私はゆっくりと振り返る。

 逆光で暗くなったシルエットは、小柄でフリフリしたメイド服のツインテールさんだった。そういえば、この辺りにメイド喫茶があると聞いたことがある。

 珍しいものに珍しい場面を発見されてしまったものだ。

 光に目が慣れてきて、どんどんとシルエットが鮮明になっていく。

「でかい石かと思ったら、やっぱり先輩じゃないですか。なにやってるんですか」

「えっ、あっ……ち、知生!」

「うおっびっくりした。急に呼び捨てとかエッジの効いた距離感の詰め方ですね」

 小柄なツインテールメイドさんの正体は知生だった。あまりの衝撃で開いた口が塞がらない私は、真っ直ぐ彼女を指差した。

「な、なんでここに?」

「なんでって、バイトですよ、バイト」

「バイトって確か喫茶店……」

「はい。メイド喫茶です。時給がいいんですよ」

 まさかメイド喫茶のことを喫茶店と言っているとは思わなかった。それももちろんのこと、こんなところで知生に会えるだなんて思っていなかった。

 非常に不服ではあるが、ホッとしてしまった。流行りのポップスのように、彼女は気づかぬ間に私の心の奥にいたらしい。

 安堵に顔を綻ばせる私を見て、知生は大きく首を傾げた。

「いやほんとになにやってたんですか? テストが上手くいかなくて傷心してたんですか?」

「違うよ。テストの方は結構上手くいったわ。あなたのおかげ、ありがとう」

「じゃあなおさらなんでこんなとこで石になってるんですか」

「私が石に見えていたなら相当やばいよ。まあ、いろいろあって……」 

 さっきまで空気を読んで言葉を置いていたことが嘘のように、すらすらと言葉が浮かんでくる。それでもこの惨状をどう説明すればいいかが分からなかった。

 私が視線を外したと同時に、知生は私の腕を掴んだ。

「店、すぐそこなんで、せっかくですし私のバイト代の糧になって下さい」

「ちょ、ちょっと!」

 私の言葉を無視して、知生は私を路地裏から引き摺り出した。そのまま足は近くの建物へと進んでいった。

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