週明けのある昼休み、真一は珍しく昴と一緒に過ごしていた。健太はどこかへ遊びに行っていたようだった。昼食を終えた二人は、教室の隅に並んで座り、昴がふと真一に話しかけた。


「真一、最近どうよ? 元気にしてるか?」


「まあ、なんとかね」と真一は笑顔で答えたが、その声には微かな揺らぎがあった。


 昴はそれに気づいたように、「最近、健太と仲良くしてるよな。どうなんだ、あいつとは?」とさらに問いかけた。


「健太か……うん、いいやつだよ」と真一は応えたものの、心の中では健太への思いが膨らんでいた。初めて健太への特別な感情に気づいた時のドキドキが、まだ胸に残っている。


 昴は笑いながら真一の肩に手を置き、「あいつはいい奴だよな。真一、お前ももっと自分を出していけよ」と励ました。その親密さが、真一には心地よい半面、健太への思いがある自分を責める気持ちも同時に湧き上がっていた。


 昼休みが終わるチャイムが鳴り、二人は席に戻る準備を始めた。昴は立ち上がり、真一に向かって「またな」と言いながら、ふと手を伸ばして真一の頬を軽く掴んだ。その瞬間、昴の笑顔が一層輝きを増した。


 昴はそのまま席に戻り、真一はその背中を見送りながら、心の中で健太のことを考え続けていた。昴の親密な仕草と笑顔が、真一の胸に複雑な思いを残したまま、静かに教室は午後の授業へと移っていった。


 授業が始まると、隣で健太が教科書を忘れていることに気づいた。彼は周囲を見渡し、真一の方を見て少し困ったような表情を浮かべた。


「真一、悪いけど、教科書見せてくんない?」と健太が小声で頼んできた。


 真一は「いいよ」と答え、教科書を健太と共有するために机をくっつけた。二人の距離が縮まり、健太の匂いがした。真一はその近さにドキドキしながらも、彼の無邪気な笑顔に心を和らげられた。


 健太が教科書を覗き込みながら、「ありがとな、助かった」と言うと、その声が真一の耳元に優しく響いた。授業中、健太の存在が真一の心を揺さぶり続け、その思いがさらに深まっていった。


 隣でいつもその奔放な態度と喋り方に憧れていた健太。彼の無邪気さと率直さに、真一は心を奪われていくのだった。


 夏の気配が漂い始めると、体育の授業は水泳に変わった。初めての水泳の授業の日、真一の胸は不安で満ちていた。近頃、彼の身体は緊張するだけで反応してしまう。何も考えていなくても反応してしまう。水泳の更衣室は、そんな真一にとって避けられない試練の場であった。彼は隅っこへと身を寄せ、誰も隣に来ないように、何も目に入らないようにと必死になっていた。


 しかし、その静寂を破るように昴がやってきた。昴は何か話しかけていたが、真一にはほとんど聞こえなかった。何を返事したのかも覚えていない。ただ、彼が必死に努めていたのは、昴の腰に巻かれたタオルの合わせ目が揺れてできる隙間の先を見ないようにすることだけだった。


 昴と真一が着替え終わる頃、一部の男子たちが集まり、賑やかに騒いでいた。真一にはすぐにそれが何のことか分かった。そして、その中心に健太がいることも感じ取った。昴に導かれるまま、真一はその人混みの中に、あたかも自然に、しかし明らかに自らの意志を介して身を投じていった。


 健太はニタニタと笑いながら、輪の中心で堂々とその部分を露出していた。その瞬間、真一の心は激しい衝撃に打ちのめされた。それがそんな風に剥けるものだとは夢にも思わなかったからだ。初めて目にするその中身は、予想外にグロテスクであり、生々しい鯛の死んだ目を見つめているような気分になった。そのまま下まで剥けてしまったら、全てあのテカテカした異質なものが現れるのだろうか。そんな考えが頭を巡り、その光景が写真のように鮮明に焼き付いた。


 信じられない、信じられない、信じられない。そんな衝撃だった。昴も、そして自分自身もこうなのかと思うと、健太がなぜそんなことをしたのか理解できず、自分と彼らがツンと鼻を突く塩素の匂いとともに混ざり合い、ドス黒い丸となって真一の胃の奥に沈んでいった。その一つになったものを、彼は心の底から気持ち悪いと感じた。


 その後の授業中も、真一はその光景を思い出し、何度も気分が悪くなった。少しだけ吐き気を覚えるほどだった。しかし、一方で、その見た目の気持ち悪さとは裏腹に、健太の特別な部分を全て見てしまったという感情が、彼の内心を高揚させていた。相反する二つの感情が入り混じり、真一は今すぐ家に帰りたいという衝動に駆られた。


 その夜、真一は湯気の立ち込める浴室に立っていた。鏡に映る自分の姿を見つめ、心の中で決意を固める。微かに震える手をそっと自分のそれに伸ばし、不安と期待が交錯する中で、慎重に動かし始めた。


 真一のそれは徐々に硬さを増し、ついには完全に硬直していった。真一は根元に向かって引っ張るように少し力を込める。しかし、あるところで止まり、それ以上剥けていくような気配は感じられない。普段ならこの段階で手を止めるところだが、健太のそれを目にしたことで、真一の中には確信が芽生えていた。意を決してさらに力を込めると、表面をなぞる鈍い圧迫感と共に、ゆっくりとその先端が露わになった。健太のそれと同じものが目の前に現れた瞬間、真一の心には驚愕と確信が広がった。「そうか、こういうことか」と、彼は心の中で呟いた。そのグロテスクな内部を見つめると、その光景が健太のそれと重なり合った。


 直接触れると鋭い痛みが走り、真一は思わず手を引っ込めた。痛くない部分をシャワーと指で優しく擦り落とし、再び元に戻した。彼の心には奇妙な安堵感が広がった。


 寝床に戻った真一は、天井を見つめながら健太のそれを鮮明に思い出した。あの黒いものが、ゆっくりと真一の中に溶け込んでいくのを感じた。彼の心は次第に静まり、健太のこと、そして自分自身のことを、ゆっくりと受け入れていった。初めて健太と共有できる部分を見出したことが、彼にとって新たな安らぎをもたらしていた。それが少し嬉しいと感じた。彼の心に広がるその感覚は、これまで感じたことのない新鮮なものであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る