わたしたちなら、大丈夫。

文学少女

心の穴

 さくらは、わたしのほうによって、顔をちかづけ、さくらのあつい息がわたしのみみの産毛をやさしくなでるように、ささやいた。

「わたしたちなら、その心の穴を、埋め合えるよ」

 さくらの頬が、わたしのみみに触れんばかりに、ちかい。さくらのあかい頬からはなたれるさくらの熱、体温が、わたしのみみに届く。わたしは、からだがあったかくなっていくのをかんじた。そして、あらためて、わたしの心の中にある、くろくて、ぽっかりとあいた、音も光もないさみしい穴をさわってみた。ずっと、ここには、穴がある。ずっと、埋められることのなかった、穴がある。おかあさん。わたしのすべてをうけいれて、甘えさせてくれる、おかあさん。わがままをして、泣きわめいても、わたしを抱きしめてくれる、おかあさん。でも、おかあさんは、いなくなっちゃった。この世界から、おかあさんは、しずかにいなくなっちゃった。おかあさんがいなくなってから、おとおさんは、なんだか、おかしくなってしまった。しらない人になってしまった。

「埋め合えるのかな……。そんなこと、できるのかな」

「うん。大丈夫。わたしたちならきっと、埋め合える。千雪の心の穴を、わたしが埋める。わたしの心の穴を、千雪が埋める。わたしたちならできる」

「わたしたち、大丈夫になれるのかな。もう大丈夫だ、なにも心配はいらないって、なれるのかな」

「わたしたちなら、大丈夫になれる。どこまでも一緒に、大丈夫になろう」

 わたしはいつのまにか、泣いていた。目があつかった。わたしのこのさみしい心の穴が埋まって、わたしは、やっと、大丈夫になれるんだ。もう不安なんてないんだ。さくらとなら、わたし、大丈夫になれる。そうおもったら、涙がでていた。さくらは泣いているわたしを抱きしめた。あったかい。さくらの心臓の音がきこえる。わたしは、その音で、すごく安心できる。ずっと、この音をきいていたい。この音をききながら、なにもかんじずに、死にたい。

「わたし、さくらと、大丈夫になる」

 泣きわめきながら、わたしはそういった。さくらとなら、大丈夫になれるような気がした。さくらは、ぎゅっと、わたしをよりつよく抱きしめた。さくらが、わたしを包んでくれる。さくらは、抱きしめていたうでをほどき、わたしの肩に手をおき、わたしを見つめる。涙でにじんで、さくらの顔がよくみえない。涙をふくと、さくらの顔がみえた。さくらも泣いていた。さくらも、わたしみたいに、ずっと、大丈夫になりたかったんだ。さくらの顔が、わたしにちかづく。さくらの唇が、わたしの唇にちかづく。わたしたちの唇が、くっつく。涙で、すこししょっぱいキス。

 わたしたちは、このまま、ひとつになれるような気がした。体の境界線をうしない、心の境界線をうしない、とけあって、まざりあって、ひとつになっていくようにかんじた。わたしは水になって、さくらの心の穴の中にはいりこんで、その穴をみたしていった。さくらは、わたしの心の穴を、みたしていった。わたしたちは、これから、なにがあっても、大丈夫な気がした。わたしたちは、一緒なら、もう、大丈夫だ。なにも、心配しなくていい。なにも、不安におもわなくていい。さみしいなんて、おもわなくていい。わたしたちは、このさきずっと、みたし合う。パズルのピースのように、ぴったりと、こころと、体を、くっつける。わたしたちは、わたしは、大丈夫。



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