第3話 師匠の恋

 家に向かう途中で師匠から聞かれた。


「ロウト、その〜なんだ、ユリさんは元気か?」


 照れてる師匠が面白いけどここは真面目に答えないとね。


「はい、義母さんは元気です。今は仕事も始めてます。服飾の縫物師として雇われたみたいです」


「そ、そうか。それであの〜、男性の影とかはないか?」


 フフフ、もうちょっとで吹き出すところでしたよ師匠。男性の影って……


「師匠、義母さんの勤めている服飾店は店主さんは男性ですけど結婚されてます。店主さんの奥さんもその服飾店で一緒に仕事をされてますし、他に二人いる雇われの方は女性だと言ってましたよ」


 僕の言葉に明らかにホッとした様子を見せる師匠。これは出会った時が見物だぞ。


「そ、そうか。ユリさんは器用な人だからな。きっとその店でも重宝されてるだろうな。それで、仕事に行ってるなら今は居ないんだな」


 取ってつけたようにそう聞く師匠に僕は頷いた。でもこの時間ならちょうど僕が先か義母さんが先かってぐらいの時間だ。


 僕の家が見えてきた。どうやら義母さんはまだ帰ってないみたいだ。僕は師匠に言う。


「師匠、あそこが僕と義母さんの家です。良かったらお茶でも飲みませんか? 明日からの事もお聞きしたいですし」


 僕が師匠をそう言って誘うと待ってましたとばかりに師匠は頷く。


「そ、そうだな! 明日のロウトの初狩についての打ち合わせをしないとなっ!! それじゃ少しだけお邪魔することにしよう!」


 あからさまに嬉しそうになった師匠を見て僕は笑いを堪えるのに必死だったよ。義母さんもあと数分したら帰ってくるだろうし。その時の二人の様子をじっくりと見たいけどおじゃま虫にならないように早々に寝室へと引っ込もうと思う。

 家は狭いけれどもちゃんと僕と義母さんの寝室は別にあるんだ。だから早めに引っ込もう。


 家に入りお茶の準備をしていたら義母さんが帰ってきた。


「ただいま戻りました、ロウトさ…… ま? ローンさん!?」


「あ、ああ! ユリさん、お久しぶりです。この度、俺はロウトのハンターとしての師匠となりました。これから3年間、ロウトにハンターのイロハを教えて行く事になりますので、どうかよろしくお願いします」


 ローン師匠を見た義母さんが驚いている。そして、師匠の言葉に更に驚いていた。


「まあ! まあまあ!? ローンさんがロウト様の師匠に!? なんて素晴らしいんでしょう。ローンさん、ロウト様は真面目で誠実なお人柄。どうかこれから3年間、しっかりと教育をお願いいたします」


 やだな、義母さん。そんな事を言われたら照れちゃうよ。


「勿論だ、ユリさん。それで、一つユリさんにお願いがあるんだが……」


「まあ、何でしょう? 私で可能ならば何でも言ってください」


 や、安請け合いはダメだよ、義母さん! まあ、師匠はこんな時に告白するような人じゃないだろうけど。


「俺は今日からロウトの師匠となったからロウトと呼び捨てにしている。ユリさんはロウトのホントの両親よりもロウトの事を思って行動している。だから、その何だ…… そろそろロウトの事を息子だと思って呼び捨てにしても良いんじゃないかな? ロウトはユリさんの事を義母かあさんと呼んでるんだし…… 部外者の俺が言うのも何だが…… 見ていて歯がゆくてな……」


 師匠! 僕は師匠が告白するなんて思ってなかったですからね!! 有難うございます、師匠。僕もそれを言いたかったんです。既に家を追い出されて只のロウトとなった僕を未だに義母さんはロウト様って呼ぶ。僕は義母かあさんって呼んでいるのにだ。


 師匠の言葉を聞いた義母さんは……


「そう、そうね…… もう大旦那様もいらっしゃらないし、家も追い出されてしまったんだし…… ロウト様、いいえ、ロウト。私を今日まで母と読んでくれて有難う。そして、これからは私も貴方の母として生きていくわ。今日からが私たち親子のはじまりよ。よろしくね、ロウト」


 大旦那様って僕が1歳になる前にお亡くなりになったお祖父様の事だよね。母さんはお祖父様と何か繋がりがあるのかな? まあ、また機会がきたら教えてくれるだろうと思う。それよりも、


「はい、母さん!! 今日から本当の親子として、よろしくお願いします!」


 嬉しいのに何故か目から出る涙が止まらないよ。でも泣き笑いながらも僕は大きな声で義母さんにそういったんだ。

 そして、僕は決意した。


「師匠!! 3年、3年だけ辛抱してください。僕は師匠の知識、技術の全てを3年で身につけて見せます!! なので、母さんを妻とするのは3年後でお願いします!!!」



「んなっ!? ロ、ロウト!!」

「まあ、何を言ってるの、ロウト。ローンさんが母さんなんかを相手にするわけないでしょう!」


 僕の宣言に師匠は動揺し、母さんは無自覚発言だ。その母さんの発言を受けた師匠は母さんに向き直り、真剣な顔で言う。


「ユリさん、3年待ってくれるか? 俺はロウトを一人前のハンターにしてみせる。そしたら俺と契を結んで欲しい……」


 真剣な師匠の顔に母さんの顔がポーッと赤くなる。


「そ、そんなローンさん、冗談を……」


「冗談なんかじゃない! 俺は初めてユリさんを見た時からユリさんしかいないと心に決めていたゆだっ!!」


「で、でも3年もしたら私も28になります。そんな年増なんて相手にしなくなるんじゃ……」


 その母さんの発言と不安げな顔に僕は決意した。


「それじゃ、こうしよう!! 今直ぐ2人は契を結ぶ! でも母さんは僕の母さんのままだけど、師匠を父さんと僕が呼ぶのは3年後までは無しでっ!! それで、僕は新婚さんの邪魔をしたくないから、この家には僕だけ住んで、母さんは師匠の家で今日から生活するっ!! これでどう?」


 見てて歯がゆかったから思い切ってそう言ってみたけど、僕と母さんも今日から親子として仕切り直しの筈だったんだよな〜……


 そう思ってたら師匠からゲンコツが落とされたよ。


「馬鹿もん!! お前は今日からユリさんとホントの親子として仕切り直しだろうがっ! だからユリさん、良ければ契自体は今直ぐ結んで俺の家には通いで来てくれたら…… あっ、と言っても家はここの右隣だから安心してくれ」


 さ、さすが師匠。僕と母さんの家の位置を把握して直ぐに空き家だった右隣を押さえているなんて。

 師匠の言葉に母さんの返事は。


「ふう〜…… あの、ホントに私で良いんですか、ローンさん?」


「ユリさんじゃなきゃダメだっ!!」


「わかりました。そこまで言っていただけるなら。私も女冥利につきます。但し、ロウトは3年間は師匠と呼ぶのよ」


「はい、母さん」


 こうして師匠の恋心はちゃんと実ったんだよ。


 って、師匠…… 明日の打ち合わせを全然してないんですけど……

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