最後の小休止



ブライの横に立って、地図を見返す。

この泉を見て、分かっていたけれど。次の場所を記した四角い形は、俺の村の辺りに描かれていた。


今回はさして怪我をしていない。

だから錬成陣もたっぷり残っていて、錬金研究所には行けない。


ブライに乗って、移動をする。

周りの景色に見覚えは無い。何処か記憶に引っかかればいいと思ったが、何も思い出さない。自分の苦しくなるような記憶は思い出すのに、心が癒される記憶は思い出さないとか。


ブライの上で溜め息を吐くと、ぶぶっと唸られた。

うん。走ってくれているのに溜め息とか嫌だよな。

ブライを見るとそうではなく、心配してくれたようだ。


自分の気持ちが落ち込んでいるからか、人の気持ちにまで悪感情だろうと思うのは良くない。心配してくれる人に悪いよな。

ブライの首を撫でると、小さく鳴き返してくれた。


暫くは草原が続く。

行く先の左側の遠くに、煙がたなびいているのが見えた。

馬宿屋だろう。


俺はそちらにブライの鼻先を向ける。

真っ直ぐに自分の村に行きたくなかった。

どういう感情になるか分からなかった。

だから時間稼ぎをしたいと思ってしまったのだ。


ブライは馬宿屋に行くと分かると機嫌よく、早足になった。


俺も俺以外のだれか、生きている人を見たかった。

話さなくてもいいから。


馬宿屋は少し遠くて、着くまで時間が掛かった。

見てみれば、台地の近くの馬宿屋で、村までは今日と同じぐらい走らなければならない距離だったが、旅人が数人いるだけで落ち着いてしまった俺には、必要な距離だったのだろう。


柵を越えて中に入り、ブライを預けて。

外にあるたき火の傍に座る。近くに数頭の馬が繋がれていたり、鶏が数羽歩いていたりして、それを目で追いかけていると、何だか安心した。


「酷い顔しているわね?」

俺の顔を見て旅人の女性が苦笑する。

「え、そうですか?」

「随分疲れた顔をしているわ。そんなに根をつめて旅をしているの?」

「ま、あ、そうですね」

「そう。身体だけは休めなさいね?疲れていると良い動きが出来ないわよ?」

背中に剣を背負っている女性が、そう言ってくれた。

剣士としての教えだろうか。

俺が肯くと、二人とも笑ってくれた。


その何の意味もない笑顔が、今の俺には嬉しいものだ。


女性が泊まっているから、俺はたき火の傍で寝ようと思って寝袋を出すと、宿屋の主人に睨まれた。仕方なく一番離れたベッドに泊まる事にする。

衝立があるけれど、いいのかなこれは。


けれどそんな気持ちなど、一瞬で消え失せるほど素早く眠ってしまった。


疲れていたのか、日が昇ってから目が覚めた。

他の人の姿はなくて、宿屋の主人に一番最後だと笑われる。

身体の疲れも取れて、気持ちもいくらか楽になった。


ブライに乗って村を目指す。

落ち着かない気持ちは仕方ないと納得するしかない。

そういう風に考えることが出来るくらいには、疲れが取れていた。


走りながら王城を見る。

物凄く遠い場所に薄暗く存在している。

それは、この国に住む人たちの、心の距離にも思えた。



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