呪いの迷宮/ホナフナの泉



見慣れてきた大きな部屋に入って、高い天井を見上げる。

薄い光が満ちている天井にも、何かの絵文字が彫られていた。


美しい意匠は、やはり少しずつ違っているようだ。

高い場所の星のような飾りが、少し違う。

もしかしたら、実際に見える星を描いているのかも知れない。

それならば、今までの2つは国の北側だったから、この南西側の場所は見上げた星の位置が違うだろう。


青い光と書見台。

また四角い板になっている。

誰かと戦って取ってこなければならない。

部屋を見わたして扉の前に進む。

あのボスが出て来るまでは、静謐な部屋なのに。


空の鎧と傀儡。

その二つが相手だったから、俺は少し気を抜いていた。

相手を倒せば、あの板が手に入る、気軽な攻略だと。



剣を構え、扉をゆっくりと開けて中に入った。

少し離れた場所にいたモノが立ち上がりゆっくりと近づいてくる。

動きが遅いと判断し走って俺から近づき、剣を振りかぶった。

相手を見て心臓がバクンと鳴った。


パッと離れて相手を見る。

屍鬼だ。

唸って手を伸ばしてゆっくり近づいて来る。

剣よりも炎が有効だけれど。


待ってくれ。

その顔に見覚えがある。


どうして俺が、この泉の記憶を思い出したのか。

思い出せたのか。

それは此処が。


此処が俺のいた村に近いからだ。

この泉の警護が俺の村の人員で行われていたからだ。

だから、よく来たから、思い出しやすかったんだ。


屍鬼が近付く。

剣も持たずに俺の傍に来る。

腐って崩れていても、その顔は思いだせる。

これはあんまりだ。




のんびりとした村だった。

だから、俺が孤児でも生きていけた。皆が少しずつ寄付をして孤児院兼教会を維持していた。怒る村人もいたけれど、それは悪い事をしなければ怒られないと教育しているだけで、のんびりとした気風の村が、俺を生かしてくれた。


浮浪児などいない、読み書きまで教えるまっとうな孤児院は、多くの冒険者を生み出して、この村に寄付する人を多く生み出し、更に村は豊かに人も笑いあえるぐらいには不自由しない、そんな理想のような村だった。


冒険者の村と言われるぐらいには有名な村だったと思う。

俺はそこで育ち、村の護衛をしていた。

村から離れる勇気がなかったからだ。そこには知り合いがたくさんいて、居心地が良くて、だから。



構えを解いてはいけない。

剣を下げてはいけない。

けれど目の前の屍鬼は、攻撃をしてこなくて。

俺を不思議そうに見ているだけで。


殺さなければ板は出て来ない。

板をそろえなければ、呪いは解けない。


どうすれば。

誰か俺に教えてくれ。

俺はどうすればいいんだ。

少し笑っているような顔をして、俺をただ見ているだけの屍鬼を。

俺は殺さなければならないのか。


奥歯を強く噛んで、呻き声が出るのを耐える。

「…持っている板をくれないか」

目の前の屍鬼に話しかけてみた。話が通じるかどうかは分からないが。


屍鬼は首を傾げてから、まだ数人いる他の屍鬼を振り返った。

それから、その数人いる屍鬼がいる場所に歩いていく。

集まった屍鬼たちが、一斉に俺を見て、片手を振った。


まるで、さよならという様に。


生き返ることは出来ない。

屍鬼として生きることも許されない。


薬指を意識して魔法を放つ。

火の輪が現れて、屍鬼を包んだ。

叫ぶことも暴れる事もなく、屍鬼が炎に包まれる。


分かっている。

魔王は俺が来ることを分かって仕込んだという事を。

俺を打ちのめすために、罠を仕掛けたという事を。

だけど。


これは。


ある程度燃えると、煙となって屍鬼が消えた。後には五枚の板が残った。

俺は近寄って板を拾う。

指先が震える。

泣いては駄目だ。そうだ。泣いては駄目だ。


俺が泣いたら、魔王が喜ぶんだ。

この罠が効いたのだって、笑って喜ぶだろうから。


大きく息を吐いて、顔を上げる。

全てが終わったら笑って泣いてやる。


それまではお預けにしよう。



部屋には他の場所に行く扉があり、俺はその扉を開ける。

離れたところに、また屍鬼がいた。


それは武装をした屍鬼で、その武装にも見覚えがあった。

一回目を強く閉じる。

目を開けても、彼は俺が動くまで待っていた。


清廉潔白な戦士。

俺と違って冒険者になった、5つ年上の人。

優秀で、良く村に帰ってきては子供たちに遊ばれていた。

俺が勇者になった時に、真っ先に喜んでくれた。


80年、あなたは俺を待っていた。

俺に殺されるために、ここで呪われたまま。


俺は剣を構える。

屍鬼とは思えない早い動きで、リスパが剣を振り下ろしてくる。

それを剣で滑らせて流し、彼の腹に剣を差し込む。

直前で躱されて、お互いが剣を構えなおす。右足を軸に身体を回して下から剣を突き上げる。それを見ていたリスパが、顔を逸らして俺の剣先を避けた。


俺の腹を狙った剣筋は読めていたので、一歩分だけ後ろに下がる。

しゃがんでから剣を振りつつ、走った。

彼が少し笑った気がした。


屍鬼なのだ。生きてゆけないのだ。

俺の剣が腹に深く刺さり、消えゆく姿を見ながら、そう思う事にした。


今回は仕掛けの部屋はなく、残された部屋には三体の屍鬼が転がっていた。

子供の屍鬼は、動く事も出来ないぐらいに弱っていた。

動き出すかと剣を持ったまま近づいたが、屍鬼は小さく首を振っただけだった。


それはそうだろう。

はやく、母親の元へ行きたいはずだ。

80年も待たせてすまない。


火で燃やして、板を得る。

俺に何をさせたいのか。

もう一度目を閉じて、息を吐いた。


元の部屋に戻り、書見台に集まった板を並べる。

歪な姿の模様が出来上がったが、それは何時もと同じに見えて安心する。


部屋が薄暗くなり、ボスが現れる。

不思議な形をしたボスがゆっくりと、俺に近付く。

触手が現れたが、それに捕まれる前に俺は魔法を使った。

全てが黒い欠片となり、一瞬で片が付く。


全てこれで消してゆけば、すぐに終わるんじゃないだろうか。

この力で、全てを消せば。


青い光が上に昇りながら、この地の呪いを消してゆくのを見ながら、そんな事を思った。


俺の身体は石像の横に立っていた。

泉の水はきれいな水に戻っていて、呪われた気配はなく願いをかなえる泉として、そこにたたずむ。


ただ、あの黒い水に全て溶けてしまったのか、むかし泉の底に重なっていたお金は何処にもなく、俺がいれた100ジルだけが、そこにポツンとあった。

誰も言い伝えなければ、この泉がコインを入れて願いをかなえる泉だろうとは何処にも伝わらないだろう。


もしかしたら、俺が残すあのジルで、誰かが真似をして。

新たな言い伝えになるかも知れないけれど。



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