呪われた泉



封印がされていると印が付いた、その場所に立っていた。

大体の大きさの印なので、実際の場所からは少しずれている。

砦もそうだった。


ブライから降りて歩きながら、気配を探る。

自分の魔法が少し使えるようになったせいか、歪みの気配が感じられるようになっていた。この場所は少し強い呪いが掛かっている気がする。


同じような場所をぐるぐるとうろつきながら、俺は静かに歩いている。

ブライもなるべく息を潜めてくれていて、時折鳴く声に首を撫でてやる。


足を踏み出した先で水音がした。空気が違う。

今までの二つと、全く気配が違った。

これは。

俺が剣を抜くと、傍に居たブライがゆっくりと離れていく。


薄い膜のようだと思っていた呪いが、分厚い膜だと思えるぐらいに重く掛かっている。剣先で触れると、感触がぐにゃりと跳ね返ってくる。

この中にあるのか。

こんな濃厚な呪いの中に人がいたとして、生きていられるはずがない。

確信めいた気持ちで中に踏み込んだ。



そこは石造りの遺跡の中に、元は泉だったのだろう場所が黒い水を湛えて存在していた。泉の真ん中に、例の石像が立っている。

人は誰もいない。


元々人がいない場所なのかもしれない。

多分、元々は神聖な祈りの場所で、それが強い呪いで隠されている。


俺は小さく息を吐くと、まだ剣を構えたまま、石像に近付く。


今まで潜る時に、はっきりと石像を眺めた事などなかった。

女神のような石像は、何処かで見たような記憶があった。いったいどこで見たのだろう。その前で考えながら立っていると、丸く削れたその姿を思い出した。


始原の聖堂。

あの場所にあった女神像にそっくりだ。

という事は新たに作られたわけでは無くて元々あったのか。存在していた女神像にこんな仕掛けを作るとは、魔王の嫌がらせなのだろう。俺には覚えがないが、人々が信仰していた女神を呪いの中心に据えるとは。


この国を呪う魔王は、女神が憎いのか。

人々を呪うだけではなく、女神さえ呪う思想が世界を瘴気で変えていく。

まあ、魔王の考えなど俺には分からないが。


黒い泉の水に触れてもいいものか。

今までと違う状況で、少し困っている。

泳ぐほどの深さは無いが、膝までは浸かっていかなければならないだろう。そして木の枝を差し込んでみれば、黒い煙と共に枝が焦げたように無くなった。

水が、呪われている気がするのだが。


この中に入らなければ、多分、中には降りられなくて。

だが、岩の一つも見つからない泉で、石を投げ入れたらやはり黒い煙を立てた。

鉱石も溶けるのか。

ならば俺の足なんかすぐに溶けるな。


布を入れても溶ける。試しに指を少しだけ入れたがやはり黒く溶けた。

人差し指を振って、痛みを誤魔化す。


草地の上に座って、空を見上げる。

薄暗い水色が広がった空のもとで、俺は座り込んで悩んでいる。

石像の立っている場所には、残念ながら人が立てる隙間は無い。きっちりと石像だけの場所で、傍に立って動かすことが出来ない。

足場も作れない泉を、浄化する事が出来ない。


いや、どうしたものか。

なにか、覚えが無いかな。

自分の記憶に打開策が無いかと目をつぶって考えてみる。


泉の傍に沢山の人。

男女の連れ合いが多くて、俺の隣に居る人が笑って後ろ向きにコインを投げた。

良縁に恵まれますように。

願いを込めてコインを投げる。泉の下には沢山のコインが。


ぱちりと目を開ける。

今のはきちんと思い出したような記憶だ。

立ち上がってもう一度泉を見る。確かに同じような造りだが。

試しに1ジル落としてみる。


ふわんと水の波紋が広がり、一瞬底が見えた。

うん、金額が足りないと。


20ジル落としてみる。

幾らか大きな波紋が現れて、30秒ほどきれいな水になった。それからまた黒くなる。

なるほど、な。

まだ金額が足りないか。


握っていた剣を収めて、石像を動せるように手を何回か開く。

100ジル落としてから、全力で走って石像まで行き前から押す。後ろ側に移動して地下への入り口が現れた。

水から上がり、その縁へ立つ。


水の色が黒く色づいていくと、石像がガタリと音を立てて閉じようとしていた。

そこまで連動しているとは。

あわてて中に滑り込む。何もしなくても石像は閉じて、真っ暗な階段に俺は立っている。


足元を見ると、うっすらと青い光が漏れている扉が見えた。

今のでどんな願いが叶うのだろう?

あるいはここに入れたことが、願いが叶った事になるのだろうか?

俺は首を傾げながら階段を降りて、扉を押し開けた。


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