呪いの迷宮/ヴェステン砦




真っ暗な階段を降りると、うっすらと青い光が漏れている扉が見えた。

その扉を開けると、青い光が輝く神殿のごとく大きな部屋が広がっていた。


壁には不思議な絵文字、宝石のような灯りが青く光っている。

「変わらない形なのか?」

俺は部屋の中央にある書見台に近付きながら辺りを見回す。違っているとすれば、壁に描かれている絵文字と高い場所に描かれている星のような模様か。

前に見た模様と微妙に違う気がする。はっきりと覚えているわけでは無いが。


書見台には、三角の形の穴が9個。

なるほど、な。

俺は部屋を見回して、入って来たのとは別の扉の前まで歩く。

剣を抜いて扉を開けた。

素早く入ったにもかかわらず、剣先が鼻先を掠める。

両手が蛇腹になっている傀儡が、カシャカシャと近寄って来た。その動きのままで腕だけがグンと伸びてきた。


それを避けて、俺は長剣を振るう。数回剣が弾かれて本体に刃が届く。

固い金属の身体を持つ傀儡はほとんど剣では傷がつかない。

俺は親指を意識して魔法を放つ。金属の傀儡には効果がある。

身体が光って痺れて動かなくなる傀儡を、氷の魔法で固める。俺に近寄らなくなったそれに何度も魔法を掛けると、ばらりと解けた。


からからと部品が床に零れて、傀儡も煙となって消える。

部品の中に、三角の板があった。拾ってみると表面の一部に模様がある。

全貌を想像する間もなく、二体目の傀儡が現れた。


今度は剣を使わずに初めから魔法で対峙する。

呆気なく消えていく傀儡に、小さく溜め息が出た。

傀儡から落ちた三角の板を拾う。

魔法を持たない人間には、この場所の攻略は難しいだろう。


砦の人間が攻略のために入ったとして、魔法使いは何人いたのか。

朧げに覚えている記憶では、村の中に攻撃魔法を習得している人間は十数人といったところだった。村が数百人としたら少ない人数だ。

他の村人が魔法を使えない訳ではなく、生活するのに沢山の人間が魔法を使っていた気がする。攻撃魔法は習得者が少なかった。それだけで。


続きの部屋に行くために扉を開ける。

その部屋に傀儡はいない。代わりに大きな板と丸い球が置かれていた。球は俺の身体ぐらい大きくて、板もまた大きい。


傍に寄って球を触ってみるが、少し動いて止まった。

全力で押せば動きそうだが、動く事に意味は有るのか?

大きな部屋の端の方に、球を収める三重にくぼんだ穴があるようだ。薄く光っている。

床が途中で無くなっているので、ただ転がすわけにはいかないようだ。


どう見ても、板を渡して球を運ぶように準備されて置かれているようだが。

前回も思ったが、何のためにこんな仕掛けを作ったのか。


板は長くて大きい。

持ち上げるのは不可能なので、押して床の端まで動かす。

その先の床がない場所に渡すとして、どうしたものか。


悩んでから、氷壁を床に沿って掛けてみた。

段差は少しできてしまったが、橋のように掛かっている。

その上に板が乗る様に移動させて、こっちと向こうの間に板を渡せた。球はその上を転がして端の穴に入れる。

穴の光が消えて、何もない壁に扉が現れた。


ほっとして汗をぬぐう。

板も球も大きくて重かった。移動のために結構な時間が掛かっている。

何度か球が落ちて焦ったが、何処から落ちてくるのか、元々あった場所に音を立てて落ちてくる。何もない場所から現れて落ちてくるから、最初は球に潰されそうになった。


扉を開けると三体の傀儡がいた。

いっぺんに雷の魔法を掛けて、氷の魔法をあとから掛ける。

傀儡たちがたいした距離も動けないまま、一方的に戦闘が終わる。

剣を構えているのに悪い様な気がしてしまった。


落ちた三枚の板を拾って、部屋の中を見る。

部屋の端に扉が見える。

そこから次の部屋に行く。部屋の中央に空の鎧がうずくまっていた。


剣を構えて近づいてみる。

頭部が無い鎧は、じっとして動かない。

床の光が反射して青く光って見えるそれは、最初の台地にあったように動かなかった。どんな理由でこの場所にいるのか。


手で触ってみると、からりと崩れた。

煙になって消えた後に、三角の板と一枚の紙。

拾ってみると、写し絵の様で、砦前で取ったであろう集合している人々の姿があった。

ここにいた鎧は砦の人だったようだ。


それが呪いに利用されて、置かれていた。

何か、黒い感情が胸の内に渦巻くようだ。深く息を吐いてやり過ごす。

だめだ、怒ってはいけない。

黒い感情が膨れると、不利になる気がする。


写し絵はカバンに入れて辺りを見回す。

この部屋に扉はなかった。

入って来た扉を潜り、板と球がある部屋に戻る。


球が入って光を無くしていた穴が、再びうっすらと光っている。

近寄って覗くと、穴自体が光っていた。

他に何か関係がある場所でも、と思って見回すと、小さな球が部屋の端に転がっていた。俺は今穴に入っている球を見る。

他に球が入るような穴は無い。あの球は何処に入れればいいのか?


そう言えばこの球の入っている穴は段差があった様な。

大きな球を苦労して穴の外に出す。

見ると入っていた球よりも小さなくぼみがあった。


今度はあまり苦も無く、渡した板の上を転がして球を運んだ。

穴に納めると、何もない壁に別の扉。

しかしそれは随分と高い場所にあった。

全くもって意味が分からない。


翼で飛び上がり、高い壁の真ん中にある扉を開ける。

ヒュッと大気が鳴って、傀儡の蛇腹な手が俺の顔を叩く。

扉を潜りかけていた俺は、その中に身体をねじ込み横に飛んだ。

目を掠った傀儡の指先は、もう一度こちらに向かってきた。


俺は剣で受けるが巻取られて、剣が手から離れる。

呪文がいらない魔法は戦いに好都合だが、指に集中しないと雑に放たれて、当たり難い。中指と親指に意識が集まらなくて、雷が傀儡の一体に当たるが他の傀儡の行動を止められない。伸びた手が六本、俺の足や手に絡まった。


倒されて槍を突きこまれる。

身体をねじったが、腹に槍が刺さる。それでも俺を押さえている以上傀儡も素早く動くことは出来ない。親指に集中して雷を落とす。

じぶんも軽く痺れたが、傀儡は完全に動きが止まっている。


俺は氷の魔法でとどめを刺す。

三体が沈黙するまで、さして時間はかからなかった。

腹を押さえながら、三枚の三角の板を拾う。


かばんを探ると、回復の錬成陣が描いてある羊皮紙が出て来た。

ブロウスの顔を思い浮かべながら、それを使った。

驚くほどに効いて、傷も痛みもなくなる。


息を吐いてから、書見台のある部屋まで戻った。

全ての板を並べて模様を合わせる。

やはり歪な形になったそれは、カチリとはまると静かに床に沈み、床は平らになる。

灯りが薄暗くなったので、俺は剣を構える。


目の前に現れたのは、巨大な滑っている傀儡。

表面が汚泥のようなもので覆われているのは、呪われている証拠なのか。


思いのほか素早い動きで、こっちに迫って来る。

前には気付かなかった眼球が、俺をはっきりと見ていた。

蛇腹の腕が四本、剣と槍と盾を持って俺と打ち合う。その重量に弾き飛ばされて、俺は雷を放つが表面の汚泥に吸われたのか、傀儡はひるまずに槍を押し込んでくる。


腹に入ったそれは掻き回されてから抜かれた。

離れたかったが、動けない。

やばいな。

そう思って剣を構えて受け流そうと思っている眼の前に、人の腕が現れた。


傀儡の纏っている汚泥から人の腕が生えていた。

それは傀儡の槍を握り、剣を握った。


傀儡の目だと思っていた眼球が俺を見る。

それは多分、人間の目で。


「〈漆黒の風〉」

俺の口から言葉が零れる。

与えられた魔法ではなく、俺が知っている黒の魔法が身体から溢れる。


疾風などとは比べられないほどの、真っ黒な風が部屋の中で激しく吹き荒れて、傀儡の身体をボロボロに崩した。

それは凍る訳でも燃える訳でもなく。

ただ壊れ崩れるだけの、魔法だった。


俺を見ていた眼球は、何故か安心したような目線を最後に投げてきた。


パラパラと黒い欠片が床に落ちて、俺はそこにうずくまる。

抉られた腹も痛かったのだが、自分の魔法に驚いていた。

この力は、使って良い力なのか。

まるで伝え語りの魔王のような。


部屋がぐらりと揺れた。

顔を上げると、部屋がゆっくりと解けるように分解していく。また部屋全体に満たされていた青い光が、上へ昇っていく。そのまま俺の身体も持ち上げられたように上に昇る感覚に襲われる。

気持ち悪いまま目を閉じた。


目を開けると石像の横に座り込んでいた。

血塗れの手で、もう一度カバンを探る。出て来た羊皮紙に書かれた錬成陣にほっと息を吐く。腹に当てて誰かが叫んでいる声を聴いた。


「呪いが解けたぞ!」

ワイズが俺の方に走ってくる。その後をニードルが追いかけて走っていた。

喜んでいる声にほっとした時に、ニードルが俺に向かって叫ぶ。

「避けろ!!」

何をと思った時にはワイズに刺されていた。

腹に深々と突き入れられている短剣に目をやり、ワイズを見上げた。


「なぜ今なのだ!なぜもっと早く助けてくれなかったのだ!?」

手を離さずにグッと奥に押し込まれる。

口から血が零れた。


「やめろ!爺さん!!」

ニードルがワイズを剣のさやで弾き飛ばす。

俺の視界からワイズがいなくなり、ニードルが屈み込んでいた。


「すまない!俺が見張っていたのに追いつかなかった」

短剣を抜くに抜けず、ニードルは俺の口から零れる物を布で拭う。

「あんなに駄目だと思わなくって」

俺は自分のカバンから、もう一枚羊皮紙を取り出す。

いったい何回直せばいいのか。


自分で短剣を抜いて羊皮紙を素早く腹に押し当てる。

キラキラと光った錬成陣は、今度に限って完治はしなかった。

息を吐いて、腹を撫でる。

内部はやられているだろうが、まあ、何とかなるだろう。


俺が立ち上がると、ニードルが頭を下げてきた。

それから自分の腕を見て、泣きそうな顔で俺を見る。

「呪いを解いてくれた恩人に、仇でしか返せなくて」

ポロリとニードルの眼から涙が零れる。


「…呪いが解けて良かったな」

「そうだけど、もう大丈夫なのか?今の魔法で治ったのか?」

「ああ、大丈夫だ。だからあれを殺す必要もない」

俺が見るとニードルも一緒に、倒れて気を失っているワイズを見た。


「どこかで閉じ込めておかなければならないと思う。正気でいられないなら、そうしなければ」

「…それは、俺には何とも言えないが」

かばんから写し絵を出して、ニードルに渡した。


「これは?」

「…迷宮の中にいた鎧から落ちたものだ。ここの人だったのだろう」

ニードルはそれを見て懐かしそうに微笑んだ。


「…凄い昔に皆で取ったやつだな。この小さいのが俺だよ」

並んでいる人たちの一番端で、大人に捕まっている子供を指さした。俺には分からないその記憶が少し羨ましかった。


砦を歩いてブライの待っている場所まで歩く。

振り返ると、二―ドルが手を振った。ブライに跨って手を振り返す。ブライを走らせてから距離を取り砦が見えなくなってから、その首にもたれた。


まだ血が込み上げてくる。

呪いは普通の人の心を蝕んで、狂わせる。

俺は80年もの間、誰も助けることが出来なくて。

「何が勇者だよ」

自分の声がくぐもって聞こえた。


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