これは昔の話です 勇者ロウチ
エオルカ王国は古い国だが、他国に比べて特別に大きな国という訳では無かった。ただ昔から勇者を輩出していた。
王族の他に六大貴族がおり、他の貴族はその六大貴族の分家や寄子ばかりで構成されていた。貴族の義務もあまり存在しないような国だったが、勇者の試練だけは子供の時代に魔力があると言われた者達の力試しのように、権利があった。
王家の内庭に存在している、聖剣と言われている石に刺さった剣を試しに抜いてみるという、なんとも子供らしい習慣が残っていた。
それが。
占い師が新たな占いで魔王の復活を示唆したために、貴族の魔法力持ちは全員、聖剣を試さなければならなくなった。何十人と剣を抜こうとして失敗した。
選ばれたのは、貴族学院を卒業したばかりの青年のロウチだった。
分家で名前もあまり知られていないような貴族の出身のロウチにとっては、喜ばしい事だと周りが盛り上がり、本人も当然だという態度で勇者という称号を享受した。
「…良い訳ないだろう」
聖剣を腰に下げたロウチは小さく呟いた。
後ろにいるパーティの二人は、顔を見合わせる。
「…仕方ないだろう?」
「選ばれたのだし」
ロウチが二人に振り返る。
「せっかくA級になったのに、今までの努力をどうしろというんだ」
「まあなあ。俺ら割と頑張ってたからなあ」
「それこそ仕方ないだろう。国の命令なのだ」
そしてバルコニーから、下の訓練場を見降ろす。
そこには真面目に剣を振るっている銀髪の青年が見えた。
「僕を選んでおいて、後でもう一人選ぶとかどう言うつもりだ。それなら最初から彼を選んでいれば良かったではないか」
ロウチの言葉に、二人が頷く。
「それは同意する」
「まったくだ。冒険が出来なくなってから追加とは」
頬づえをついてディザイアを眺めるロウチが呟く。
「まあ、彼にも同情するよ。こんな面倒な事になると分かって剣の道を選ぶ訳でもないし」
「お前は何時もそうやって話していれば、もうちょっと」
「…勇者が理想像通りだったら、深く依存される。それではこの国は立ち行かなくなるだろう。魔王に勝てるとは限らないのだから、自衛が出来なくてはならないだろうし」
剣を何度も降りながら、ディザイアが剣筋を確かめている。
「僕が馬鹿な方が、自分達で戦う様になるだろうと思うのだが」
「…お前って、本当に」
「ああ、あの握りでは手を壊す」
後ろの二人の声を聴いていないのか、ロウチがそこから飛び降りた。
ディザイアのすぐ横に着地する。
「君の剣では魔獣に勝つのは難しいのではないか?」
「…では、どうすれば」
「は?僕に聞くというのかい?」
「…言ってきたのはロウチ様ですから」
「口が減らないなあ、君は」
ディザイアの練習用の剣を奪って、剣を振ってみせる。ディザイアが真剣に見ているのを分かってロウチは、何回も剣を振るった。
「あの、全方面に照れ屋なのが、奴の欠点だと思うのだが」
バルコニーにまだ居る二人が、下を見ながら話している。
「でも、いきなり大変そうだから教えてやるぜ!とか言われても気分悪いと思う」
「それも、そうか」
「大体ディザイア君は、薄々ロウチの性格を分かってる気がする」
「…あんなに真剣に、泳ぎを教える男が馬鹿で意地悪だと思えなかったのだろう」
先日、ディザイアが水辺で動けないのに気付いたロウチが、水の中に突き飛ばし無理矢理泳ぎを教え込み、半日後にはいくらか泳げるようになった事を、二人して思い出していた。
「あんなに真剣に手取り足取り教える奴もいないしね」
「水に突き飛ばされた時は怒っていたようだが、その後の行動に付き合った後、俺達の顔を見ていたものな」
「見られてもね。頷くぐらいしか出来ないし」
「ロウチの3つ下だったか?」
「あ、そうだね。ディザイア君17歳だっけ?」
どうしてそうなったのか、訓練場では二人が打ち合いを始めている。
「弟みたいな感じなのかなあ」
「本当に奴は、あの態度で損をしている」
「いいじゃん。俺らが分かっていれば」
にやついているラッテを見てから、ケーファーはバルコニーに腰掛けた。
「…止めないと、また半日付き合うぞ、あいつは」
「もう少ししたら、止めに入るよ」
練習用の剣が鈍い音をさせて、また交差していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます