地上の相棒



「記憶が戻る時に身体が消えるとか、意味が分からん」

ブロウスが首を振っている。ファイゲも俺を見ている。

「俺は自分の外側は見えないから」

俺の言葉に頷いてから、ブロウスは新しいケーキにフォークを突き刺す。


「どちらかというと、どこかに行っている気がする」

「何処かって」

「…ファイゲ。時空の書を持ってきてくれ」

「はい、ブロウス様」

ファイゲがさっと動いた。

幾ら気安く話していても、やはり主従なのだと思った。

大きなテーブルに積み重ねてある本の中から、ファイゲが一冊掴んで持ってきた。ブロウスは眼鏡を掛けてそれをめくる。


パラパラとページを繰っていたブロウスの手が止まった。

「やっぱり、そういう事例はないなあ」

眼鏡をスッと取って、ハアッと溜め息を吐いた。


記憶を思い出している時に自分の身体が消えているとは思っていなかった。

確かに、その場所にいる様な気はしていたが。

体感をしている。

そこにいるように風も光も感じる。人の息遣いさえ分かる。


それは記憶なのだろう。

だがそれは、普通の思い出す行為とは違っていて。

確かにその場に引き寄せられるような状態で見ている。

身を置いている今の時間の事は知覚できない。


思い出すとは違うのだろうか?

それならば、俺が体験している行為は何なのだろう。


ブロウスが悩みながら、まだページをめくっている。ファイゲが大きな皿を四枚片付けに台所に向かった。冷めた紅茶がテーブルに乗っている。

此処は良い場所だ。居心地がいい。

きっと、明日も明後日も、この時間が続くのだろう。


魔王さえいなければ。


俺は立ち上がって外に出た。

空高く翼を使う。守るべき場所に落ち着いているのは、その場所に住む人だけでいい。俺は此処も守りたい。

だから行こう。




「ブロウス様、ディザ様は?」

新しい紅茶を入れたポットを持って、ファイゲが問いかける。

「…旅立ったよ」

「そうですか」

テーブルの上に、ポットを置いて少し寂しそうに、ファイゲが答えた。


「また来るさ。骨でも折ったら」

「その回復の錬金陣をたくさん持たせたくせに」

「ファイゲだってディザが見てない隙に、カバンにびっくりするほど料理を入れていたじゃないか」

笑いながらブロウスが言う。

グッと言葉に詰まったファイゲは、何も言い返さなかった。




滑空をしながら距離を稼ぐ。

次に向かう先は地図上では、エオルカ王国の西の山の中にあった。ワーシャが印をつけたのは、北西の高い山と山の間。


いくらなんでもそこまで滑空だけでたどりつける訳はないので、大地に降りて、走り出す。

降りた草原の上に幾つかの黒い影が見えた。

魔獣ではなく、ゆっくりと移動している。あれは馬かな?


乗れれば便利なのだろう。

しかし乗った記憶がないという事は、乗れないという事だ。

挑戦してもいいのだが、何せ俺だけの話ではない。馬にも迷惑が掛かる。

悩みながら歩いていると、後ろから馬の駆け足が聞こえた。


振り向くと馬に乗った小鬼が、槍を構えて突っ込んでくる。

横に避けたが、槍先がかすった。

すぐさま引き返してきて、また俺を狙ってくる。馬に当たらないように小鬼を長剣で叩き落した。前足を上げて馬がいななくが、小鬼はそのまま俺に向かってくる。


槍を弾き、長剣で二度斬りつけた。

青い小鬼は煙になって消える。俺が剣をしまうと、離れていた馬が傍に寄って来た。

鼻先をくっつけてくる。怖かったのだろうか。

別に鞍が付いている訳でもなく、小鬼の飼い馬にも見えなかった。


歩き出すとついて来る。

え、なぜ?野生馬に戻るわけでは無いのか?

小鬼に乗れるのなら、俺でもいけるか?

やらないでごたごた言ってるなら、やった方が早い。

頭を撫でていた馬に、跨ってみた。


視線が高い。馬は俺の事を気にしないで軽く走っていく。

当たり前だが、歩くよりもはるかに速い。

草原の真ん中にテントが見える。確か登録するとか聞いたような。


馬がゆっくりと止まる。馬宿屋の入口には宿屋の主人が立っていた。俺の後ろをついて来る馬を見てニコッと笑う。

「おや、お客さん。登録かい?」

「…どうやってやるんだ?」

「ああ、初めてなんだね?じゃあ説明するよ。登録しておけば馬宿協会の力でどこででも馬を呼べるんだよ。登録には少しお金が掛かるけど、鞍と鐙、手綱をプレゼントするよ」

それは採算が取れるのだろうか?

「そのかわり、お客さんにもやってもらわなくちゃいけない事がある」

「なんだ?」

「その子に名前を付けてやってくれないか?一緒に旅する相棒になるんだから」


俺が馬を見上げると、ぶぶっと鼻息で答えてくる。

「なまえ、か」

「考えている間に、登録の手続きをするからね」

顔の先だけ白い灰色の馬。鬣はやや黒い。

それにしても睫毛長いなあ。


模様を型押ししてある、黒い鞍を付けられて機嫌は良さそうだ。

「ブライ」

「ほお、良い名前ですな」

30ジルを払って登録をすまし、俺は再びブライに跨る。

先は長いけど、少し楽しくなって来た。


まだ空を飛ぶことに抵抗があって、地上の方が安心できる。走るなら遥かに馬の方が早い。ブライの首を撫でながら声を掛けた。

「有難うな、来てくれて」

ブライがぶぶっといななく。

その返事が嬉しかった。


ブライが渡れるかと思うぐらい流れのはやい川に差し掛かった。

手綱を引くが二の足を踏む。

俺が降りて、川の深さを確かめる。大体太腿のあたりの深さで、ブライが渡れるかどうか悩む深さだ。

迂回するための橋ははるか先にある。


そう言えば、昔はまともに泳げなかったなと思いだした。

水が怖くて、こうやって水の中に居るのすら嫌だった。

幾らかでも泳げるようになったのは。




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