勇者の定義



何処から来たかと問われて、アーラのいるミロンゴ村の話をした。

「それは何処かな」

ブロウスが眼鏡を掛けて、地図を開いた。丸めてあった地図の端に鳥型の文鎮を置いて、片方を押さえながら指で、村の場所を探す。


「多分、ここらだと思うけど」

「ふん?ここら辺に村は」

ブロウスが触ると地図の色が変わって、うっすらと村が現れる。


「本当に奪還されたんだなあ。地図が変化をするの久しぶりに見たよ」

「封印されている間は地図には無いのか?」

「そうだな、多分。この地図はこの国の所有を示しているはずだから。もっと別の三カ国地図とか世界地図とかになると、表示が違うんだけど。今は俺しかいないから、これしか使えないけどね」

俺が首を傾げると、ファイゲがお茶を持って近づいてきた。


「ブロウス様程度の魔力では、一国がせいぜいなのです」

「…いや、マジでへこむわ」

「鍛錬が足りないと思われます」

「何の鍛錬!?」

ファイゲがそっと自分の胸に手を当て、つられてブロウスも自分の胸に手を当てた。


鍛えるべきはそこなのか。

俺はファイゲが淹れてくれたお茶を飲む。

それから嫌だが聞かなければと思っていた話をする。


「あの、さ。聞きたい事があるんだけど」

「何だよ?あらたまって」

ブロウスがやっと起動してお茶を飲んでいる。さっきのは結構な攻撃力だったらしい。

一回息を吸って、正面からブロウスを見た。


「勇者の定義って何だと思う?」

「勇者?どうしてそんな」

ブロウスが言葉の途中で紅茶を飲み干す。グイッと飲んでからファイゲにお代りを要求した。あっつあつの紅茶が注がれる。

爆煙のような湯気が立っていた。


その湯気を眺めながら、ブロウスが顎に手を当てて考えている。

聖剣の話なら、即答のはずだが。

無言の間、時計が時を刻む音が響く。少しだけ外の風の音が窓枠を揺らしていた。


ファイゲが早足で戸棚を開けに行き、そこから大きな丸いチョコケーキを持ってきた。何人分か分からないが、少なくとも二人で食べる分量には見えない。

それを六等分に切って、大きな三角形のケーキが乗った皿を、俺とブロウスの前に置いた。


フォークを渡されたブロウスが、ひょいとケーキを口に運ぶ。

真面目な顔で、結構な勢いでケーキを食べている。

…考えている時は無限に食べるタイプだろうか?


無くなるとファイゲがお代りを置いた。

出来上がった連携が、いつもの行動なのだとうかがい知れる。

ふと、フォークの動きが止まる。


「勇者とは、勝ち負けではなく戦い続け、皆の最後の希望になる者だ」

ブロウスが俺を真っ直ぐに見て言った。

「それが出来ないのなら、その者は勇者では無い」


問いかける声が震える。

「それが出来ない者の名は、何と呼ばれるのか」

俺の追加の質問を聞いて、ブロウスが紅茶に手を伸ばす。

「それはその人の職業じゃないか?剣士とか魔法使いとか?」

俺が無言でいると、ブロウスが笑った。


「勇者と言われるのは、名誉だろうけど、この世に勇者だけいる訳じゃないし。剣士でも騎士でも、戦い続けて頑張っているのなら、それが凄い事だよ」

ファイゲが肯いて、お替わりのチーズケーキを丸いまま持って来る。

二層になっているチーズケーキをチョコケーキの横に置かれて、お茶も入れ替えられて、さあどうぞ感が凄い。


「勇者でも勇者じゃなくても一緒だと、俺は思うけどなあ」

「ブロウス様が言う通りです。どちらでも頑張る人の方が偉いのです」

「頑張る人が」

ブロウスの口の中に、ケーキがどんどん消えていく。考えている間に無くなるのではなく、ケーキが好きなだけかもしれない。

置かれた二切れで精一杯の俺とは違うらしい。


「拘りがあるのか?」

ブロウスに聞かれた。

「拘りというか、そうであれ、と」


視界がぐらりと歪む。ああこれは、俺の記憶が。





この国の王様が城の高いバルコニーから、俺を見降ろしている。

中庭と思われる場所に、王様の招集だと言われて連れて来られた。村で護衛の民兵をやっていた俺には青天の霹靂というか。


「お前が、勇者かどうか確かめる、その剣を抜いて見せよ」

石に刺さっている剣を前に、俺は腕を組んで隣に立っている青年を見る。

光輝の勇者。

金髪碧眼の美しい青年。勇者が見つかったと、このあいだ国を挙げて王都でパレードが行われたと聞いている。


魔王が現れると、国お抱えの占い師が予言をしたと言われ、その予言を頼りに勇者を探したと聞いていた。それが見つかったと言われていたはずで。

光輝の勇者ロウチ。聖女マイナ。勇者パーティの剣聖ケーファー。斥候のラッテ。


それだけ揃っているのに、なぜ俺に剣を抜けと。

それに、光輝の勇者の腰には聖剣が下がっているような。


俺はもう一度バルコニーに立っている王様を見る。

その眼は有無を言わさずに、やれと命令している。


仕方なく石に刺さっている剣の柄に手を掛ける。

抜けなくて怒られても仕方ない。大体、勇者というのはもっと適切な人が。

ゆっくりと持ち上げた剣が、石から抜けた。


「…新たな勇者よ、お前を歓迎しよう」

抜けた剣を見ている俺に、上からそう声が掛かった。

もう一度見上げると、王様が少し笑っていた。


隣にいる光輝の勇者が軽く俺の足を蹴った。

顔を見ると苦々しい表情で、俺を見ている。

「僕一人が勇者でよかったはずなのだけど。お前も勇者とか信じられない」

そう言ってマントを翻して、城の中に入っていった。


剣を持ったまま立っている俺に、薄水色のシスターの服を着た女性が近づいて来る。俺の傍まで来ると、頭を下げられた。

「お名前はディザイア様でよろしいでしょうか?」

「え、はい」

「私は聖女マイナ。今日からディザイア様にもお城に住まわれるようにとエオルカ王から言われております。ご案内しますわ」

ニコリと微笑まれて、うっかり見惚れていた俺は、頭を振ってから後を付いて行った。


自室に行きがてら、今回のいきさつを聖女から聞いた。

二人目の勇者がいると予言が降りて、それが俺だという話になって。

それで聖剣が新たに生えて来て。

「…生えてきた?」

「そうなのですよ。ある日中庭の、光の聖剣の刺さっていた石の横に」

「よく、それを聖剣と認定しましたね?」

どう考えても、何かの魔術のような。


聖女が困ったように微笑む。

「私の所にも天恵がありましたので。新たな勇者を選んだと」

「そ、れは」

占い師と聖女が二人して言うなら、国は真実と思うだろう。


「ですから、ディザイア様。あなたは勇者なのですよ」

「…実感がわきません」

昨日まではただの民兵だったのに。


「じきに、聖剣が身体に馴染み魔法や何かも開花するでしょう」

「…もともと魔法は使えますが、それは黒の魔法で、ロウチ様のような光の魔法は使えないと思うのですが」

「あら、魔法は発現されているのですね。それならば聖剣も馴染みやすいでしょう。光魔法は出来なくても大丈夫です」

ニコリと笑われた。


「それぐらい、ロウチ様にやって頂かなくては」

言葉に棘があった気がしたが、気のせいか?


聖女は部屋に行くまでに、食堂や訓練所、図書館なども教えてくれた。

「それではディザイア様。お休みなさいませ」

部屋の前で分かれて、聖女は去っていった。

話しやすい、知的な美女だなと、俺はそう思って。





「おい、ディザイア!?」

肩を揺すられている。気が付くとブロウスが青い顔で俺の肩を掴んでいた。目の焦点が合うとほっと溜め息を吐かれる。

「ディザの身体が消える様な気がしたぞ」

「色が薄くなっていました。何か心当たりは?」

真剣な二人の言葉に、記憶を思い出していたと答えるしか出来なかった。


ブロウスが悩みながら、椅子に座る。

ファイゲが新しいケーキを持って来る。

果物が乗ったやはり丸いケーキがテーブルの上に置かれた。

「ディザのそれは、記憶が戻っているのかな?」


首を傾げたブロウスに、どう返せばいいのか、俺は分からなかった。


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