呪いの迷宮/ミロンゴ村
真っ暗な階段を降りた俺の眼の前に、扉が立ちふさがった。
その隙間から光が漏れていて、不思議に思いながらもその扉を開ける。
青い光が照らす部屋の中に入った。
そこはとても呪われているとは思えない、綺麗な場所だった。
壁は何かの古代の絵文字で飾られていて、天井は高く、灯りは何かの宝石の様な形をしていて幾つも飾られていた。
どう見てもどこかの神殿の様な光景だ。
滑らかな床の上を俺の歩く靴音が響いている。
大きな部屋の真ん中に、書見台のような物が立っていて、何かをはめる様な穴が開いている。四角い穴は全部で九個。
部屋の中をくまなく調べたが、四角い何かは見当たらない。この部屋は他に何もなく、次の部屋に行くための扉があるだけだったので、開けて次の部屋へ入った。
入った途端に、剣先が目の前を通った。右に避けて剣を構える。
首が無い空の鎧が、剣を構えて立っている。
前に見たものより小型で、普通の人間の大きさだ。
青く光る長剣で切りかかってくる。
親指を意識して魔法を放つ。雷が鎧に当たって動きが止まった。
その隙に剣で切りかかる。
新しい剣は攻撃力が高いのか、数回切るとガランと倒れた。
そのままかと思ったのに鎧は掻き消えて、後に一枚の四角い板が残った。何かの模様が描いてある。
ああ、なるほど。
それをカバンに入れた時、次の鎧が走り込んできた。
上から降りてきた刃を、自分の剣で跳ね返す。
後ろに飛び退いて、足元を狙う。
走って近寄る俺を、右に避けて背中を狙われた。
屈んで振り返り、下から打たれた剣を弾き返した。走って床すれすれに剣を振る。それから中指を意識して魔法を使った。
鎧の足が凍り付く。動かない鎧を上段から勢いを付けて切り下げた。
倒れた鎧から二枚目の板を手に入れる。
入って来た扉の相向かいに別の扉があったのでそこを開けて、次の部屋に入る。
そこに鎧はいなかった。
その代り、天秤が乗っている机が置いてあった。近寄って観察する。
天秤は二つ。その周りにかなりの数のガラスでできた重りが置いてあった。
試しに一つの天秤の皿が均等になるように、重りを置いてみる。何も起こらないのでもう一つの天秤も均等に重りを置く。
右の方から、小さな音がした。
音の方を見ると、扉があって少し空いていた。
…開かないのを確かめないで、開けてしまったな。
扉の中に入ると、いきなり角で腹を突かれた。とっさに避けたが脇腹を抉られる。
走って離れた仔馬のような魔物がまた走って来る。
頭を低くして、角を突き出してくる。
そう何度も食らう訳にはいかない。中指を意識して魔法を放つ。氷の壁が目の前に出来て魔物の角が壁にめり込む。
後ろに下がれないのか、動けない魔物を後ろから倒す。
足元に落ちた板を拾って溜め息が出る。
結構面倒だな、これ。
その後、軟体動物のような魔物と鎧がいっぺんに出て来た。何とか倒したが、これで五枚。次の扉が見当たらないので、天秤の部屋に戻る。戻っても別に新しい仕掛けもなく。
考えてから、天秤を左右別の傾きにしてみた。
何もなかった壁がゆっくりと光り、扉が出現する。
扉を少し開けて、部屋を覗く。魔物はいないようだ。開けて入ると、背後でパタンと扉の閉まる音がした。
急に床が傾いた。立っていられなくて、とっさに床に手を着く。
傾いた床の先は暗い穴が待ち受けている。だんだんと傾きが酷くなった。
人差し指を意識して魔法を打つ。自分の身体の下から風が吹いた。ブワッと空中に浮きあがったので翼を出す。
浮いた状態で下を見ると床板は完全に縦になり、床全体が大きな穴になっていた。俺は近くの壁にある小さなでっぱりに足を付ける。
待っていると床板がゆっくりと戻り、また平らになった。
しかし降りるほどの勇気はない。
辺りをよく見ると上の方に扉がある。
あんな場所に行ける人物がいると思って設置してあるのだろうか、ただの意地悪では。
翼で再び浮き上がり扉に手を掛けた。
手ごたえ無く開く扉の中に入る。目線の先に鎧が四人待ち構えていた。
雷と氷で足止めしながら一体ずつ倒していく。
息は切れたが、やっと板が揃った。最初の部屋へ戻って九枚嵌めてみるが、描かれている模様が揃っていないように見える。この形だと駄目か?
悩んだ末に、思ったよりいびつな形の絵柄が出来た。ガタンと書見台が床に沈んで床が平らになった。
明るかった部屋の中が薄暗くなる。
おいおいマジか。
薄暗くなったその広い部屋に、先ほど合わせた板に描かれた歪な魔物が現れた。
シューと黒い息を吐いている。
肌からは黒い液体が滴っていて、落ちた先の床がジュッと音を立てて漕げたようだ。
これがここのボスか。
俺は剣を構える。魔法は親指を意識する。
雷が落ちて魔物に直撃した。痛みで酷い声をあげながら、そいつが俺に太い触手を伸ばしてきた。避けようとしたが足を掴まれて奴の顔の前まで持ち上げられる。
何処にあったのか、涎まみれの口が開き、掴まれている足を齧られた。
血が飛ぶが、そこに固定されるならちょうどいい。振り子のように揺れて薄く開いている眼に剣を差し込んだ。
叫び声をあげた魔物の歯にまだ刺さっていて抜け出せないので、もう一つの眼にも続けて剣を差し込んだ。
完全に俺を吐き出して、触手で自分の目を押さえている。
中指を意識して、魔物を氷で覆う。身動きが取れなくなった魔物が口から真っ黒な霧を吐き出した。
薬指を意識して、炎で焼き払う。霧は炎に捲かれて濃度が薄くなる。
その代り焦げ臭さと、崩れていくおぞましいブチュッとかグチャッとかの音がひっきりなしに聞こえた。
魔物が瀕死になった頃に、この部屋自体が揺れた。
埋まるかと思って身構えた時、部屋がゆっくりと解けるように分解していく。魔物の色が薄くなり、部屋全体に満たされていた青い光が、上へ昇っていく。
俺は強い光に目を開けていられず、目を細める。
部屋は壊れながら四方へ飛んで行き、青い光は村全体に行き渡り、そして唐突に消えた。
俺は村の石像の足元に座っていた。何とか立ち上がると村を眺める。
村人は誰も彼もお互いを見て泣き、喜び、座り込み抱き合っていた。
「お兄さん!」
アーラが駆けてきた。
その顔は模様が無くなり、普通の子供らしいふっくらとした肌で。
アーラの父が歩いて来て、俺に頭を下げた。
「有難うございます。あなたのおかげでこの村の呪いがっ解けましたっ」
最後の方は泣き声で、笑っていたアーラも父親につられて半泣きの顔になる。
アーラの父親の声を聞きつけたのか、他の村人まで俺の傍に来て礼を言っていく。
「良いんだ。俺がやりたくてやっただけだし」
「それでもっ」
村人の泣き笑いが嬉しい。
80年の呪いが解けて良かった。本当に。
俺はそこに留まれと言われるのを半ば強引に離れた。
アーラと鍛冶の老人に、傷が治ったら来るからと約束して、急いで村を出た。
あの魔物が噛んだ場所の手当てなどといわれて、呪いがぶり返しても困る。
当てがあると言って適当な話でごまかしたが、実際はそんなものがあるわけでは無い。
足を引き摺りながら、要石で戻る事も考えた。
チラッとトロットに入っている行き先を見てみる。
魔法研究所。
その下に、錬金研究所と名前が出た。
ん?これは俺の登録ではないが?
そう言えばエンハイムが、一度設置してしまえば要石は永続だと言っていたな。もしかして昔の俺が置いたものか?
医薬品だけ分けて貰えないだろうか。
それ以外は、関わらなくていいから。
千切れそうな足の痛みに負けて、俺はそこに飛んだ。
誰がいるのかも知らずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます