お金が大事なのは勇者も同じ
「…急に呼び捨てて良かったろうか」
ワーシャに聞くと、げらげら笑われた。
「お主が我に敬称を付けるとか、むず痒くて仕方ないわ!」
膝をパンパン叩きながら笑うって、そんなに面白かったのか。
「ふ、はは、ディザイア、お主に渡したい物がある」
ワーシャが見ていた地図を手渡してきながら、肩下げカバンも渡してきた。
「今の装備はどうしたのか知らないが、前の装備はどうしたのだ?」
俺が首を傾げると、ワーシャが顎に手を当てて考え始めた。
「…お主、始原の聖堂の近くから来たと言っていたな?」
「そうだな。水から出てそのままの格好だが」
俺を上から下まで見て、ううんと唸った。
「お主が纏っていた防具は貴重な物だったはずだが、何故脱げているのか」
「…分からない」
「そうだろうな。行く先々で装備があればいいが、まあうちの村にも店があるから見ていってくれ」
肯いておいたが、正直な話。お金がない。
防具を買うよりは、弓が欲しいのだが。暫くはそこら辺にいる魔物を狩って、お金を溜めないといけないかもしれない。
角とか爪とかが売れるらしいから。
かばんは貰ったので、生えている薬草とかも売れば金になるだろうか?
悩みながら家を出て行ったディザイアの後姿を見ながら、ルーシェがワーシャに声を掛ける。
「おばあさま、あの」
「うん?どうしたんだ?」
ルーシェがもじもじと言いにくそうに、ワーシャに伝える。
「勇者様は、お金をお持ちでしょうか?」
ワーシャが、自分の孫をじっと見た。
それからあわてたように立ち上がる。
両開きの扉をバンと開けて、外にいるはずのディザイアを探すが、見降ろした村の中には居なかった。
両手を扉に押し当てたままワーシャがルーシェを振り返る。
「も、持ってないと思うか?」
「はい。どう見ても持っていなさそうでした。かばんも持っていませんでしたし」
「…早く言ってくれ、そういう事は」
情けない声でワーシャが呟いた。
貰った地図によると、かなり移動しなければならない様だ。
馬、か?
俺は目を閉じて自分に聞いてみるが、乗馬をしていたという記憶はない気がする。いや、あるのかも知れないが、重要では無い記憶はなかなか出て来ない。
暫くは歩きで移動するしかないだろう。
地図上はこの先に山があって、そして地の裂け目という物があるらしい。
…本当に裂け目があるとして。
どうやって渡るのか、聞けばよかったな。
小鬼を倒しトカゲを倒し。先に進むと色違いの強い小鬼も出て来た。持っている片手剣では傷を負う事もあって、近くの村に数日留まりながら金銭を得る。
もう少し別の方法はないかと思うが、何も思い出さない。
まさか金策をワーシャに聞く訳にもいかなかったし。
俺って昔はどうやって生きていたのだろう。
辺りに落ちている両手剣や槍を使っているせいか、壊れるのも早くて戦うのも苦労する。いや、本当に昔の俺、どうやっていたんだ?
きのこや卵やリンゴを食べれば体力は回復するけれど。
手ひどい傷でも、寝れば楽になるからそこまで気にならないが、瀕死になる相手はまだ挑みたくない。
例えば今、目の前にいる様な、動物の四肢の上に逞しい男の上半身が乗っている魔物とか。
突っ込んでくる姿に、一瞬現実逃避した自分の思考を、急いで現実に引き戻す。
横に飛んで何とか躱して、剣を構える。
大ぶりの片手剣を振り回してまた突っ込んでくる。
後ろに飛び退いて、降りぬいた隙に二撃入れるが、気にせずにまた向かってくる。また突っ込んでくるのかと思ったら、その場で咆哮をあげた。
辺りに風が巻き起こり、どういう原理なのか雷まで落ちてくる。
魔法が備わっている種族なのかもしれない。
後ろにかなり下がって避けると、今度は弓を放ってきた。
近距離武器しかない現状、近づくしかない。
走って距離を詰める。剣を振られたら横に飛び、二撃入れてまた避ける。
剣を振るって傷つけるよりも、どうやって避けるかが大事だと、全てが終わってから思った。
息が切れている。
自分の息が世話しなくて嫌になる。
その魔物も、煙を上げて消えてしまう。あとには魔物が使っていた剣と盾、その他に幾つかの道具が落ちていた。
あと、これはなんだろう。
光る石の欠片。…宝石かな?そんな気がする。
なるほど。強い魔物と戦った方が、報酬が良いようだな。
これは強敵を探して、狩りまくるしかないか。
地の裂け目にゆっくりと近づきながら、村を渡っていく。
強敵はそんなに数がいないようで逆に挑むのが厳しかった。そこそこ強い敵も狩りつくしてしまうと、いなくなってしまって。
これは困ったなんて思っていた夜に。
テントの馬宿屋に寄っていた俺は、空から星も月も消えている事に気付いた。
宿屋の柵の外側は、何かの瘴気が立ち昇っていて、旅人の誰も柵の外へは出ない。
俺が空を見ているのを不思議に思ったのか、宿屋の主人が話しかけてきた。
「“呪い満ちる夜”の空は風情が無いよなあ」
「…これが?」
「おや、お客さん、ちゃんと見るのは初めてかい?」
「ああ」
俺が肯くと驚いた顔をしたが、宿屋の主人は丁寧に教えてくれた。
「これは“呪い満ちる夜”という物で、今まで倒された魔物たちが再び呪われて湧き上がってくるんだよ。お客さんが倒した魔物もこの夜に湧いてくる」
「いなくなる事はないのか?」
「この夜が来るたびに湧くから、増えても減ることはないだろうねえ」
俺は瘴気が上がっている大地を見た。
本当にこの世界は、魔王を倒さなければ終わってしまうのだろう。
繰り返し訪れるこの夜のせいで、呪われた支配が続くのか。
俺はまた空を見る。
何もない真っ暗な空が、世界に蓋をするように存在していた。
更に歩くこと数日、地の裂け目に辿り着いた。
その光景に圧倒される。
本当に大地が裂けて、底なしの谷間が見える端から端まで続いていた。
完全な分断に見える。
その先に、また草地があり遠目に塔の様なものが見えるから、人は住んでいるのだろうが、行き来の方法が分からない。
まさか、ここを降りる訳にもいかないだろうし。
裂け目ギリギリに立って覗き込んでいる俺の後ろから、大きな声が聞こえた。
「お、お兄さん!早まっちゃ駄目だよ!」
声とともに腕を掴まれた。
驚いて足が滑りそうになり腕を掴んだ人物と一緒に倒れ込む。
崖側じゃない方に倒れられたのは良かったが。
俺がその人物を見ると、肩をガシッと掴まれた。
「人生は一回限りなんだから、こんな所であきらめちゃ駄目だよ!」
「え?」
俺の顔を見て、その少女はハッとした。
「あの、私もしかして、すごく勘違いしましたか?」
「…崖は確かに見ていたが、降りて渡れるか考えていただけで」
「ひゃあーごめんなさいっ!」
俺から離れておろおろと謝りだした。
人を助けようとしたことは、別に良い事だと思うのだが。
「助けようとしてくれたのは分かったから、謝らないでくれ」
「え、でも、その」
「気にしなくていい。それよりも君は怪我をしなかったか?」
「あ、はい。だいじょぶです」
俺が立ち上がると一緒に立ちあがって、少女はスカートをぱっと手で払う。
砂埃が払われて、パッと風に散る。
しみじみと俺の顔を見てから、少女が俺に聞いて来た。
「この地の裂け目を越えたいんですか?」
「ああ。方法が思いつかなくて困っている」
「それなら簡単ですよ」
ニコッと笑われた。
「うちの気球に乗れば越えられます」
「気球とは」
すっと指を刺された。その先に何か不思議な形をした籠がある。
手招きする少女の後を付いて歩いて行くと、夫婦らしい男女がその籠についている布を何やら整えていた。
「お父さん、お客さん!」
「おお。向こうへ行きますか?」
「…ああ」
空を見れば、同じような籠が風船の様なものにぶら下がって飛んでいた。
あの布が膨らんで浮くのか。
籠の中に火を焚いて布を膨らまし始める。
「片道20ジルだよ」
父親らしき男がそう言った。まあ、それぐらいならあるが。
少女を見て、仕方ないと渡す。
強引な気がしたが、あの事故があったのだから納得しよう。
ふわっと浮いた気球はあっさりと、悩んでいた俺ごと地の裂け目を越えていった。
礼を言ってさらに先へと歩いていく。
しばらく歩いた道沿いに看板が立っていた。
左の道がハジ村、右がハジ海岸。
見上げると、左の奥に塔が立っている。塔のてっぺんに何やら不思議な円筒が付いているから、多分あそこが研究所だろう。
ハジという村はのんびりしていて、子供も多かった。
走り回る子供を避けながら、村を抜けて塔がある山の上を目指して歩いていく。
魔物が出ないのは安心と言うか、気が抜ける。
ここには壊れたり崩れたりしている場所が無い。
地の裂け目のおかげで、戦場にならなかったのだろう。
俺は何やら不思議な印が付いている高い塔に辿り着いて、ほっと息を吐いた。
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