3‐5 再会、そして
§
アマルが聖樹の根の下に閉じ込められて、数時間が経過した頃。
(できた……!)
聖樹の根を彫り上げ、新たな竜笛が、今まさに完成した。
親指くらいの小ささで、中は空洞。当然ながら本来の竜笛に比べれば心もとない出来だ。しかし、竜巫女が吹けば竜笛は機能するはずだ。
(まだ吹かない。シファが来て扉を開けてくれるまで待つ)
アマルはすとんとその場に座り、仰向けに寝転んだ。
そして天井を見上げる。高く高く、薄暗い。まるで血管のように天井から地上へと根が降りてきていた。
この大陸に生まれた人間は、すべからく、大陸そのものが聖樹の根の上にあると教わる。
すべての生き物が聖樹によって生かされていると学ぶ。
たしかに干ばつや眠り病は、聖樹によって引き起こされた現象だった。何もかもが聖樹と切って切り離せないのだ。
(……恐ろしいくらいに静かだ)
アマルは、皇子の歪んだ表情を思い出す。この空間を気味が悪いと言っていた。
(だけど、こわくはない、よな)
どれだけの時間、根を見つめていただろうか。
ぎぃ、という音がして扉が開いた。
アマルが入口へ顔を向けると、アマルの姿をしたシファと、護衛らしき鎧の騎士が並んで立っていた。兜をすっぽりと被っていて、顔は見えないが、背の高い男性のようだ。
「お待たせしました」
アマルは呼吸を整えてから、勢いをつけて跳ねるように立ち上がった。
(……ごめんでも、ありがとうでも、ないよな)
言葉に迷う。
しかしアマルは、そのどちらも選ぶのをやめた。
「演技は上手でも、嘘は苦手だよな」
「そうでしょうか? お姉さまだけに分かるようにやりましたのよ」
シファがはにかんだ。そして、檻を上げてくれる。
ふたりの間に何もなくなったところで、ようやくアマルは胸を撫でおろすことができた。
「わたくしたちは一蓮托生です。聖竜、聖樹をないがしろにするような輩をこのままのさばらせておく訳にはいきません」
「あぁ、そうだな」
アマルは、鈍く光る銀色に身を包んでいる人間へ視線を向ける。
「その人は? 味方で合ってるよな?」
すると、鎧の騎士が、両手で甲冑を取り外す。
さらけ出された金の髪がさらりと揺れる。見慣れた顔。アマルが誰よりも会いたかった人物――セオドアだった。
「セ……テディ……!」
「助けに来ました」
「それは、こっちの、台詞だっ!」
アマルは反射的に声を荒げていた。瞳が潤む。ずず、と鼻をすすった。
「私が負けると思いますか?」
「……なんだよ、それ」
ゆっくりアマルへとセオドアが近づいてくる。
アマルは、セオドアを見上げた。そして、アマルもまた、くしゃりと表情を崩す。
「それも、そうだな」
こほん。ふたりの会話を中断させるように咳払いをしたのは、シファだった。
アマルとセオドアが視線を向けると、シファは冷めた目つきで両腕を組んでいた。
「わたくしのことを忘れないでくださいます?」
慌てるようにしてアマルはセオドアから離れた。
「ご、ごめん」
「竜笛はできたのでしょう? 早く吹いてくださいませんか。ヘイルを解放してさしあげてください」
「あぁ、そうだな」
アマルはできあがったばかりの竜笛に口をつけた。
ピーッ!
ほんの少し頼りない音が響き渡る。しかし、確かにそれは竜巫女が聖竜を呼びよせるための音だ。
ぐらっ……
「うわっ!?」
「きゃっ」
地面が大きく傾いた。異変が起きたのかは明らかだった。
よろめいたアマルを咄嗟にセオドアが受け止める。
恐らく、聖竜が解放されたのだ。この宮殿のどこかから。その共通認識に三人は顔を見合わせて頷いた。
「さて、わたくしは
シファが身を翻すと、ふわりと服の裾が膨らむ。
「いや、ゆっくりはしないけど。いってらっしゃい、シファ」
シファは背中を向けたまま手を振って返し、去って行った。
ぽつりと小さな声でセオドアが尋ねる。
「……ヘイル、とは?」
「聖竜の真名だよ。呼ぶことを許されているのは、シファだけなんだ」
(本当はあたしにも許されているけれど)
もう聖竜の真名を呼ぶことはできない、とアマルは思う。
竜巫女というのは、かつて聖竜が叶えられなかった想い人の生まれ変わりらしい。
しかしアマルとシファは双子で生まれてしまったばかりに、巫女の役目と魂が分かれてしまったのだ。
アマルは竜巫女として。
そして、シファは――
アマルは首を左右に振った。
「いつか説明するよ。ところでそろそろ離してくれないか?」
「嫌です」
「はぁ?!」
アマルの大声を遮るように、セオドアは両腕をしっかりとアマルの背へ回した。
とはいえきつくは抱きしめない。
セオドアは甲冑をまとっている。アマルを窒息させないように気を遣ってはくれているようだった。
「あなたを見送った後に色々とありまして、考えを改めました。どうやら私は自分で思うよりも嫉妬深い人間だったようです。しかし嫉妬というのは精神衛生上、非常によくありません。それを回避するのに最善な方法は、アマル」
「う、うん」
「あなたを閉じ込めておくことかもしれません。しかし、それではあの皇子と同じになってしまいます。それだけは、絶対に、避けなければなりません」
(少し会わないだけで、なんだか、性格が変わってないか!?)
アマルが引いていないといえば、嘘になる。
とはいえセオドアが心配してくれているのは、嬉しくもあった。
「そうだな。閉じ込められても困る。でも」
アマルはセオドアを見上げた。
「あたしはお前のところに帰るから」
すると、何故だかセオドアの方が固まってしまった。
「……テディ?」
「まったく。本当に、あなたには敵いません」
ようやくセオドアはアマルから体を離してくれる。
「早くここから出よう」
「そうですね。舞台は整いました。あとは役者が揃うのを待つのみです」
セオドアは聖剣を布で巻いて隠していた。布を外して、改めて腰に佩く。
ふたりは聖樹の根の下から脱出する。先を行くセオドアの背中を見つめながらアマルは考えていた。
(この件が落ち着いたら、シファともちゃんと話をしよう)
すれ違っていた三年間のこと。聖竜とのこと。これからのこと。
ようやく巡ってきた機会を逃したくはなかった。
……やがて、進路の先がほのかに明るくなってくる。
閉じ込められる前と同じ、宮殿の廊下に戻ってきたのだ。とはいえ窓の外はすっかり暗くなっていた。
細々と廊下を照らす明かりはすずらんの形をしている。
「アマル」
先導していたセオドアが、廊下に出たところで振り向いた。
「あなたはどうしたいですか?」
セオドアは、蒼く美しい双眸で、アマルへ問いかけた。
「これから宮殿内で叛乱が起きます」
アマルは目を見開いた。この数日でそこまで話が進んでいるとはよもや思わなかったのだ。
「この数日間。独自に動いた結果、宮殿内のかなりの人間が皇族に対して不満を持っていることが判りました。あなたが望めば、竜巫女を叛乱の象徴として人々が蜂起することは確実です」
アマルはセオドアから視線を逸らして地面を見つめる。
(正直なところ、そこまでは考えていなかった。皇子や女帝と、ちゃんと話をしたいとは思っていたけれど……)
しかし共にいるのは聖剣の騎士であり、クラド王国の王子だ。
(叛乱どころじゃない。選択ひとつで、戦争が起きてしまう)
それでも。
それでも?
このまま何事もなかったことにはできない。
シファとの関係がこじれたときのように、諦めたくはない。
何よりも竜笛を奪うなんて行為を見過ごすわけにはいかない。
アマルは顔を上げた。
じっと回答を待つセオドアに対して、真剣なまなざしを返す。
「皇子の部屋へ行く。ついてきてくれるか」
「当然です。あんな男と二人きりにするなんて絶対にできません」
その言い方に珍しく棘を感じたので、アマルは緊張していたというのに思わず吹き出してしまう。
「笑い事ではありません。一度ならず二度もひどい目に遭わされているのですよ。もっと警戒心をもってください」
「えっ。あっ、ごめん」
勢いよくセオドアにまくしたてられて、アマルはたじろいだ。
(一回目が追放されたときで、二回目が塔での出来事。三回目もあったと言ったら、あたしより先にテディの方が皇子へ攻撃しそうだな)
「……アマル? 聞いていますか?」
「聞いてる、とも。意外だよ。テディってそんな心配性だったんだな」
「あなたにだけ、ですよ」
(うっ!?)
覚悟を問われたときとは違う見つめられ方をして、アマルは顔を背けた。
そのまま視線だけをセオドアへ返す。
穏やかな表情で、セオドアはアマルへ視線を向けていた。
「皇子の部屋へ向かいましょう。私が先に行きます。案内はお願いします」
「おぅ!」
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