2-3 婚約者として
§
竜巫女と聖剣の騎士の婚約発表。突然の報せは、一気にクラド王国に知れ渡った。
一方で、セオドアは仕事が立て込んでしまったらしい。婚約したばかりだというのに、アマルは三日ほどセオドアと顔を合わせる機会がなかった。
その間、アマルは第五騎士団の鍛錬場に出入りしていた。ある意味普段通りとも言える。
ようやくセオドアから呼び出された婚約四日目。
団長の執務室へアマルが足を踏み入れると、どことなくセオドアの表情はやつれて見えた。
「久しぶり」
(お疲れみたいだな)
アマルはじっとセオドアを見つめた。距離があれば視線を逸らさずに過ごせるのである。
多少やつれていても、セオドアの麗しさは衰えていないので、適度な距離がちょうどよかった。
「こちらこそ連絡ができずすみませんでした。今日は伝えたいことが二点あります。貴女を正式に我が国の客人として迎え入れるための諸々の手続きが完了しました」
「まさか、あたしのせいで忙しかったってことか……?」
「せいで、というのは語弊がありますね。外交の一環です。皇国サニアも最初は渋っていましたが、聖竜の力添えのおかげで、どうにか我々の婚約を認めたようです」
セオドアが淡々と答える。
とはいえ暇を持て余して鍛錬に励んでいたアマルとしては、流石に罪悪感があった。
「そして、皇国サニアから我々に対する招待状が届きました。日取りは少し先。竜巫女と聖剣の騎士の婚約を心から歓迎すると書かれてはいますが、決して楽しい話にはならないでしょうね」
「うわぁ……」
皇国サニアからの書面を机越しに受け取り、アマルはげんなりと声を出した。
「女帝さま直筆とあれば、行かない訳にはいかないよなぁ」
皇国サニアを統治する一族の長は、現在、女帝イーヴァという。
先帝の妻であり、先帝が難病で崩御した後、長きにわたり統治を続けている女性だ。アマルは数回しか会ったことがないが、絶大な権力者だということはよく知っている。
(馬鹿皇子には会いたくないけれど、しかたない)
アマルは、後半の感情は飲み込んでしまっておくことにした。
皇子は聖樹の開花騒動の際、アマルを偽者だと決めつけて迫害した張本人なのだ。当然、セオドアも調査結果で知っている筈の事項でもある。
セオドアの視線に気づいてアマルは書面から顔を上げた。不意に視線がぶつかる。
「……早速政治の道具となっていますが、大丈夫ですか?」
「分かって婚約を受けたんだから、問題ないよ。そんな顔しないでくれ、セオドア」
アマルはわざとらしく肩をすくめてみせた。
(ちょっとずつ分かってきた。セオドアに表情がない訳じゃない。あまり顔に出さないようにしているけれど、眉がちょっと動いたりとか口元が緩んだりとか、よーく見ていればちゃんと感情がある。それに、……優しい)
「それから、もう一点。こちらはいい話です。エドの妻、シーラス公爵夫人の調子がよくなってきたということで、あなたと私を茶会に誘いたいとのことです」
「! それは喜んで行くよ!!」
エドワードの妻、シンシア。眠り病に罹患していたうちの一人だ。
アマルも一度だけ面会したことがあるが、そのときは眠り病で瞼を閉じていた。アマルもシンシアに会いたいと願っていたので、セオドアからの報せは朗報だった。
「夫人も、毎日あなたに会いたいとエドへ訴えていたようです。この件は可及的速やかに実施したいので、早速、明日の昼に設定してよろしいでしょうか」
「もちろん!」
§
そして予定通り、ふたりはエドワード宅へと招かれた。
空は曇天。アマルもクラド王国の薄曇りに慣れてきた。晴れている日の方が珍しいのである。
今日アマルが慣れないことを挙げるなら、別の点だ。
「アマル? どうしましたか?」
「べ、別人みたいだなって!」
ずばりセオドアの恰好である。
騎士団の制服ではなく、貴族然とした衣装。眼鏡はかけず、前髪は後ろに撫でつけている。そして派手ではないものの煌びやかな装い。
滲み出るのは、隠しきれない気品だろうか。
「おかしいでしょうか」
セオドアが自らの服へ視線を落とすので、アマルは慌てて両手を振った。
「いや。これもすごくかっこいいよ」
「……ありがとうございます」
アマルはアマルで竜巫女の装いをしてきた。こちらは正装とはいえ、普段着も普段着だ。
ふたりが公爵家の屋敷の前まで歩いて行くと、待ちかまえていたかのように屋敷の扉が開いてエドワードが現れた。
「よく来たな!」
エドワードも休日だからかセオドアと同じような貴族然とした服装をしていた。セオドアの青に対してこちらは赤。派手でも似合うのがエドワードらしい。そして、騎士団にいるときよりもさらに表情が明るい。
「テディも激務お疲れさま。ようやく休みなんだろう」
「えっ」
驚いたのはアマルだった。弾かれたように見上げると、セオドアは若干表情をこわばらせた。
「貴重な休日をあたしに付き合ってよかったのか?」
「当然です」
セオドアは即答してから、一呼吸置いた。
「あなたは私の婚約者ですから」
「そ、そうか」
セオドアからの謎の圧力を感じアマルが引いたところに、エドワードが補足する。
「アマル様。覚えておいてほしいんですが、こいつは休みでもどうせ仕事したり鍛錬してるんだから、強制的に息抜きをさせないとだめですよ」
「エド」
「本当のことだろう? さぁ中に入ってくれ。我が妻がアマル様のことを、今か今かと待ち構えているんだ」
セオドアの抗議を、エドワードはまったく意に介さない。それどころかアマルとセオドアを急かしてくる。
開かれた玄関には、美しい金髪の女性が立っていた。ペールグリーンのドレスがとても似合っている。そのスカートを軽くつまむと優雅に挨拶した。
「ようこそいらっしゃいませ、殿下。そして、竜巫女様。お目にかかれて嬉しいです。シンシア・シーラスと申します」
「ご無沙汰しております、夫人。本日はお招きいただき光栄です」
「はじめまして! 様付けはやめてくれ。会いたかった、シンシア。シンシアと呼んでいい?」
するとシンシアが表情を綻ばせた。ふんわりと微笑む様からは穏やかな人柄が滲み出ている。
「えぇ。勿論でございます。わたくしも、アマルに会いたいとずっと言っていたのですが、なかなか夫が許可を出してくれなくて」
「体調が万全でない内に会わせて、また倒れてもいけないだろ」
エドワードがシンシアに近づき、シンシアの腰に手を回した。拗ねる訳でもなくシンシアがエドワードを見つめる。自然な流れが、実に仲睦まじい。
「もぅ。そこまで病弱ではありませんわ」
それから、シンシアは改めてアマルとセオドアへ向き直る。
「ささやかですが楽しんでいただけたら幸いです。
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