中堅婦警 幸田詩琳

夏々湖

中堅婦警 幸田詩琳

『以下のもの、航空自衛隊 防府北基地への出向を命ずる  幸田詩琳こうだしおり巡査』

 ちょっと待った! あたしゃ婦人警官なのっ!


 幸田詩琳しおり、二十七歳。

 憧れの婦人警官になるために、高校卒業と同時に県警へと入ったはずが、あれよあれよとあちらこちらに飛ばされて、気がついたら公安警察に配属になっている……何故?

 公安警察と言うと、白いFD3Sサバンナに乗ってブンブン走り回る連邦のニュータイプ……え? 違うの?  


 あんな派手な車で尾行とか出来るヤツはあんまりいない。

 公安はとても地味だ。特に実働部隊は本当に地味だ。

 一般警察官が尾行したりするのは、事件捜査のためである。疑いがはれればすぐに尾行を止めるし、犯人検挙でもそこまでで止める。

 公安はそうはいかない。

 下手すると相手の一生を追いかけるのだ。影のように付き纏い、しかし決して悟られない。存在することすら気づかれず、路端の雑草の如く潜む……


「って、なんで空自なんですか⁉︎ わたし、婦人警官ですよっ?」

「今までだって散々自衛隊で訓練してきたでしょ? 似たようなもん!」

「ま、まぁ今までも空自のC-130Hハーキュリーズから突き落とされたりしてましたから、馴染みがないわけじゃないんですけど……」


 こうして、詩琳は辞令一本で霞ヶ関から山口県まで飛ばされた。


「でも、空自で何させられるのかしら」

 とか思っていたら、やたら若い子たちに囲まれて……これはまたイヤーな予感がします。


 航空学生。航空自衛隊が飛行士として採用した若者たちに混ざって二十七歳の婦人警官が立っている。

 いや、おかしいだろ……と思いつつも『いつも通りかも』とも思ってしまうあたり、詩琳も随分狂ってきている気がする。


「ちなみにこちらの幸田さんは、警察庁からの出向なので、皆とは少し違う課程となる。共に切磋琢磨して、良い操縦士になってくれることを願っている。以上!」

 さん付けで紹介された。

 そういえば、陸自で訓練してた時はだいたいちゃん付けだったなぁ? なんて記憶を反芻しているうちに着任も終わり、気がつくと座学座学ランニング、座学座学ランニング。

「航空自衛隊のランニングは、平らで良いですねぇ……」

 とか言ったら、めっちゃ白い目で見られた。


 訓練中、同じ防府北にある陸上自衛隊防府分屯地の隊員とすれ違った。

「あれ? 詩琳ちゃん? なんで防府にいんの?」

「あ、お久しぶりですー」

「最近は飛んでないの?」

「全然飛んでないですねぇ。あ、潜入任務で北の国に一回飛び降りましたけど」

 習志野の第一空挺団で研修をしていたときに、散々お世話になったヘリコプターパイロットさんだった。

「お前らこのお姉さんな、めっちゃすごい人だから覚悟しとけよ?」

 なんか、航空学生さんたち脅してません? 大丈夫ですか? わたし警察官ですからね。脅迫とか見逃しませんよ?


「空挺徽章にレンジャー徽章、あと特戦群の課程もクリアしてるからな。そこらの隊員が束になってかかっていっても勝てないぞ」

「そんなことないです、わたしは婦警なんですってば!」

 陸自の人相手には、もう何度言ったかわからないセリフ。酷い人になると『詩琳ちゃんの決め台詞だもんな』とかも言われる。

 いやいやいや、婦人警官だし! ちゃんと所属は警察庁なんですからっ!


 最初に受けたのは県警だったはずなんだけどなぁ……おかしいなぁ。


 詩琳は今までの訓練で、航空学生が学ぶべき課程の七割がたは学んでいた。

 なので一人、別課程で基礎操縦を叩き込まれていく。


 しかし、落下傘訓練の時は引っ張り出された。行き先は……また習志野かよっ!

 もう、何度飛んだかわからない降下訓練塔。高さ八十メートルのこの塔から突き落とされたのを、つい昨日のように思い出し……


「あ、詩琳ちゃんおかえり」

 おかえりじゃないよっ! わたしんちはここじゃないから! 警察庁だから!

 とか思っても言えない。

「お久しぶりですー」

 「今からCH-47Jチヌーク上げるけど、一本いっとく?」

 いやそんな、ファイト一発な奴を飲むんじゃないのよっ!


「って、なんでわたし飛んでるんですかっ?」

 ……あ〜れ〜……


 詩琳は酷い目にあったと思っているが、第一空挺団の皆からすると、精一杯のおもてなしである。だって第一空挺団だから! 第一狂ってる団だからっ!


「あら、詩琳、帰ってきてたのね」

 特戦群の一番ヤバい人に捕まった。

 この方に捕まると、体が動かなくなるまで恐ろしい特訓が待っていて……

 ……あ〜れ〜……


 はぁはぁはぁ、無理……銃剣バヨネット一本であの人に立ち向かうとか、無理を通り越して無謀……


 こうして、久々の習志野を満喫して……あれ? なんか違う気がする。

 って言うか、他の航空学生がドン引きしてるような?


「あ、あの、幸田さん……幸田さんはいつもこのような訓練を?」

「いつもじゃないですよぅ。わたしは婦警なんですから。せいぜい習志野に来た時ぐらいですよ。あ、あと、東富士とかでもこんなかしら。あっちだと戦車砲とか飛び交う中オートバイで走らされますし」

 習志野も東富士も、普通の婦人警官には縁のない地域だと思われる。


「ま、まぁ、明日からの訓練、お楽しみにね。訓練塔から蹴り落とされたり、輸送機から蹴り落とされたり、プールに落とされたり海に落とされたり、色々落とされるから!」

 訓練生が青い顔してるが、空挺団ってのはそんなもんだ。気にしてたら飛び降りらんないし!


 翌日、五点接地の訓練から始まる。これはもう、慣れてもらうしかないからバンバンジャンプする。足から脛、腿、腰、背中へと転がるように力を逃がしていく転び方? 慣れてきたら二階の窓から飛び降りるぐらいは日常的に出来るようになるから頑張ってもらおう。


 詩琳さん? 普通の婦警は日常的に二階の窓から飛び降りませんよ?

「だって、こないだ捕まえた外人グループ、集団で二階から逃げ出したんですもん。先回りするには飛び降りるしかなかったんですよぅ」


 翌日も、翌々日も五点接地の訓練が続く。ただ、どんどん飛ぶ場所が高くなる。

 最初はその場で転ぶだけだったのが、今は5ftの高さから飛ばされてる。

 まぁ、慣れてもらいましょう。

 これができたら10ftね!


 五点接地が完璧にできたら、続いて落下傘の点検と正しい装着。これができなきゃ墜落だし。

 空挺団の人間なら自分で畳むところからやるんだが、航空学生は畳まれたものをそのままつけるだけだから、楽チンでしょ? え? 楽だよね?


「あ、なるほど。自分で畳んだわけじゃないから不安なのね!」

 違う、そうじゃない。そんなこと考えるのは狂ってる団脳の持ち主だけだ。

「そんな脳持ってません! 婦人警官にはそんな脳いらないです」


 続いての訓練は、飛び出し訓練! 楽しい楽しい飛び出し〜

 最初の時、本気で蹴り落とされたのも良い思い出? ちなみに、自衛隊員は蹴り落としちゃダメらしいです。員数外の婦警だから蹴られたとか、酷くないです? まぁ、もう慣れちゃったからいいですけど……


 まず見本を見せろと言われ、詩琳が脱出塔の上に立つ。

 高さ十一メートル。航空機の扉を模した建築物から、ハーネスを付けて飛び降りる訓練だ。

 まぁ、度胸試しの一種?


「幸田詩琳! 飛びますっ!」

 氏名を叫び、着地姿勢を取る。両腕を胸の前でクロスさせ、両肩の前へ拳を置く。そして、ぴょん。

 三メートルほど落ちたところでハーネスが伸び切り、あとはガイドケーブルに沿って地面まで降りていくだけだ。危ないことはちょっとしかない。

 ちょっとはあるんだ……


 あ、飛べない学生が……あれ蹴り落としたら、めっちゃ怒られた。詩琳、覚えた!

 でも自分は蹴られた恨み、忘れないから!


 何度も何度も飛んで、恐怖に慣れさせてゆく。

 姿勢良く、綺麗に飛べるようになったら、いよいよ落下傘を付ける。

 とはいっても、まだ飛ばない。今度は地上で落下傘をどう処理するかの訓練である。

 これをきちんと訓練しておかないと、地面を引きずられたり、ハーネスが絡んで負傷したりするのだ。疎かにはできない。

 きちんと風を背中に受け、開いている落下傘を閉じて風の影響を抑え、身体からハーネスを切り離す。そのまま落下傘を最小限まで小さくまとめてから離脱。


 よーしよし、上手上手。皆さん優秀なパイロット候補だけあって、なかなか素晴らしい。

 上から目線の詩琳であった。

 詩琳が初めて落下傘をつけた時なんて、そのまま飛んでくんじゃね? ぐらいの勢いで風に巻かれてた様な……

「あれは教官が扇風機どんどん近づけてくるからですよぅ」

 

 さぁ! いよいよお待ちかね、第一空挺団名物高さ八十メートルの降下塔の出番だ。

 やってることは遊園地の落下傘と変わらない。

 ただ、持ち上げられて落とされるだけ。


 ただ、落ちる時は本当に切り離されて落下するあたりが遊園地と違うところか。


 上げられたところで風が回ったりすると、いつまでもプラーンプラーンとぶら下げられたままになり、なかなか楽しい。

 ん? 楽しいよね? なんか段々と感覚を思い出してきた様な?


 これも最初は……あ〜れ〜……してたでしょ?

 「そうでした……叫ばなくなるまで落とされ続けたんでした……」


 さぁ、次はC-1ですか? C-130Hハーキュリーズですか? あれ?

 航空学生は今回はここまでだそうです。3,000m体験しないのかぁ……


 こうして二週間に及ぶ習志野への里帰りは終わった。皆で防府へ帰る。

「いや、だからわたしは婦警なんですってば。空挺じゃありませんから!」


 防府北基地へ帰ってきたが、習志野以降他の訓練生のみる目が変わった気がする……何故だろう?


 そりゃ変わる。

 空挺団からすれば航空学生はお客さんだ。自分のところの隊員みたいな扱いはできない。狂ってる片鱗ぐらいまでしか見せられないのだ。

 しかし、詩琳は違う。詩琳にとっては、彼らは仲間だ。そして、仲間に生き残る技を伝授! これ、燃えませんか? 詩琳は燃えた。胸に輝く空挺徽章にかけて、狂ってる団の威信にかけて……


         ♦︎


 出向から六ヶ月。一人だけ別課程の詩琳は、今日から遂に操縦桿を握る。

「って、わたしもあっちの飛行機がいいんですけど……」

 指さす先には配備が始まったばかりの新型練習機、T-7が並んでいる。

 詩琳の前には、見た目はよく似てるが長年の潮風でかなりくたびれかけた飛行機が……T-3練習機である。

「あっちは詩琳ちゃんにはまだ早いから」

 とうとうここでも詩琳ちゃんになってしまった。どうしてこうなるのか、詩琳にはさっぱりわからない。

「まだ早いって、みんな最初からあっち使ってますよねっ?」

「あいつらはみんな将来ジェットに乗るから」

 航空自衛隊の飛行機は、ほぼ全てがジェットエンジン……プロペラ機であってもタービンエンジンを使っている。

 ほぼ唯一の例外が、目の前にあるこの……


          ♦︎

 

「き、ききき、教官っ、さかさ、逆さですっ!」

「そりゃ、逆さに飛んでるしなぁ……」

「まっすぐ飛びましょうよ……血が上りますよぅ」

「大丈夫! 上ってる暇ないから」

 教官がスティックを引き寄せ、逆さ急降下に移る。

「いいか、普通に急降下すると速度が上がった分、機首が浮いてきて狙ったところの奥に行っちまう。極力手前に落とせ!」

「落とせって、何をっ⁉︎」

「これからしばらく、海自さんも協力してくれるからな。完璧に仕上げるぞ」

「いや、だから何を仕上げ……あ〜れ〜……」


「あと10ft下げろ。敵艦の舷側より上に出るな! ただ、ここからだとミスったら一秒で海の藻屑だからな!」

「いや、そんな、速い速い低い低い……あ〜れ〜……」

 

 毎日飛んでる気がする。一人だけスケジュールがなんかおかしい……

 そんな気がする日々の中、たまたまお昼が一緒になった航空学生と話をしていて、気がついた。


「え? 護衛艦に向かって低空侵入訓練とかしてないんですか?」

「いや、海面近くは海鳥飛んでて危ないから降りるなって習ったじゃないっすか」

「習いました、習いましたけど……」


「え? 護衛艦に向かって急降下訓練とかしてないんですか?」

「いや、船舶脅したら始末書って習ったじゃないっすか」

「習いました、習いましたけど……」


 何かがおかしい。

 いや、そもそも婦警が操縦桿握ってるあたりがかなりおかしい気もするけど、それにしてもおかしい……


「教官どの! 質問があります!」

 詩琳はある日、教官が食事を終えて食器を片付けているところを急襲した。

「どうした? 詩琳ちゃん」

「護衛艦とはいえ、船舶に肉薄する訓練は如何かと思うのでありますが! 船舶にご迷惑をおかけしてるのでは?」

「あー、『あの』幸田詩琳を鍛えるためって言ったら、二つ返事でオーケーもらったぞ」

「『あの』ってなんですか、『あの』って!」

「他に言いようがないしなぁ」

 教官が食器を分別しながら洗い桶に返却して行く。

「まぁ、あちらさんも低空侵入機への対応訓練してるからおあいこだ、おあいこ。あの瞬間、ガッツリ射撃管制レーダー当てられてるからな。多分被撃墜回数は三十回は超えてるな。こんなとこでも自衛隊記録作ってくとか、流石は『あの』幸田詩琳だ」

 嫌な記録を残してしまった。


         ♦︎


 航空自衛隊で飛行機飛ばして給料貰う訳ではないので、自家用機の操縦者技能証明を取得した。

 結局最後までT-3で訓練を続けたために、レシプロエンジン単発だ。

 ちょっとだけジェットにも憧れたりしたが、あのレシプロの音が割とクセにもなってきた。

 (あの、急降下の時の回転が上がってく感じが、たまんないのよね)

 ダメな育成された気がする……

「って、わたしは婦人警官なんですよぅ!」

 詩琳の叫びが木霊した。


『以下のもの、航空自衛隊 防府北基地への出向の任を解き、陸上自衛隊 北宇都宮駐屯地への出向を命ずる  幸田詩琳こうだしおり巡査』

 おお! 辞令だ

「やった、陸自ならあんまり遠慮しないで過ごせるから気楽ですよねっ」

 あれで遠慮してたのかよ……周りで聞いていた人間が、ああ、これが『あの』幸田詩琳なんだ……と納得する。

 そりゃ、自衛隊中で有名になる訳だわ。


「宇都宮北って、何してるとこだったかな……」

 とか言ってる間に迎えがくる。陸自色したUH-60JAロクマルだ。世間的にはブラックホークと呼ばれ親しまれてるヘリコプター。

 詩琳も良く、こいつから懸垂下降リペリングさせられたものだった……


「12旅団からお迎えにあがりました!」

 ああ、顔を見て思い出した。木更津にもよく飛んできていたお兄さんだ。なんか星の数が増えてる様な?

「あ、昇進されたんですね」

「覚えていていただいて光栄であります!」

「12って、そか、宇都宮はヘリコプター旅団のあるとこでしたっけ」

 ヘリコプターバカが習志野にも飛んできてたっけ。

 あんなとこ行っても、リペリングするか飛び降りるかぐらいしか……


          ♦︎


「幸田詩琳巡査、ただいま着任しました!」

 巡査である。もう二十九歳になってしまったのに、未だに巡査である。

『警察官としての業務を四年やったらね……』

 と上司に言われた。詩琳はB採用、高卒での県警採用なので警察官としてのキャリアを四年積むと巡査部長試験を受けられるのだが……

 (出向十年、警察勤務半年って、おかしくね?)

 着任の挨拶中に考えることではないだろうが、つい考えてしまう。気がついたら着任後の配属説明もよく聞かないままに終わってしまった。


「よーし、じゃあ始めるぞ。固定翼との違いを徹底的に叩き込んでやる」

 は? え?

「固定翼機はな、困ったら手を離しゃ大体飛んでる。けどな、回転翼でこれやるといきなり落ちるからな!」

 いやいやいや、なんでいきなりヘリコプターの座学? え?

「え? 内閣府からヘリコプター運転の基礎教えてやれって連絡来てるぞ?」

「え? え? 警察庁からじゃなく?」

「ああ、内閣府だな」

 ペラっと、ペラ紙一枚の通信票を見せられた。確かに内閣府って書いてある。

「な、何故に……」

「続けるぞ。空を飛ぶことについての危険性は、防府で叩き込まれたと思うが……」


 この後も延々と座学を受け……


「あ、詩琳ちゃん、今こっち来てたのか。久しぶりっ!」

「お久しぶりです! 習志野から異動されたんですか?」

 知り合いも沢山いた。

 みんな昇進してる気がする。

 あたしゃ未だに巡査だよ!


 とか思っているが、実は諸手当がとてつもないのですごい給料もらってる詩琳であった。

 航空手当に降下手当、勤務地手当……どれも警察官の手当っぽくないけど、ヨシ!


 という訳で、今日も飛ばされます。……あ〜れ〜……


 地上教育を超速で終え、OH-6で教習を始めて半年。

 っていうかなんすかこれ。半年で三百時間近く飛んでるんですけど!

 なんかもう、毎日二時間以上乗ってる気がするんですが……これが陸自の操縦士中等訓練なのかしら?


 普通はそんな訳ない。一回飛ばせば数十万円かかるのだ。自衛隊にそんなお金はない。


「頭出しすぎ! 稜線から全身を出すな」

「いや、そしたらあっちが見えないですよぅ」

「キャノピーまで出すんだよ。こんな感じ!」

 目の高さに稜線の木立の先が並ぶ。隙間から山あいの村が少しだけ見えてるか?

「な、見えるだろ」

 無茶言うなである。

 OH-6この子はなんの自動装置もない、高度維持もヨーの維持も常時手足をフルに使って制御しないとならないのだ。

 右手は常にスティックをちょこちょこして位置を維持し、足はフラフラと動くヨーを止めるためにやはりピクピク、その度にバランスが狂って高度が変わりそうになるのをコレクティブレバーで押さえ込む。すると反力でお尻が動きそうになり、回転を抑えようとするとそのトルクで機体が傾き、スティックを反対に倒すと揚力が減ってコレクティブレバーあげないと……キィ!


「ほらほら、いつまでもフラフラさせない。頑張って止める」

 いや、頑張って止まるもんならそうしますが? くっうったぁっ。

「こんなとこでケツ振ってもイノシシぐらいしか出てこねぇぞ! どうせ振るんだったら隊員の前で振ってやれや」

 なんと言う発言……普通に隊員相手だったら大問題なのだが……

「サイクリックそんなに握りしめたら潰れちまうよ! 恋人の握るぐらい丁寧に触れやっ!」

 無茶言うな! である。蹴り落とすぞ、教官め!


 しかしフラフラが止まらない。頑張りが足りない?

「うーん、うぉぉやぁったぁっ」

 力を入れるとはたかれそうだから、ふわっと握って、力むっ!

「気合い入れたって止まりゃせんわっ!」


 三舵のどれか一つ動かしたら、必ず後の二つも動かさないとならないのだ。水平直線飛行なら目を瞑って手を離しても飛んでいくT-3とは全然違う。

 四輪車とオートバイ以上の差がある。別のジャンルの乗り物だわ、これ。


「ほら、また高度上がった。見つかったらRPG飛んでくるぞ!」

 いや、来ないからっ! そんな紛争地帯行かな……ゴラン高原には行かされたわね……


 かつて、出来たばかりの特殊作戦群に研修に行っていた時、PKOでゴラン高原にいる自衛隊のサポートとして派遣されたことがある。

 自衛隊員じゃないから大丈夫! と、戦闘地域に放り込まれた怨み……


 余計なことを考えると、機体の動きがとっ散らかる。

 スパーン! ヘルメットの上から思いっきりはたかれた。

「余計なこと考えてたろ! 飛んでる時は飛ぶことだけ考えろ!」

「は、はいっ!」

 そうだ、訓練だろうと落ちたら死ぬのだ。教官だって命懸けなのだ。この、わたしの両手両足が命を握っているのだから……


         ♦︎


 胸にウイングマークを付けてもらった。

 中期教育が終わり、試験も無事通過。空自ではウイングマークはもらえなかったけど、陸自は太っ腹だ。


 違う、そうじゃない。ただの教育課程の進捗の差だ。

 この後の後期教育へ行くかどうか。ここで差が出ただけだ。と言う訳でいつもの


『以下のもの、陸上自衛隊 北宇都宮基地への出向の任を解き、木更津駐屯地への出向を命ずる  幸田詩琳こうだしおり巡査』

 木更津? 今度はCH-47チヌークCH-60JAロクマルでも運転させられるのかしら?


 迎えのヘリはCH-60JAロクマルだった。

 まあ乗り慣れた機種だ。今まで何回、こいつのドアからぶら下がったかわかりゃしない。

「お、詩琳ちゃん、久しぶり!」

「お久しぶりです。今度は木更津にお世話になるみたいなんですよ」

「聞いてるよ。すぐ着くからちょっと待ってな」

 宇都宮から木更津だと、ヘリならほんの三十分だ。あっという間に駐屯地司令の前に連れて行かれる。

 木更津駐屯地の駐屯地司令は第一ヘリコプター団の団長だ。

「よっ、詩琳ちゃん」

 ここでも詩琳ちゃん呼びだった。何故?

「詩琳ちゃんの身柄を預かるのは、うちじゃなくて第四対戦車なのよ」


 いやいや待って待って、流石に攻撃ヘリには乗りませんよ? 婦警ですよ? 婦警はヒュイコブラとか乗りませんよ?


「その顔は誤解してるっぽいけど、AH-1SコブラAH-64Sアパッチも乗らないから。乗るのはね、OH-1ニンジャだよ」


 カワサキのニンジャ……と言っても、GPZ900Rではない。空飛ぶニンジャ、観測ヘリコプターOH-1。

 この時、まだ最新バリバリの秘密兵器であった。

「ええっ! あの、わたしが最新機種乗れるんですかっ⁉︎」

「ああ、乗れる。なんだったら操縦だってできるぞっ!」


         ♦︎

 

「うっわ、何これ、手放しでホバリングしてる!」

「凄いだろう、ビタッと止まって微動だにしないぞ。これで木の裏からカメラだけ出すのよ」

「すっごいですねぇ。で、カメラで撮ったとこを攻撃したり?」

「いや、それは持ち帰ってVHSのビデオデッキで……」

 めっちゃ技術の無駄遣い感溢れてるが、最新ですよ! 最新っ!

 こないだ乗ってたT-3練習機、わたしが降りたら用途廃止になって退役してるし!


「よし、んじゃこいつで多発タービンの技能証明取るからな」


 木更津からだと、海が近いからまた海かな?と思っていたら、普通に栃木の山の中を飛ばされた。

「おら、OH-6より楽なんだからもっと下げろ。見つかっちまうぞ!」

 いや、誰に?

「木の裏入ったら、木を揺らすな! 見つかっちまうぞ!」

 だから無茶言うなしっ! 隠れた木を揺らさないホバリングって、コップの水をこぼさないなんちゃらじゃないんですからっ!

「匍匐するならギリギリまで下げんだよ! この谷は電線通ってないから安心して飛んでいいぞ!」

 いや、電線ないかもしれませんけど、両側木! 木が張り出してるからっ!

 ゼハァゼハァ


 ……これって、警察官に必要な技術なんでしょうか? あの、わたし、婦人警官なんですよぅ!

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