第24話

「颯太君は嘘がつけない人。だから信じるけど……みんなには話す?」

「霧島にはいつか、お兄さんがすべてを話すと思う。みんなには終わったあと、天使のことだけを話そうと思うんだ。黄昏庭園には僕とお兄さんだけで行きたい。三上、悪いけどみんなを引き止めててくれないかな」

「私が出来るのは、信じることと……待ってること」


 ティーカップが置かれ、夢道さんに流れた三上の目。


「夢道さん、颯太君とふたりにしてくれませんか? 話したいことがあるんです」

「話なら、夢道さんがいても」

「都筑君っ‼︎」


 夢道さんの声が僕を弾く。

 三上の想いに気づいたのか。

 こわばった三上の顔。馬鹿だな僕は、また……三上を傷つけた。


「都筑君、先輩達に願いごとを聞いてきますね」

「メモにまとめといてください。話が終わったら外に出て黄昏時を待ちますから」

「はい。貴音様と黄昏庭園で待ち合わせ……ですね」


 ドアが閉められ、僕と三上だけになった。

 状況がそうさせるのか、すごく緊張する。


「颯太君、びっくりしたでしょ? いつかちゃんとした形で伝えたかったんだけど。私ってば……伝えても颯太君には」

「僕の片想いなんだ。それに……もうすぐ会えなくなる」

「そう……なんだ」

「だけど、ごめん。三上の気持ちには答えられない。今は……まだ、これから先もわからない」


 僕が話すことを、絵梨奈はどんな気持ちで聞いてるだろう。別の誰かを傷つける、自身に向けられた僕の想い。何よりも僕は、三上と絵梨奈の優しさを傷つけている。


「どんな未来が待ってるか知ることは出来ない。僕にも三上にも……違う出会いがあるかもしれないし」

「うん。……それでも」


 何かを言いかけて三上は黙り込む。

 訪れた沈黙の中、窓に目を向けた。


 答えられない、そう思うのは三上が大事だからだ。

 どんな時も僕を気にかけてくれる、こんな子を誰が遠ざけられるだろう。だからって、絵梨奈を想いながら三上の想いに答えられっこない。


「颯太君、私の願いだけどいい?」

「うっ……うん」

「男の子の中で、颯太君が1番の友達でいてくれること。それとね、これからのことはわからないけど。それでも……颯太君に振り向いてほしい」


 三上を前に熱を帯びるのを感じる。ここまで僕を想ってくれるのは何故なのか。


「あのさ、三上は……どうして僕を?」


 これといった魅力なんてない。不器用で、知らないうちに三上を傷つけるのに。


「きっかけは名前。颯太君って響きが心地良くて、どんな子なのか興味を持ったんだ。見てるうちに、颯太君に会えるのが嬉しくなってきて」

「名前に興味を持たれるなんて思わなかった」

「そうだよね。でも……好きになる理由って、単純なものだと思う。ずっと、颯太君のこと考えてる」


 赤く染まる三上の顔と、ティーカップに残る冷めた紅茶。三上とふたりきりの場所。いつかはこの緊張が、なくてはならない幸せに変わるだろうか。


「今のこと夏美にはちゃんと話す。あらぬ失言で颯太君とギクシャクしたくないもん。みんなのことは任せて、ちゃんと見張ってるから」

「ありがとう。じゃあ、またあとで」

「うん。楽しみだね、みんなで食べる夕食。うちの揚げ物出てきたりしないよね」


 僕より早くテーブルから離れた三上。開けられたドアの先、召使いの話す声が聞こえる。僕達が来たこと喜ばれてるかな。これからもみんなで来ることが出来るなら。そのために僕は。


「霧島君の部屋に行ってみる。颯太君、気をつけてね」


 うなづいて客室を出た。

 赤い絨毯が妙に鮮やかだ。

 壁に飾られた絵と置かれた銅像、屋敷の中どれだけの出来事を見てきたのか。



 開けた扉の先に見える空。

 歩きだした僕の中、胸の高鳴りが響く。

 訪れる黄昏時。

 僕は……僕に出来ることを。



 落ち葉を掃き集める召使いが、僕に気づき頭を下げる。広大な敷地、綺麗にするの大変だろうな。


「お客様、外に行かれるのですか?」

「少し歩きたくて」

「そうですか」


 召使いは落ち葉を掃き続ける。

 僕達を包む冷たい風。


「えっと……夕食までには戻りますから」

「はい、お気をつけて」






 門の先、足を止めた林道。

 家も店もない場所にひとり、樹々の間に寝転んだ。耳を澄ませ、聞こえるのは風に揺れる葉と遠く響く鳥のさえずり。

 目を閉じて暗闇に包まれる。




 なんだ?


 暗闇の中見えるものがある。

 舞い落ちてくる光輝くもの。


 羽根だ。


 何処かで見た金色。

 夢のような光景ものの中。

 そうだ……ゼフィータの翼だ。


 リリスが出会った織天使。


 舞い散り、溶け消える羽根。

 僕に流れ込むのはゼフィータの想いだろうか。




 いつかの未来、朝と夜が巡る世界で彼女に逢えるなら。命尽きるまで……繰り返し。




 目を開け見える、樹々の葉に隠れる空の色。

 天界……塔の中でゼフィータは何を思うのか。


「絵梨奈、黄昏の慟哭に出会えたことは僕にとって大きな奇跡だった。訪れる君との別れ、君がリオンと生きていく未来。何処かの世界から、君は知らせてくれるかな。彼と夢道さんが歩いていく先も、ゼフィータの願いの行く末も。絵梨奈……僕達が生きる世界はなんて眩しいんだろう。僕は願うよ、君の幸せを。ずっと……願ってる」


 頬を濡らすものはなんだろう。

 心から軋む音が響く。

 君の幸せを願いながら悲しんでるなんて。それだけ……君を想うことは幸せだったんだ。


 起き上がり、空に伸ばした手。

 掴めるものはない。


 それでもいつかの未来に、空は繋がっている。







 ***

 


 門の前に立ち、黄昏時を待つ。

 空の色が変わるのを待ち続けるひと時。

 小さな頃、母さんに連れられた散歩の道で見つけた1番星。それが僕の最初の自慢話だったように思う。


「何をしている」


 背後からの声が僕を弾く。

 振り向くと近づいてくる彼が見える。彼のそばで微笑む夢道さん。


「都筑君ったら。黄昏庭園で待ち合わせって言ったじゃないですか」

「夢道さんこそ、僕と霧島さんだけで」

「いらないのですか? 先輩達の願いごと。それに貴音様は大事なご主人様ですからね」


 夢道さんが持つメモが風に揺れる。どんな願いが書かれてるだろう。


「何をしていると聞いた」

「黄昏時を待ってました。そろそろですよね」

「僅かなひと時だ。そんな所にいては、すぐに終わりを告げる」

「都筑君、気づきませんか? 貴音様が迎えに来てくれたのですよ」


 夢道さんから渡されたメモ。背を向けるなり彼は僕から離れていく。向かう先は……黄昏庭園。


「都筑君、貴音様をよろしく」


 夢道さんに背中を押されるまま歩きだした。

 緊張と寂しさが混じる中……彼を追って。







 次章〈現実の続き、未来への羽音〉

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