第22話

 マユリとピケに聞いた。

 叶えたい願いはなんなのかを。『ない』と即答だったマユリ。ハムスター集団との世界に満足してるんだな。

 ピケの願いはおやつの種類が増えることと新しい眼鏡で働くこと。『どっちも大事でチュウッ‼︎』って大騒ぎだったな。1番を決めろなんて言ってないのに。


 神と呼ばれる者の夢物語を壊す。

 オモイデ屋を出る前に思いついたのは、ひとつでも多くの願いを集めることだった。

 いっぱいの願いをひとつの力にする。

 時雨さんは言ってくれたんだ。信じることで変えられるものがあるって。


 時雨さんの願いは、買い取られた物が1日でも長く愛されること。兄貴は『秘密』のひと言で終わったけど見当はつく。風丸が長生きすることと、時雨さんとの日々がずっと続いていくこと。紅葉さんは爆盛りスイーツ完食無料での勝利。これって願いっていうより目標じゃないのかな。

 父さんと母さんは、僕と兄貴の幸せだって言ってくれた。あとは霧島邸に向かう中、みんなに聞くだけ……なんだけど。 


 坂井ってば、霧島邸への行き帰りにと母親を呼んでるとは思わなかった。

 三上の店の前に停まった坂井の家の車。

 驚く僕達を見て、車から降りるなり坂井は言った。


 ——みんな、歩いていくつもりだったの?


 歩いていこうなんて考えっこない。

 お金を出し合ってタクシーで行くはずだった。坂井も納得してたはずなのに。三上ですら読めなかった坂井の行動。予想外のことはもうひとつ、三上の母親から土産にと渡されたいっぱいの揚げ物。窓が閉まる車の中、充満する揚げ物の匂い。


「みんなごめんね。お母さんがはりきっちゃって」


 申し訳なさそうな三上と、僕に挟まれる形で座る野田。手には相変わらずのスマホ。


「大丈夫よ理沙ちゃん。美味しそうでいい匂いよ」


 母親の朗らかな声と助手席で歌う坂井。なんだか霧島邸に行くのが不安になってきた。間違いなく観光気分だろ、坂井親子ってば。


 人で賑わう街並み。

 通り過ぎたら住宅地に入り林道へと進む。


 僕の中にいる絵梨奈。

 妖魔と対峙しリリスを助けだすことは絵梨奈との別れを意味する。

 願わなきゃ。

 いつかの未来にあるリオンと絵梨奈の幸せを。


 空に消えたリオンと消滅したノート。

 たぶん、リオンは妖魔の中で待っている。

 僕と……霧島さんを。  


 絵梨奈、なんだか夢みたいだ。

 君とリオンが生きる未来の中で、僕が思い出として息づいてるなんて。君への想い、リオンは許してくれるだろうか。

 僕の今に混じる君の過去と未来。

 こんな幸せがやって来るなんて考えもしなかった。


「何よ都筑君、ヘラヘラしちゃって」


 坂井の声につられ僕を見る野田と三上。


「まさかとは思うけど、好きな人がいるとか言わないでよ?」

「えっ⁉︎ あっ……えっと」


 なんだろうこの気まずさは。絵梨奈のことを知られた訳じゃないのに。

 早まる鼓動、坂井ってばどうしてくれるんだよ。

 まいったな、僕の想い。絵梨奈にとって、思い出どころか笑い話になりかねない。顔まで熱くなってきた。


「そっか……颯太君」


 消え入りそうな三上の声。


「いるんだ、好きな人が」

「りっ理沙っ‼︎ ごめん……私、余計なことを」


 慌てる坂井とうつむく三上。

 どうしたらいいんだろう。

 三上の想い。

 この状況で気づいてたなんて絶対に言えない。だけど黙ってたら、三上は余計に傷つくよな。


「あのさ、三上」

「びっくりしちゃった。颯太君、隠すの上手すぎるよ。……ね? 夏美」

「……理沙」


 寂しげに笑う三上と泣きだしそうな坂井。

 まいったな、僕は……何をどう言えば。


「りっ……理沙ちゃん、何か飲む? 何処かお店に」

「お母さんに賛成。そうしようよ、理沙」

「大丈夫です、霧島君を待たせちゃいけないし。夏美も気にしなくていいから……ね?」


 三上は親身になるだけじゃない。

 こんな時にまで気を使う、誰も傷つかないようにと。

 心が軋む音を立てる。

 僕のことで三上を傷つけたくなかったのに。


 窓の外に見える住宅地。

 出歩く人がいない、静かな場所なんだな。


「夏美、お屋敷に続く林道は近いんでしょ? やっと解放されるね、揚げ物の匂いから」


 三上を囲うように並ぶ揚げ物入りのビニール袋。


「霧島君のお気に入り見つかるかな。……颯太君」

「うっ……うん。見つかるよ、絶対」


 うなづいた三上。

 訪れた沈黙が、僕にのしかかる。







 林道を走る車の中、野田のスマホの音が響きだした。

 軽快なゲーム音、いつになく音が大きいのは気のせいか? 僕のことで懲りたのか、坂井は何も言わず窓の外を眺めている。


「あのお屋敷でいいのよね? 夏美」


 母親の問いにうなづいた坂井。

 車の前、見えだした開かれた門。

 たどり着いた霧島邸。


「お母さん、あの子が霧島君。門の前で待っててくれてる」


 開かれた門の前、霧島と夢道さんが立っている。

 もうひとりは誰だ?

 年配の……メイド服を着てるし召使いだろうけど。


「野田はわかるかな、あの人のこと」


『あぁ』と野田。


「屋敷にひとり残された召使いだよ。確か、柚葉って名前だったと思う。あの人は覚えてるかな、祖母のこと」


 門から少し離れて停められた車。

『お屋敷、お母さんも一緒でいいでしょ?』と坂井。

 駆け寄ってきた霧島。あとを追って夢道さんが近づいてくる。


「霧島君、これ理沙のお母さんから」

「夏美ったら、いきなり渡さなくてもいいのに」

「いいの、ほら霧島君。召使いさんも」


 坂井にうながされるまま、三上の手から離れていく揚げ物。


「こんなに沢山、驚きました」

「私の家、揚げ物のお店なんです。お母さんがはりきってしまって」

「ふふっ。貴音様も召使い達も喜びますよ。食べるのが楽しみですね、雪斗様」


 三上と笑い合う夢道さん。

 ふたりを見ながら感じる落胆。霧島さんがいるのを期待してた。油絵、すぐにでも渡したいのに。


「僕達が来るの、主人は興味なしか」


 期待してたのは野田も同じみたいだな。いつになく沈んだ声……だけど。野田の目が向けられたもうひとりの召使い。


「はじめまして、柚葉さんですね?」

「驚いた、私を知っているなんて」

「祖母がここで働いてたから。覚えてますか、野田爽子のださわこを」

「もちろん。爽子さんは仕事熱心で話しやすい方でした。お孫さんに会えるなんて夢を見てるみたい」

「祖母に伝えます、柚葉さんに会えたこと」


『えぇ』と柚葉さんは微笑む。


「客室にお茶を準備しています。美結、お客様を案内しましょうか。さぁ、雪斗様も」


 柚葉さんにうながされ、霧島が僕達を呼ぶ。みんなのあとを追って歩きだした。

 広大な敷地の先に見える屋敷。霧島さんは何処にいるだろう。敷地の中見えるのは、葉が枯れ落ちた樹々の群れ。黄昏庭園は屋敷の裏にあるのかな。


 脳裏をよぎる妖魔の姿。

 リオンとリリスの想いに包まれながら、妖魔はどんな夢を見てるだろう。

 目を覚ます……黄昏時まで。


 扉が開く音に重なる坂井親子の感嘆の声。

 霧島のそばでやたらとはしゃいでる。霧島邸での説得にこだわっていた坂井。まさかとは思うけど親子共々屋敷に興味津々なんじゃ。


「委員長、僕達を入れないつもり?」


 野田のツッコミに咳払いで返し歩きだした坂井親子。

 白い壁と赤い絨毯、壁に飾られた絵やいくつもの銅像。

 僕達に頭を下げる召使い達と、混じり見える違うメイド服の召使いの残像。親しげな笑顔は絵梨奈の思い出だろうか。


 案内された客室の中。

 白で統一されたテーブルと椅子、並べられたお菓子とティーカップは思い出の図書館を思わせる。みんなが霧島と一緒に客室に入る中、僕は立ち止まり夢道さんと向き合った。


「あの、霧島さんは何処に?」

「書庫室だと思います。この頃は、雪斗様と書庫室で過ごすことが多くなりました。私が片付けてから居心地がよくなったのかもしれません」


 霧島さんのこと嬉しそうに話すんだな。霧島さんと夢道さんは互いが特別な存在なんだ。誰にも入り込めない繋がりか。


「これ、霧島さんに渡してくれませんか?」  


 差し出した紙袋、入っているのは油絵。


「都筑君が渡せばいいじゃないですか」

「でも……何処にいるのかわからないし」

「どうして私に遠慮するんです? 貴音様に用があるのなら、どうぞこちらへ」


 僕の腕を掴むなり歩きだした夢道さん。

 相変わらず破天荒な人だ。こんなんで、彼に怒られるようなことしでかしてないのかな。


「待って、夢道さん。霧島君を何処に?」


 振り向くと霧島と坂井が立っている。

 坂井ってば何にでも首を突っ込んでくるな。母親のことといい野田よりも危なっかしい。僕がいない間に霧島を言いくるめてウロウロしないだろうな。


「ご心配なく雪斗様。都筑君はすぐに戻りますから」


 にこやかに笑う夢道さん。僕を離すまいと込められていく力。無言の圧力を感じるのは気のせいか?

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