幕間・織天使と眠る天使

ゼフィータ視点

願いと罰と……

 絶え間なく流れ込む思念。

 それは僕をどれだけ苦しめるのか。

 終わりなき夢物語の中。

 僕が演じるのは、天界の調和を護り見届ける者。


 天界の住人達。


 彼らの多くは神と呼ばれる者、そして僕を崇め生きている。疑問も不満もなく、存在の意味を考えもせず。その姿が僕に告げるものは、誰に知れず続くはずの絶望だった。


 リオンとリリス。

 ふたりが現れるまでは。

 疑問と苦しみを秘め、夢物語に波乱の風を吹かせた者達。


 リオンが翼を斬り落としたことは、神と呼ばれる者に落胆を呼んだ。自らを傷つけ訴えようとしたこと。それは僕にとっても衝撃だった。


 そして……僕が創造の力を与えた天使。


「リリス」


 同志と呼んだ彼女を、この手で罰することになった皮肉。


 人の想像に過ぎなかった世界をリリスは作りだした。

 地獄と煉獄。

 血色に染まる世界と、焔と焼け焦げた死臭に包まれた世界。


 神と呼ばれる者。

 思念から読み取るのは地球を慈しむ想い。そして望まぬ世界を作りだしたリリスへの怒りだ。

 長い時の流れの中、僕に繰り返された指示。


 ——反旗を翻した者に、罰を与え続けよ。


 従わず、リリスを自由にし続けた。彼女が考え、自身を傷つけながら作るものを見届けるために。

 僕に流れ続ける思念。落胆と怒りを聞き取りながら、夢物語の終わりを彼女と共に描いていく。


 僕が逆鱗に触れずにいられるのは、織天使という与えられた地位に護られてのことだろう。住人達に崇められ、時に恐れられながら。


 天界で最初に生みだされた僕。地位と力を与えられ、思念を読み取る中で、新たな住人の誕生を知り続けた。

 何度も押し寄せた破滅への願望。

 与えられた地位を憎みながらも、運命に牙を向くことが出来なかった。


 強さと賢さを持っていたリリス。

 天界の誰よりも生きることを愛した者。

 望みもしなかったリリスへの罰。与えることとなったのは、リリスからの提言と彼女の最後の願いが僕を揺さぶったからだ。


「ゼフィータ様」


 鉄の扉を前に僕を呼び止めた声。声の主は塔に住むことを許された者。

 地下にまで僕を追ってくるとは。


「またですか。何故罪を犯した者を気にかけるのです」

「罪か、君は何を考えそう決めつける」

「神に逆らう愚か者に巡らせる考えなどありません。ゼフィータ様が優しすぎるのです」


 扉を開け現れた漆黒の闇と冷気。罪を問われ、罰を受けた者達が眠る氷の牢獄。

 蝋燭の上、揺れる焔を見ながら考える。

 僕が秘めるひとつだけの理由。

 偽りなく答えるか彼をあしらうか。


「もっとも、愚かだから逆らえるのでしょう。氷に閉ざされれば2度と出られないというのに。ここに眠るのは、浅はかで無知な者達のなのですよ、ゼフィータ様」

「話すことに気をつけることだ。君はこの先罪を犯さないと言い切れるのか」

「僕の忠誠心はゼフィータ様にも負けません。神を裏切るなど考えもしませんよ」

「愚かなのは君だ。真実を知らずそのような」

「神に愛され存在する。それ以上の真実がありますか?」


 振り向きもせず牢獄に足を踏み入れた。

 凍える寒さの中蝋燭の焔が闇を照らす。

 罪を犯した者達が閉じ込められた世界。


 リリスからの提言は考えもしないものだった。

 不変の空に現れたもの。

 それは、僕の手の上で手紙になった白い鳥。


【私を罰し、罪の象徴にと願います。私に罰を下さなければ、いつかあなたも逆鱗に触れるでしょうから。私を理解してくれた、あなたがあなたらしく運命を貫けるように。


 いつか世界が変わるなら。


 私が願った世界をあなたが見届けてください。


 私の最後の願いを聞き届けてくれると信じて。

 不死の血が生みだした妖魔もの。私の命が妖魔と同化することをあなたの力で叶えてください。与えられた創造の力が妖魔を願いの象徴に変えられるなら。


 私が願い続けたもの。

 もうすぐ、大きく動きだすから。


 人が紡ぐ繋がりと温かさと強さ。それは限りあるからこそ、無限の輝きを放つのです。


 遠い未来、人になれると信じて。


 私の全てをあなたに委ねます】


 僕に出来ることは彼女の願いを叶え行く末を見届けること。


 リリスの強さは僕が演じ見せているものとは違う。

 汚れなき想いと信念。それは天界の住人がどう足掻いても持ち得ないものだろう。

 出会い別れてから長い時が過ぎた。

 リリスと交わした再会の約束。それが……罰を下す形で叶えられるとは。

 氷に閉ざされるまで恐れを見せなかったリリス。


 ——あなたへの手紙は人を真似たものよ。坊っちゃんが出会った少年を私は見続けていた。彼の坊っちゃんへの興味は純粋で可愛らしくて……それでいて芯が強いものだった。天使として、最後に見ていたのが彼でよかったと思ってる。


 人への興味を僕に呼び寄せたリリスの笑み。それは美しく、ひとつの夢を僕に呼び寄せた。


 いつかの未来、朝と夜が巡る世界で彼女に逢えるなら。命尽きるまで……繰り返し。


 寒さに震えながら歩く。

 リリスを閉じ込める氷に向かって。







 僕を包む暗闇と、焔が照らしだした氷の中のリリス。

 閉ざされた目と唇。体に巻きついた鎖が冷ややかな光を放つ。命無き者を嘲り僕を笑うように。


 人間界に棲む妖魔。

 僕の力で妖魔と同化したリリス。


「何を語ろうが、君には聞こえないが」


 暗闇に消える僕の声。

 語る相手を前にしながら、届かない滑稽さが僕を支配する。


「君の願いが届いたとしても、すぐに叶えられはしないだろう。何故なら賛同する者と反発する者……世界がひとつになるには長い時がかかるのだから。それでも僕は君と共に世界に向き合おうと思っている。君と共に限りある命を愛していきたい。君に会うまで、僕にあるのは与えられたものへの疑問だけだった。こんな僕が……君を同志と呼ぶなんて」


 凍える寒さの中、僕を温めるものはなんだろう。

 暗闇の中。

 君が眩しく見えるのは、君と出会う未来を夢見るのは何故なのか。

 手を伸ばし触れた氷の壁。

 冷たさの先にある君の手に触れることが出来たなら。


「人間界、君が憧れ愛した世界」


 長い時の流れの中、君がどれだけの者達を見てきたのか。知らないまま君を罰してしまった。

 今も君を前に、話したいことがあふれているのに。


 妖魔と同化した君が対峙する者達。

 僕に出来ることは、君と共に彼らを信じること。


 同じ想い。

 それは君と繋がっているひとつだけの宝物。


 君と共に生きていく。

 いつかの未来、君の笑顔と巡り逢えると信じて。



 同志と呼んだ君の手と触れ合える時を待ち続ける。







 次章〈黄昏庭園と願いのモノガタリ〉

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