黄昏庭園の妖魔
第19話
夕飯を食べ終えたあと兄貴に話した。
霧島が学校に来たこととリリスのこと。それと霧島さんに会って話が出来たことも。頭の中を整理したかったし、気持ちを落ち着かせようと思ったから。
「よかったなって言いたい所だけど、天使のことを考えるとなんとも言えないな。颯太、ちゃんと寝れてるのか? 無理はするなよ」
「うん。それとさ、三上のことなんだけど」
兄貴が身を乗りだすような素ぶりを見せる。
「わかったよ、兄貴が笑った理由が。僕の勘違いじゃなければ、三上は……僕のことが」
「そうみたいだな。で? 颯太はどうなんだ」
「どうって?」
「だからさ、三上さんのこと。知ってみようとか気になりだしたとか」
「なんで僕を? って思うけど、それ以上のことはわからない。……わかりたくない気がする。三上はいい子だから嘘をつきたくないし……僕のことで嫌な思いをさせたくないなって」
兄貴にも誰にも言えないことがある。
僕には。
僕の中には……ずっとひとりだけの。
「となると、気づかないふりで過ごすのか。色々と大変だな、颯太は」
「その言い方、僕のこと面白がってる?」
「違うよ、颯太は不器用で危なっかしい。誰よりも傷つかないかが……心配だからさ」
***
「計画どおりにいかなかったなぁ」
木曜日、昼休みの屋上。
曇り空の下、聞くことになった坂井のぼやき。
ことの発端は月曜日、霧島が登校してきたことだ。
手紙の返事より先に霧島が現れた。遅刻した僕は知らなかったけど、坂井の驚きようは凄かったらしい。坂井の計画では返事が届き次第、霧島邸を訪ね霧島を説得するはずだった。
「ごめんなさい坂井さん。僕……自分で返事を渡したくて」
結果的に僕が配ることになったけど。
手紙を持ったまま僕に会うなんて、夢道さんってば。
「いいのよ霧島君。夏美は真面目すぎるというか、思ったことを黙っていられないの」
霧島と三上のそばでスマホを見てる野田。
聞こえる音、いつものゲームか。
「ふたりとも、謝るのもフォローもいらないから。だけど残念、みんなで霧島君を説得するはずだったんだけどなぁ」
「面倒な説得が楽しみなんて、委員長は変わってるんだな」
「変わってるのは野田君でしょ。スマホ以外、楽しみはないのかしら」
どっちもどっちだよ、坂井と野田は。
「もういいじゃない夏美。お屋敷に行けることになったんだし、いつ行くか話し合おうよ」
霧島邸。
霧島さんに言われたことちゃんと守らなきゃ。
黄昏庭園、みんなにはどう説明しよう。下手なことを言えば野田が興味を持ちそうだし。
妖魔。
どんな姿をしてるんだろう。僕にも見えるなら、リリスのために何かが出来るかもしれないのに。
雲に覆われた空を見ながら思う。
天界は何処にあるのか。天使と死神が住む世界、神と呼ばれる者が眠る場所。
彼は今何を考えてるだろう。神に近い者と崇められる中、天界を統べる者として。
カレンは知ってるのかな、リリスが罰せられたこと。知ってるなら、助けようとしてるのか……状況に抗えないままなのか。
「霧島君、学校はどう? 嫌な思いはしてない?」
「ありがとう三上さん。この学校でよかった、手紙を書いてもらえるなんて」
「お屋敷にはいつ行ってもいいの? お兄様は迷惑じゃない?」
「大丈夫だよ、坂井さん。貴音兄様も召使い達も喜んでくれる。この頃屋敷の人間だって自覚出来るんだ。もっと強くなって、貴音兄様に喜んでもらわなきゃ。そうだよね? 都筑君」
うなづきながら考える。
リリスが僕に託したものは、思い出に絡むネックレス。だけどリオンと絵梨奈の思い出を知っても妖魔が見える訳じゃない。
霧島さんが託されたノート。
罰せられる覚悟で託したものだとしたら、リリスは彼の力になる何かをノートに込めてるんじゃないのか?
帰りたい。
すぐにでも調べなきゃ。
妖魔の中にある人への羨望とリリスへの憎しみ。それがリリスを苦しめるなら早く助けださないと。
「……君? ねぇ、颯太君」
三上の声が僕を弾く。
「お屋敷に行く日決まったよ。今度の日曜日。うちの揚げ物、お土産に持っていこうかな」
日曜日か。
霧島を前に巡りだした緊張。どんな顔で霧島さんに会えばいいだろう。
気がかりなのは野田だ。
調査という野田の主張は坂井から釘を刺されてる。それでも興味ある場所に行くんだし、霧島さんに余計なことを言わなきゃいいけどな。
絵梨奈の死んだ弟と同じ名前なのは何故なのか。野田は平然と聞きそうな気がするし。
「みんなわかってると思うけど。余計なことを言ったり、うろついて迷惑かけないように」
「都筑君、あたりまえなこと言わないでくれる?」
「ちょっと、夏美ったら」
呆れ気味な坂井と慌てる三上。
なんて言えばよかったんだろう。
——来たいなら、何度でも来ればいい。
霧島さんは言ってくれたけど、何かあったら2度と行けなくなるかもしれない。
「霧島に迷惑かけられないし。……野田もそう思うだろ?」
「野田君を巻き込まないの。霧島君に聞けばいいだけじゃない。お屋敷の決まりごとや入っちゃいけない場所」
「そうだよな……ごめん」
気まずさを感じる。
霧島がいるのに余計なことをしたような。野田のスマホから響く軽快なゲーム音。
「もうすぐ昼休みが終わっちゃう。夏美、お屋敷のこと霧島君に聞こうよ」
三上の視線を感じる。
どんな時も僕を気にかけてくれるのか。
「僕は自由に過ごせてるよ、難しい決まりもないし楽しんでもらえたらいいな」
「霧島君が言うならひと安心じゃない。訪問させてもらうのが楽しみになってきた。……さっきよりどんよりしてきたね」
坂井につられて見上げた空。
夕方から雨が降る予報だったっけ。灰色の雲はゼフィータの髪を思いださせる。
「……なんだあれ」
何かが空から舞い落ちてくる。
風に揺られながら……僕に向かって。
真っ黒な……羽根?
それは軽やかに僕の足元に落ちた。
鳥のものにしては大きすぎる。
曇り空の下、羽根は鮮やかに光輝く。
「颯太君? どうしたの? 教室に戻らなきゃ」
「羽根が落ちてきたんだ。なんの鳥だろう」
「どれ? 見えないよ」
三上は首をかしげる。
大きな羽根、見えないはずはないのに。
羽根を拾っても、三上は不思議そうに見てるだけだ。
「何してるのふたりとも、授業始まっちゃうよ」
坂井の声が響く。
僕にしか見えない羽根、鳥じゃないとしたら天界の住人のものか。僕に向けて落とされたってことは。
「もしかして……リオンの」
どうして僕の所に?
誰が……リオンの羽根を持っていた?
***
予報どおり雨が降った夕方。
夜を待つ部屋の中、机の上に並べ置いた羽根とノート。
僕が知る天界の住人はゼフィータとカレン。それと塔の前に立っていた見張り達。
リリスは下級天使と呼ばれ、塔に近づくのを許されていなかった。死神はどうなんだろう、天使のように決められた立場があるなら。塔に入れない者達がいるとしたら。リオンがゼフィータに会っていなければ羽根を託されはしない。
となるとカレンか。
彼女は塔に向かう中、リオンへの想いを語っていた。リオンの消滅は彼女に何をもたらしたのか。霧島さんが生みだされ、翼がリオンではなくなった時。彼女を支配したのがリリスへの憎しみだとしたら。
リリスが罰せられた今、カレンは何を考えているだろう。羽根を落としたのがカレンだとしたら。何を考え僕に託そうと決めたのか。
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