第16話

 ——リオン……愛する者への想い、閉じ込めることを許してほしいの。私は願うから、いつかの未来……愛しい者と巡り逢える時を。だから私の罪を許してください。罰が下されるまで、あなたと愛しい者の未来を願うから。


 黒い翼が形を変えていく。溶けた物質となり血を飲み込みながら。部屋に響く気味の悪い声は、声にならないリオンの叫び声なのか。


 僕に流れ込むもの。

 それはリリスの、新たな命を生きる者への憂いと希望。同じ姿で生きる中、不死はどれだけの苦しみを呼び寄せるだろう。

 それでも理解わかろうとする誰かとの出会いを求めていく。わずかなひと時であろうとも。家族や友人と呼べる繋がりが、彼を支え守ってくれる。


 同志と呼んでくれたゼフィータ。

 与えられた立場といえど。美と調和を守る立場の彼に、作りだした残酷な世界はどう映っているのか。


 きっと……彼が罰を下す。


 神と呼ばれる者の思考を読み取り、神に近い立場として役割を果たそうとするだろう。



 リリスの前で人の姿になったもの。

 白く長い髪と裸身。

 両手が這いずるように動く。不安げに部屋を見回すリリスと同じ顔の男。それは霧島貴音として生きることになる。


 ——はじめまして、坊っちゃん。


 リリスは語りかけた。

 込められるだけの冷ややかさを秘めて。

 演じきらなければ。

 冷酷な、創造を司る天使を。


 新たな命。


 彼に憎まれながら慈しみ見守っていく。

 罰が下されそばにいられなくなっても。


 生みだした……かけがえのない……。



 希望。







 思い出帳が閉じた音。

 目を開け見えるマカロンを齧るマユリ。ピケを筆頭に働くハムスター集団と僕を見上げるチビ。


「マユリ、リリスは何度かここに?」

「ふむ、それがどうした?」

「気になるんだ。最後に来たのはいつなのか」

「最後の来訪は客人への伝達のため。以来音沙汰はない」


 伝達……ネックレスのことか。

 握りしめた羽根、ふたつの力が秘められたもの。

 リリスは何を考え僕に託したのか。


「どうした? 何を考えている……客人」

「リリスが僕を見てるとしたら。なんでここに来ないのかなって」


 マユリは言った。

 リリスは自分のことを語らないって。自分のことを知られたくないのなら僕を止めに来るはずなのに。来れない理由があるとしたら。

 リリスが持ち続けた罰を受ける覚悟。


 ゾクリとする何かが僕を震わせる。

 もしも、罰を受けたのだとしたら。


「マユリはどう思う? マユリがリリスなら、僕を止めに」


 強い力が僕を引き寄せる。

 それが告げるのは夢の終わり。

 なんで今なんだよ、リリスのこと話してるのに。



 抗えず落ちた闇の中。

 なんだこれ、いつもの目覚めとは違う。



 寒い。

 凍えるような寒さだ。



 砕け消えた闇と見えだした塊。

 氷だ、かなりの大きさの。

 それに氷の中……見えるのは人の姿と白い翼。

 硬く巻きつけられた銀の鎖。


 これって、まさか。


「リリス?」







 見慣れた天井と窓から射する朝の光。 

 今の夢じゃないよな?


 氷に閉じ込められたリリス。

 あれは、罰を受けた姿なのか?


 ——地下牢の……氷に閉じ込められたら2度と出られなくなる。


 カレンの声が僕の中を巡る。

 彼女が言ったことが本当なら、リリスは出られないままなのか。


「学校……行かなきゃな」


 気の重さを感じながらベットから起きだした。







 ***


 時雨さんと話が出来たらな。

 今日が日曜日じゃないことに、ちょっとだけの苛立ちを感じる。時雨さんに話して解決出来ることじゃない。それでも、時雨さんが聞いてくれるだけで心強く感じる。

 それなのに月曜だなんて。

 いつかの坂井みたいに学校を抜け出せたらな。どんな言い訳を使ってアパートに来たのか。聞いたら怒られるかな。


 同じ制服の生徒達が通り過ぎる通学路。

 冷たい風に震える中、校門の前に立っている男子生徒。誰かを探してるのか、写真を手にまわりを見回している。


 すれ違い、感じ取った視線。


「あっあのっ。都筑君……かな?」


『かな?』って言われても、知らない奴に返事なんて出来ない。聞こえないふりをしようか……だけどなんで僕の名前を知ってるんだ?


「違うのかな。どうしよう、何処に行ったんだろ……夢道さん」


 今……夢道さんって言った?


 振り向くと生徒が立っている。

 僕を見る不安げな顔つき。

 写真と僕を見比べ、生徒は息を吸い込んだ。


「都筑君だよね?」


 みんなで書いた手紙、一緒に入れた写真。彼が持ってる写真は……もしかして。


「霧島なのか?」

「うん、僕は霧島雪斗」


 霧島はぎごちなく微笑む。

 冷たい風の中、体が熱くなるのを感じる。

 不意に感じる喉の乾き。


「手紙ありがとう。お返事……自分で渡したくて来たんだけど。困ったな」


 霧島の顔に浮かぶ戸惑い。


「夢道さんが持ってるのに。急にいなくなるなんて」


 近づいてくる三上が見える。

 今日は坂井と一緒じゃないんだな。


「おはよう、三か……」


 三上の背中越しに僕を見る女の人が見える。

 着てるのはメイド服、あれって夢道さんだよな?


「颯太君と……えっと」

「霧島だよ三上、学校に来てくれたんだ」

「手紙読んでもらえたの?」


 三上は嬉しそうに声を弾ませる。


「霧島、彼女は同じクラスの三上。写真で見てると思うけどさ」

「うん、わかってるよ」


 三上を見ながらうなづいた霧島。

 赤みを帯びる顔を見ながら思う。人に怖さを感じる中、どんな思いで僕を探してたのか。

 手紙が力になったなら。

 言葉も思いも何かを変えられるなら。いつかはリリスの思いも……きっと。


「三上、霧島のこと頼む。あと先生に遅れるって言っといて」

「え? どうしたの?」

「忘れ物取りに行ってくる。霧島、悪いけどまたあとで」


 とっさの言い訳が忘れ物か。子供じみてるけどしょうがない。駆け出した僕を見て、女の人はうなづいたような素ぶりを見せた。やっぱり夢道さんだ。

 黒髪と白いメイド服、霧島さんと正反対な風貌。

 


「君、都筑颯太君ね?」


 近づくなり話しかけられた。

 僕と違って、人と距離を置かない人なんだな……夢道さんは。


「私は夢道美結、霧島の屋敷に仕える召使いです」


 夢道さんが持っている小さな紙袋。


「それ僕達への手紙ですか? 霧島君が言ってましたけど」

「はい、でもすぐには渡せないんです。君についての調査が終わってないので」


 ……調査って。

 夢道さんは僕の何を調べるつもりなんだ?


「君がどんな人なのか。貴音様を傷つける人を、私は絶対に許しません」

「傷つけるって……僕は何も」

「ふふっ。わかってますよ、冗談です」


 夢道さんの顔に笑みが浮かぶ。

 大きな目に滲む光、それは僕への親しみを感じさせる。


 「手紙から都筑君の人柄は伝わりました。貴音様に伝えたいこと、伝わるかどうかの不安……色々なものを感じましたよ。がんばって書いてくれたんですね、私へのあの手紙は」

「書きたいことは沢山あったんです。でも、物語のことを書くのが精一杯でした」

「私は貴音様が物語を書いていたことを知らなかったんです。都筑君のおかげで、貴音様のことをひとつ知ることが出来ました。ありがとう」


 夢道さんが僕に歩み寄り手渡された紙袋。


「手紙の他に、私が焼いたクッキーが入っています。貴音様と雪斗様にしか焼かない特別なもの。それでですね、都筑君」

「はい」

「私と一緒に来てくれますか? 貴音様が待っています」







 次章〈霧島貴音の光、そして影〉

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