第14話

 遠のいた過去。

 ゼフィータはリリスを同志と呼んだ。

 与えられたのは霧島さんを生みだした力。リリスはどんな思いで力と向き合ってきたのか。

 長い時の中不死を憎みながら。

 終わらない生への疑問を訴え……ひとり足掻きながら。


「客人、少し休んだらどうだ?」


 目を開け見えるマユリ。

 湯気を立てるミルクティーと、ピケを筆頭に働くハムスター集団。どう見ても走り回ってるようにしか見えないけどな。


「マユリは知ってるのか? 天界のこと。神と呼ばれる者にリリスは失望した。リリスの力は織天使から」

「あいにくと、私は天使とも死神とも違うのだよ。天界について知る必要はない。だが織天使が力を託さなければ、私もこの世界も存在しなかったという訳か。わからないものだな運命というものは。他に知ったものは?」


 僕が知ったのはリリスのことと……そうだ、あの子供‼︎


「気になることがあるんだ。リリスの思念の中見えたもの。人間だった、白衣の男と子供。子供は……マユリにそっくりだったんだ」


『そうか』と呟いたマユリ。

 驚く素ぶりも見せずティーカップを口に運ぶ。


「気にならないのか? 自分に似た子供のこと」

「答えは思い出帳にある」

「調べるのは?」

「客人に決まっているだろう。私は管理人であり、思い出帳への依頼者ではない」

「冷めた奴だな。知りたくないのかよ、なんで自分に似ているのか」

「客人が見聞きしたことを私に話せばいいだけだ」


 子供の姿で上から目線、その上人をこき使うのか。


「しょうがないな、まったく」


 ミルクティーを飲んで気持ちを落ち着かせる。

 リリスは沢山の人を見てきたはずだ。たぶん……僕に見えた彼らは、リリスの心に強く刻まれている。


 ——客人は、お遊びの駒に選ばれたという訳だ。


 マユリはそう言ったけど。


「リリスのこと、少しだけわかった気がするんだ。怖い奴だと思ってたけどそうじゃない。僕のことを……駒だとは思ってないよ」

「なるほど。客人は、随分と人がいい」

「悪い奴だと思ってるのか? マユリは」

「そうは思わないが、良くも捉えてはいない。理解を深めるほど、リリスは距離を縮めようとはしないからな」

「……そっか」


 思い出帳をめくり見える見知らぬ文字の群れ。

 文字をなぞりながら目を閉じた。


 白衣の男と子供。


 訪れた闇の中、心の中でふたりの残像を追う。


 ——ははっ。はははっ。


 何処からか響く笑い声。

 僕の手をなぞるようにめくれだした思い出帳。

 見えてきた見知らぬ部屋、ベットの中で本を読むのは……女の子? 大きなクマのぬいぐるみがベッドのそばに置かれている。


 ——こんにちは、冬馬とうま先生。ありがとう、今日も来てくれて。


 マユリと同じ顔に浮かぶ親しげな笑み。


 ——駄目じゃないかまゆちゃん。ちゃんと寝てないとお母さんに怒られる。


 ——大丈夫だよ、冬馬先生はお母さんに黙っててくれるから。冬馬先生が優しいの、僕は知ってるよ。


 ——君はまた男の子みたいに。


 頭を掻く冬馬先生と『はははっ』と笑う繭と呼ばれた女の子。僕に流れ込むリリスの感情、それは温かくリリスの優しさを感じさせる。リリスはずっとふたりを見ていたのかな。


 ——聞いてよ冬馬先生。僕に友達が出来たんだよ。


 ——誰かが見舞いに来てくれたのか?


 ——違うよ、お母さんにお願いして買ってもらったんだ。出ておいで、ぴけ太‼︎


 答えるように現れたのは茶色いハムスター。

 繭を見上げたあと、冬馬先生のまわりをくるくると回りだした。ぴけ太って、ピケの名前にそっくりじゃないか。


「マユリ、ハムスターだ。ピケみたいな奴がいる」

「ほう? それは面白いな」

「それだけじゃない。マユリにそっくりな女の子、病気みたいだ」


白い肌の色と細く痩せた腕。

元気そうに見えても繭は。


 ——ハムスター? どうしてこんなものを。


 ——冬馬先生、ぴけ太は友達だってば‼︎ 絵本で見たハムスター……可愛くて飼いたくなったんだ。お母さんにいっぱいお願いして1匹だけ買ってもらえた。やりたいこと全部やろうって……僕は決めてるから。


 ——ぴけ太って、ユニークな名前をつけたんだね。


 ——ビスケットから取ったんだ。びけよりぴけのほうが可愛いから。大好きなビスケット、もうすぐ食べられなくなっちゃうな。


 繭の呟きに冬馬先生は顔を曇らせる。

 開かれたカーテンと、窓の外に見える青い空。


 ——ねぇ、冬馬先生。僕が死んでも忘れずにいてくれるよね? 先生が生きてる限り、僕は思い出の中にいる。


 ——繭ちゃん、悲しいことを言わないでくれ。


 ——冬馬先生が話してくれたこと。それは僕にいろんな夢を見せてくれた。体が治療に耐えられなくなって、家での療養になった僕。冬馬先生は優しすぎるよ、僕を気にかけて会いに来てくれるんだから。


 ——僕に出来ることは限られている。……それでも。


 ——僕は幸せだったんだなぁ。冬馬先生は僕のためにがんばってくれる。僕の1番の夢を教えようか、お母さんには内緒だよ。


 繭を見上げ首をかしげるぴけ太。

 何を教えてくれるの? とでも言うように。


 ——僕は将来、本に囲まれた世界で働くんだ。ぴけ太と一緒に、ビスケットや美味しいお茶でお客様を招待してあげる。ぴけ太にはいっぱいの友達がいて賑やかに働いてるんだ。身につけるのは外国のお洒落な服、僕にぴったりならいいな。ねぇ、冬馬先生もワクワクするでしょ? 僕の夢はみんなを幸せに出来るかな。生きられるなら……いつか叶えたかったな。


 ——繭ちゃん、夢は叶えるためにあるんだ。


 ——うん、誰かが叶えてくれるかな?


 ——僕は繭ちゃんの夢を聞いた。ぴけ太も聞いてくれてる。一緒に叶えていこう。


 ——冬馬先生ならそう言ってくれると思った。だからお話したんだよ。


 マユリと同じ顔で笑った繭。


 本に囲まれた世界と相棒のぴけ太。

 思い出の図書館とマユリとピケ。

 これって……。


 ——冬馬先生の夢は? 教えてほしいな。


 ——医者として沢山の人を救っていく。誰ひとり、僕の前で死なせはしない。


 ——そうなんだ。……ごめんね、冬馬先生。その夢はすぐには叶わない。僕はもうすぐ死んじゃうから。


 ——繭ちゃん、大丈夫だ。君は。


 ——黒い翼のお兄ちゃんが何度も夢に現れる。僕を迎えに来るんだって。


 繭を天に導いたのはリオンか。

 黄昏の慟哭でもそうだった。

 死を迎える前。リオンは何度も姿を現して、恐れから守り遠ざけていた。読む前に持っていた死神のイメージは、突然やって来て冥府へ導いていく怖いものだったのに。

 苦しみを秘めていたからこそ、リオンは優しさを持って人と向き合っていた。あるいは、絵梨奈と出会って優しさを知ったんだろうか。


 ——冬馬先生はびっくりするかな。お兄ちゃんは死神なんだよ。


 ——……死神?


 冬馬先生の顔に浮かんだ戸惑い。

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