第13話

 織天使セラフィムか。

 見張り達が黙り込むなんて、天界ここでどれだけの立場なんだろう。ゼフィータと向き合ったリリスの目は、まっすぐ彼に向けられている。


 ——神に近いってどういうこと?


 リリスの問いかけに、見張り達はざわめく。


 ——いつかあなたが神になり変わるというの? そうじゃないなら……神のそばにいることが仕事なら、離れることは許されないのではなくて?


 ——下級が‼︎ ゼフィータ様にまで無駄口を。


 ——無駄口? 面白い質問ではないか。


 ゼフィータは笑みを浮かべ興味深げにリリスを見る。

 この時のリリスにあったのは、疑問に向き合う思いだけだったのか。恐れを捨てて、見知らぬ者にまで答えを求めようとした。


 ——塔に住む者にも、そのような疑問を持たれたことはなかったな。神に近い者、誰もがその響きを受け入れ僕を崇拝し時には恐れている。君は賢く、聡明な思考の持ち主のようだ。


 ゼフィータの目が塔に向けられていく。

 知性と美貌が入り乱れたゼフィータの横顔。


 ——お前達は離れていろ。来訪者と話をしようじゃないか。


 ——ゼフィータ様、下級の話など。


 ——聞こえなかったのか? 離れていろ。


 ゼフィータに睨まれ、見張り達は顔を見合わせ離れていく。仕事を放棄するのを躊躇うように。


 ——共にいるのは死神か。君も離れてもらおう。


 ゼフィータに言われるまま、カレンはあとずさるように離れていく。彼らにとって織天使の存在は大きなものらしい。天界……こんな世界があるなんて考えもしなかった。


 ——のは塔の最上階だ。僕も含め、誰もが足を踏み入れることは許されない。


 ——神が眠ってる? どういうこと?


 ——すべてを話そう。君を騙すことは無理だろうから。


 ゼフィータの髪を揺らす風。

 リリスの緊張が僕に流れ込む。


 ——人間界では神を創造主とも呼ぶが。神と呼ばれる者、その正体は思考し創造するエネルギーに過ぎない。エネルギーの思考から宇宙が生まれ、惑星ほしが生まれていった。


 ——神は体を持たないというの? そんな……馬鹿げた話。


 ——地球は数々の偶然を重ね命を生みだした。人間や動物……植物の命に限りがあるのは、地球が進化を繰り返す惑星だからだ。エネルギーにとって地球は美しい慈しみの場所。僕達は地球を見守る者として生みだされた永遠とわに生きるおもちゃだ。


 ——おもちゃですって? 命は遊び道具じゃない、嘘を言わないで‼︎


 ——君にもわかる時が来る。僕もすぐには信じられなかった。


 ——あなたの話が本当なら、不死の命に価値はないということね。私は……私のすべてを賭けて否定するわ。そして憎む……不死の命を。


 塔に向けられていくリリスの目。

 最上階、向かったとしてもリリスに何が出来るのか。

 ゼフィータが語った神の正体、エネルギーはどんな姿をしてるんだ?


 ——あなたは知っているの? 不死の理由を。知っているなら教えてほしい。


 陽に照らされたゼフィータの灰色の髪。それは金色の翼を引き立てているように見える。


 ——語る前に彼らの無礼を詫びよう。差別と批難……酷いものだな、与えられた地位がもたらす行動は。


 ——下級と呼ばれようと私は満足しているわ。力を持たなくても自由でいられるもの。知りたいことをいくらでも学ぶことが出来る。


 ——僕は地位と力を与えられ、自由を奪われたままだ。塔に住む誰ひとり疑問を持つ者はいない。怠慢を自由と錯覚する滑稽さだ。与えられた立場は、息苦しさを感じる虚像にすぎないというのに。


 ——あなた、人間界には?


 ——行ったことはないが、エネルギーの思念を読み知ったことがある。この世界にない季節と朝と夜の巡り。人間の営みは驚くほど多彩だ。


 リリスにうながされカレンを見たゼフィータ。見られたことに驚いたのか、カレンはあとずさり顔をこわばらせる。


 ——彼女と話す中で人間に興味を持ったのよ。生き続ける私達と生きて死にゆく人間達。その違いがなんなのか。


 ——なるほど。死神の役目は魂を天に導くだけじゃない。生きる意味を取り戻す鍵、そう考えることも出来るのか。


 リリスを前にゼフィータは微笑む。

 彼は待っていたんだろうか。

 長い時の流れの中、閉ざされた思考の鍵を開けてくれる誰かを。


 ——不死の理由を話そう。僕だけが知る、エネルギーの思念を読み取り知った事実を。


 リリスは息を飲む。

 ゼフィータが語るものはなんなのか。


 ——エネルギーは慈しみと同時に憧れを持っていた。人間や動物……彼らのように体を持ち、美しい世界を駆け抜けていくことに。思考し想像し続けるエネルギーは、自分の姿を知ることが出来ない。創造し生みだした天使と死神。そのひとりひとりが、エネルギーが見続ける夢物語ということだ。僕達はエネルギーの愛すべきおもちゃ。大切なものを壊そうとは考えないだろう?


 ——あなたの話が本当なら……私達の不死は。


 ——言ったままだ。大切なものを壊そうとは考えない。きまぐれでも起こさない限り、僕達は生かされていくだろう。


 ——……そんな。


 リリスは力を無くしたように座り込む。

 血に濡れた顔と、草を毟り握られる手。 


 僕に流れ込む失望と見え隠れする人影。白衣の男ともうひとり……子供? マユリに似た顔つきだ。


 ——人間界で学んだのよ。生きる意味も苦しみも私達にはないものだった。いつかは迎える死……それでも人間は生きようとする。限りある命は眩しいものよ。


 ——僕は塔の中、ひとり考えていた。エネルギーの思念を読み取ってから始まった試練。僕が与えられたのは、崇め恐れられる者を演じる運命だ。そんなものを誰が望むものか。


 ゼフィータの目が物憂げな光を宿す。


 ——抗うことは出来ないの? 私達にはあるはずだわ、運命に牙を向く権利が。


 ——君は自由だろう? ならば、自由の中で足掻けばいい。僕が抗うことは許されない。織天使の存在理由は、天界の美しさと調和を守ることだから。僕が反旗を翻せば、天界の調和は崩れ壊れてしまうだろう。


 ゼフィータの体を包んだ真っ白な光。

 光は粒の群れとなり、ゼフィータの手の上で輝く結晶になった。


 ザクリと音を立てたリリスの体。流れ落ちる鮮血が草原を赤く染めていく。リリスに差し出された結晶。


 ——君に力を与えよう。思いのまま創造出来る力を。


 ——創造……?


 苦しげにリリスは問いかける。


 ——エネルギーは僕に万能の力を与えた。創造の力もそのひとつだ。僕のひとつだけの反抗……それは、何ひとつ創造しなかったこと。


 リリスの体へと埋め込まれていく結晶。


 ——不死を憎み抗うというなら、君が思うままに創造し続けるがいい。ひとりだけの反旗がエネルギーへの問いかけになるとは思えないが……それでも。


 流れ込むリリスの思念の中、見え隠れする男が笑う。

 穏やかな笑顔。

 それは、男と一緒に見える子供に向けられたものなのか。


 ——結晶は君と同化し思いのままの力になっていくだろう。


 霞んでいく世界。 

 痛みの中、リリスの意識は薄れていった。

 

 ——いつかまた会おう、僕と同じ思いを秘め足掻き続ける同志よ。


 背を向け離れていくゼフィータと、リリスを呼ぶカレンの叫び。

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