第12話

 ——この頃、リオンは人間界に降りてばかりだわ。リオンを惹きつける何かがあるのかしら。


 ——彼が気になるの? 何処にいるのか、何を考えてるのか。カレンの頭の中は、彼のことでいっぱいのようね。

 

 リリスは思考を巡らせる。

 リオンという死神。天界に住む者の中ひとりだけ、天使と同じ翼を与えられた者。死神の誰ひとり翼を持たず人間界に降りて行くというのに……と。


 ——カレン。彼は死神の中、異端とされているわね。神は何故、彼にだけ翼を与えたのかしら。


 ——そんなこと、誰にもわかりはしないわ。神が知らしめない限り。そうだ、リリスにだけ教えてあげる。リオンの翼はね、陽に照らされると虹色に輝くの。……私にも翼を与えてほしかった。そうしたら、彼ひとりが異端になりはしないもの。


 カレンの褐色の肌が赤みを帯びる。

 カレンは……リオンのことが。


 ——そう願うなら、神に頼めばいいわ。私の問いかけと一緒に門前払いで終わるでしょうけど。


 ——リリスってば……意地悪ね。


 リリスとカレンが向かう先は塔。そこに神がいるんだろうか。空に雲はなく、眩しい陽射しが草原を照りつける。


 ——リリス、私達は生まれた時から自由を与えられている。不死の命は無限の自由なのよ。難しいことは考えず時の流れを楽しむべきよ。


 ——そうかしら? 私達が向かう人間界、人が生きる姿は、私達よりずっと輝いて見えるけれど。 


 リリスは塔を見つめている。

 僕に流れ込む感情おもい。秘め続けた疑問と神に近づいていく躊躇いと恐れ。


 神に問いかけることは出来るのか。

 問いかけた先に……何があるのか。


 ——人を見ていると心が震えるの。カレンは感じたことはないかしら。生と死が秘める命の尊さを。私達天界の住人は、命の重みを感じられないでいる。


 ——私達は与えられた命を受け止めて生きるだけよ。それは人も同じでしょう?


 ——受け止めて……? カレンは考えないの? あなたは死神として、魂を天に導いているのに。


 カレンに向けた苛立ち。

 咳払いのあと『言いすぎたわね』と呟いたリリス。


 僕を包む天界の風。

 それは涼やかで、風が通り過ぎる草原は春を感じさせる。


 ——リリスと同じことをリオンも言っているわ。人になりたいって何度も呟いてる。そんなこと許されはしないのに。願いは叶えられないわ。


 絵梨奈と出会い、リオンがいだいた願い。

 それはリオンが見いだした生きることへの答えだろうか。


 不死を捨て、愛する者と共に生きる。

 死後残り生きる想いがあるならば。いつかの未来、また巡り逢える。何度でも生まれ変わって。


 僕が感じるのは、リリスが持ち始めたリオンへの興味だ。


 ——そう、彼は……私に似ているのね。


 流れ込むリリスの思考、その中に見え隠れするものがある。白衣に身を包む若い男。誰なんだ? この男は。

 それに、肩に乗ってるのはハムスター? 茶色の毛……ピケにそっくりじゃないか。


「マユリ、白衣の男が見えるんだ。この格好、医者だと思うんだけど。リリスには人との繋がりが?」

「さぁ、私は言った。リリスは自分のことを語らないと。白衣の男など、私は初耳だ」

「……そっか」


 リリスと白衣の男、天使と人にどんな繋がりがあるんだろう。



 塔の前、足を止めたリリスの緊張が僕に流れ込む。リリスに見えるのは、塔の前に立つ数人の見張り達だ。


 ——なんだお前達は。力を持たない下級天使と横にいるのは死神か? ここはお前達が来る所ではないぞ‼︎


 見張りの怒号が草原に響く。

 下級天使?

 力を持たないってどういうことだ?

 リリスは創造の力を持っているはずなのに。創造の力が霧島さんを生んだ。


 ——用もないのに来はしないでしょう? 神に会いに来たのよ。


 笑いだした見張り達を前に顔をこわばらせたカレン。なんなんだこいつら、リリスを蔑むように笑うなんて。


 ——立場をわきまえろ下級が‼︎ お前のような者に神が会うはずがなかろう。死神の女、こいつを連れて戻るがいい。


 ——下級で悪かったわね‼︎


 リリスは叫んだ。

 流れ込んでくる怒りと悔しさ。


 ——生きることに立場は関係ない。だからこそ知りたいの。私達が生き続ける意味を。


 ——死神にでも聞け‼︎ お前など構う価値もない、我々の邪魔をするな‼︎


 ——邪魔なのはあなた達よ‼︎


 ——なんだと‼︎ 屑が罰せられたいか‼︎


 リリスに殴りかかった見張り達。抗う隙を与えず、次々と殴り蹴り飛ばす。血を流し、倒れたリリスを囲い見張り達は笑った。


 血で濡れていく草原。

 なんて奴らだ、力任せにリリスを。


 ——リリス、大丈夫?


 見張り達をかき分け、近づいたカレン。


 ——立てる? あなた達なんてことを。


 ——大きな声を出さないで……カレン。私は騒ぎを起こしに来たんじゃない。神と話すために来たのよ。


 リリスが体を起こし、赤く濡れた草原が見えなくなっていく。リリスが見るのは見張り達。


 ——与えられた見張りという役目。外の世界を知らないあなた達は視野が狭いままね。


 ——なんだとっ‼︎ 我々を侮辱するか‼︎


 ——下級でも私は自由の中にいる。人間界に降り見たいものを見れるの。学び知ることが思いのままよ。


 ——この、減らぬ口を。


 ——お前達、何を騒いでいる。


 背後からの声に、見張り達の顔がこわばっていく。

 見張り達の隙間から近づいてくる人影が見える。灰色の髪と金色の翼。緑色の目はまっすぐにリリスに向けられている。


 ——ゼフィータ様、何故ここに。


 見張り達の声は震えている。


「リリス、動ける? 戻りましょう、ゼフィータ様が現れた」

「ゼフィータ? 何者なの?」

「彼は織天使セラフィム、神に近い立場にいる」

「神に……近い?」


 ドクンッ


 リリスの鼓動が聞こえた気がした。

 神に近い者、それが近づいてくることへの昂ぶり。


「彼の逆鱗に触れたらどうなるかわからない。地下牢の……氷に閉ざされたら2度と出られなくなる」


 カレンの静止を振り切り、リリスは立ち上がり近づいていく。ゼフィータ、織天使と呼ばれた男へと。


 ——何してるのリリス、戻って‼︎


 ——愚か者が‼︎ 下級がゼフィータ様に気安く。


 ——お前達に聞いた。『何を騒いでいる』と。


 ゼフィータの冷ややかな声は、見張り達の呻きにもならない声を吐きださせる。『かっ下級の分際で』とリリスを指さした男。


 ——神と話すなどと。ここから離れるよう説得していた所です。


『そうです』と別の男が声を上げた。  


 ——ゼフィータ様は気になさらず。我々が罰を与えましょう。


 ——殴ることが説得か、軽々しく罰などと。美しい調和の世界を血で汚すなど。愚か者が。


 ゼフィータの声は見張り達を黙らせ、思い沈黙が彼らを支配する。




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