開かれるオモイデの扉

都筑颯太視点

第11話

 思い出の図書館。 

 ここは相変わらずのハムスター達の大騒ぎの場だ。

 ピケの騒っぷりが不安を呼び寄せる。頼んだ思い出帳はちゃんと手元に届くのか。


「マユリ様が崩したマカロンタワー。直すのはいつもボク達でチュウ。たまにはマユリ様が自分で」

「誰が直せと?」

「うわあぁぁっ‼︎ マッマユリ様‼︎ ……あれ?」


 慌てふためくピケの顔でズレ落ちた眼鏡。


「マユリ様は何処でチュウ?」

「僕が真似た。マユリはいないよ」

「ひどいでチュウッ‼︎ ボク達はお仕事がんばってるのに‼︎」


 ワンッ‼︎

 ワンッ‼︎


「ワンちゃんはこんなに優しいのに‼︎ お客様はなんて意地が悪いでチュウ‼︎」


 プンスカ怒りながらも、ピケはハムスター達とマカロンタワーの整理を続ける。ミルクティーを飲み、ケーキを食べる僕を見ているチビ。


 手紙を出してから音沙汰なく過ぎていく日々。

 読んでもらえてるのかな。

 霧島と夢道さん、それに……彼。


「まったく」


 不安になる僕をよそにみんなはいつもどおり過ごしている。昼休みになるとお喋りで盛り上がる三上と坂井。スマホチェックを欠かさない野田。


 一昨日の放課後、坂井に声をかけて返ってきた答え。


 ——手紙が送り返されないだけいいでしょ? 返事を待ってるうちになんとかしてよ、鈍すぎ君を。


 鈍すぎ。

 坂井が言いたいのは三上のことか。


 ——この頃、颯太君といっぱい話せてる。


 オモイデ屋から出たあとの帰り道、三上が言っていたこと。あの日から、三上が話しかけてくるのは坂井と一緒にいる時だけだ。話してる時三上が見せるぎこちなささ。僕が知る親しげな態度とは違う気がする。

 もしも……僕を意識してのことだとしたら。


「僕を……本当に?」


 不器用で人を遠ざけようとしてた僕。

 何に惹かれ三上は想ってくれるのか。


 三上はいい子だと思う。

 だけど僕の中には……


「ああっ‼︎ またでチュウッ‼︎」


 ピケの大声と崩れ落ちるマカロンタワー。テーブルに転がるマカロンと逃げ回るハムスター達。この世界の住人は僕を振り回すのが得意らしい。

 まさかとは思うけど、ここに来る誰もが振り回されるのか?


「ピケ、僕を笑わせたいの?」

「違うでチュウッ‼︎ はっ早く直さないとマユリ様に怒ら」

「お前達は、客人の前で何をしているっ‼︎」


 怒鳴り声が響き、ピケを残し逃げだしたハムスター達。

 マユリが近づいてくる。

 今日は白い貴族服か。僕と向き合い座ったマユリ、散らかるマカロンを見るなり『やれやれ』と呟いた。


「マユリ様、ごめんなさいでチュウ」

「もういい。それよりピケ、客人の探しものはまだ届かないのか?」

「はいでチュウ」

「すまないな、客人。随分と時間がかかっているようだが」

「いいよ。知るのは怖い気もするんだ。頼んだのは……リリスの思い出だから」

「ほう?」


 マユリの目が興味深げに輝いた。


「マユリは言ったじゃないか。僕はリリスのゲームの駒に選ばれたって。リリスが何を考えてるか知ることが出来ればと思ってさ」

「なるほど、思い出から探ろうという訳か」


 マユリはうなづきながらマカロンタワーを積み上げていく。少しだけは崩した罪悪感があるんだろうか。


 夢道さんへの手紙。

 書いたのは黄昏の慟哭を何度も読んだこと。

 それとノートを手に入れた日、僕と霧島さんがすれ違っていたこと。それ以上のことは書けなかった。

 リオンとリリスのこと、絵梨奈が本当にいたこと。それに霧島さんが存在する理由、僕から踏み込む訳にはいかないから。

 僕に出来たのは、精一杯の笑みを浮かべ撮った写真を送ることだった。


「リリスの思い出、私も興味があるな。噂に聞く限りでは、リリスは自分のことを語ろうとしない」

「マユリは知ってるのか? リリスが作りだしたものや世界のこと」

「いくつかは知っている。ここに来た者達から聞くだけのことは」


 マユリがマカロンを齧り、流れてくる甘い匂い。つられて手を伸ばしマカロンを取る。タワーを崩さないよう気をつけながら。


「マユリは行きたいと思わないのか? 他の世界には」

「出れる訳がなかろう。私がいなくなってみろ、この世界はめちゃくちゃになる。そうだろう? ピケ」

「ボッボクがめちゃくちゃにするでチュウ?」

「ふむ、わかってるならいい」


 ピケの落胆とズリ落ちた眼鏡。かけ直しながら『ボクはがんばってるでチュウ』とぽつり。


『フフッ』と笑うマユリを見て思う。

 大切な場所と仲間達。

 厳しくしながらもほおってはおけないんだな。怒られそうだし、こんなこと口が避けても言えないけど。


「お客様。依頼のもの、見つかったみたいでチュウ‼︎」


 ピケの大声と思い出帳を運んでくるハムスター達。

 1匹がずっこけて床に落ちた思い出張。あの中にリリスの思い出が。


「まったく、世話の焼ける奴らだ」


 立ち上がり、ハムスター達に近づいていくマユリ。僕から離れマユリを追いかけるチビ。友達が心配なんだな、チビってば。


 思い出張を手にマユリが僕に微笑む。

 僕の中を巡る緊張と不安。


「マユリ、リリスは僕達を見てるんじゃないのか? もしここに……リリスが来たら」

「ここは私とハムスター達の世界だ。誰が来ようと恐れることはない。安心したまえ」


 何を根拠にした安心なんだろう。だけど不思議だな、マユリの不敵な笑みは何にも負けない気がするんだ。子供の姿で上から目線のくせに……変な奴。


 マユリから渡されたリリスの思い出帳。震える手でめくり見える見知らぬ文字。何処かの国の壁画に書かれているような。


「なんだこれ、こんなの読めないよ」

「読もうとせず感じ取れ。記されたものが何を見せようとしているのか」

「そんな、難しいこと」

「難しくはないさ。世界にあるもの全て、単純なものではないか」


 単純か。

 簡単に言い切るなよ。


 開かれたページをなぞりながら目を閉じた。

 自分で呼び寄せた闇。マユリが言うように感じ取るものがあるのか。わからないけどそれでも。


 脳裏に浮かぶリリスの残像。

 霧島さんと同じ顔に浮かんだ笑み。




 闇の中、感じ始めたものがある。

 僕を包む涼やかな風。

 崩れだした闇、見えてきた見知らぬ光景。

 虹色に輝く空と緑の草原。草原の中遠くに見える真っ白な塔。空を突き破りそうな途方もない高さだ。


「何処なんだ……ここ」

「客人、見えるものはなんだ?」

「塔が見える。あとは空と草原」

「おそらくは天界。天使と死神が住む世界だろう」


 天界。

 いつかの過去、リリスが見ていたものだろうか。


 ——リリス、神様に問いかけようとしても門前払いで終わりよ? 私達は与えられたものを変えることは出来ない。


 女の声が聞こえる。

 見えてきたのは褐色の肌の女。髪、身に纏う衣、すべてが鮮やかな赤色だ。


 ——無理だと思うなら私から離れて。カレン、変だと思わない? 私達は何故生き続けなければいけないのか。生きることを否定する訳じゃない。命の重みを感じるからこその疑問なの。天使と死神……何故、私達は不死の命を与えられたのか。


 ——神様には考えがあるのよ。それよりもリリス、リオンがまだ戻らないわ。人間界から。


 カレンと呼ばれた女の物憂げな顔。


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