第10話

 女の子の幻が可愛らしく笑っている。

 オルゴールを通して僕達が見えてるのかな。


「家から出された時、ボクは捨てられるんだと思った。寂しかったよ。ここに来てからずっと悲しい気持ちでいっぱいだった。……でも、お爺さんはボクの幸せを願ってくれるの。お兄さんはボクを綺麗に磨いてくれる。それにね、1度だけパパとママが見に来てくれたんだ。女の子が大事にしてたボクを……捨てたくなかったんだよ」


 一瞬、女の子のそばに浮かび見えたふたつの影。

 女の子を包む優しい光、あれは両親が注ぐ愛情なのか。


「ボクが家にいたら女の子が泣いちゃう。何処かに隠したら、見つけてまた泣いちゃうの。だからボクをここに連れてきたんだ。いつかまた、女の子に会えるかな? 女の子が大きくなったら……泣かなくなったら……きっと」


 女の子が口ずさむ、オルゴールと同じメロディーを。

 そうだったらいいな、両親がオルゴールを買い取って女の子とまた会える。そんな未来が……あればいいな。


「ボクは今幸せなんだ、お爺さんとお兄さんがいるお店。ここにいられて、とっても幸せなんだよ‼︎」


 僕のそばで風丸を抱き上げた兄貴。

 ずぶ濡れになった兄貴の腕の中で、風丸は安心したように目を閉じた。思いだしたのかな、ダンボールに入れられ捨てられた悲しみを。

 時雨さんに助けられ、知り始めた幸せ何今日に繋がっている。


「ねぇ、お爺さんに伝えてね。ボクは今とっても幸せだって。お爺さんが大好きだよって……約束だよ」


 約束するよ、ちゃんと時雨さんに伝える。

 ネックレスの力、すぐには信じてもらえなくても。信じてもらえるよう……ちゃんと伝えるよ。


「ありがとう、ボクの話を聞いてくれて。今度は君の話を聞かせてね」


 僕達を濡らした水が消えていく。

 着慣れた服の軽さと乾いた木張りの床。


「颯太、ありがとな」

「何が?」

「今起きた事、ここでやってきたことが報われた気がする」

「お礼ならリリスにすれば? 今のはネックレスが」

「そうだった、お前を困らせる天使のおかげだな」


 なんのためにネックレスが作られたのか。

 わからないけど今はそれでいい。いつかはきっとわかる時が来るんだから。


「……兄貴、いいバイト先見つけたね」


 和室から響く笑い声。

 にこやかに笑う時雨さんが思い浮かぶ。


「時雨さんから聞いてる? なんでオモイデ屋を始めたのか」

「何も、これからも聞くつもりはないな。気になるなら颯太から聞いてみろよ」

「聞かない。時雨さんがいて、オモイデ屋があればそれでいいんだ」


 思い出と共に導かれる未来。

 何が待ってるかわからないけど、望み描くものに寄り添うものが見つかるはずだ。


 目には見えない道標が。


「手紙書かなきゃ。自分のことどう書けばいいかわからなかったけど。オルゴールの話を聞いて思うままでいいって思えてきた。考えてることややってみたいこと。落ち着いて書かなきゃね、便箋を無駄にしたら怒られる」

「1枚くらいみんな無駄にしてるって。腹が減ったな、茶菓子を持ってきてくれよ」


 兄貴の要望に、風丸の耳がピクリと反応した。




 戻った僕に時雨さんが笑いかける。

 ひび割れた眼鏡の奥に見える温かい光。


「颯太君にも聞こえたか? 野田君が切りだした話から笑いが絶えなくてね。なんだったかな、最初の雑学は」

「店主さんったら。ゴリラはゲップで挨拶をする……ですよ。そうだよね、理佐」


 微笑む坂井の横で、野田はスマホ操作に没頭する。

 音は聞こえない。

 何かのサイトを見てるのか、面白いものを探そうとして。三上が見てるのは、僕が手にした黄昏の慟哭。


「颯太君、本が好きなの?」

「好きってほどじゃないけど、これだけは何度も読んでるんだ」


 皿の上に残る何個かの茶菓子。

 兄貴に持っていくの柏餅にしよう。


「私も読んでみようかな」


 柏餅を手にしながら聞いた三上の呟き。

 脳裏に浮かぶ霧島さんとリリスの残像。









 黄昏時、冷たい風が僕を包む。

 隣を歩くのは三上。

 オモイデ屋から出るなり、坂井はすぐに離れていった。野田の手を引いて。

『早く来て‼︎』と大騒ぎだったけど、野田を連れだす用事ってなんだ?


「手紙、霧島君が読んでくれるといいね。颯太君が撮った写真……私、変に写ってないか心配だな」


 賑わい、活気に満ちた商店街の中。

 風に流れる揚げ物の匂い、三上の惣菜屋が見えてきた。


「そうだ、メンチカツ」


 僕の呟きに三上が足を止める。


「颯太君、買っててくれるの?」

「約束だからな、自分で買って食べること。ごめん、唐揚げのこと何も言えてなくて」

「いいよ、メンチカツを食べてくれるなら。……嬉しいな」


 三上を照らす黄昏の光。

 僕に向けられたはにかむような笑顔。


「この頃、颯太君といっぱい話せてる」

「……え?」


 気のせいか?

 三上の顔が赤いように見えるのは。


 名前で呼ぶ男子は僕以外にいない。

 僕に向けられる親しげな態度。

 野田を連れ、僕と三上を残した坂井。

 これって……もしかして。


 ——馬鹿だなぁ、颯太が鈍すぎるんだよ。


 坂井が来た日、三上のことで笑っていた兄貴。


 ——私も読んでみようかな。


 黄昏の慟哭を見て呟いた三上。



 ……まさかな。


 そんなことあるはずない。

 三上にとって僕は話しやすい男の子。ただ……それだけのことだ。


「颯太君? 颯太君ってば」

「ごめん、メンチカツ。いくつ買おうか考えてた」

「お兄さんの分も?」

「うっ……うん。あと両親のも」

「今日の晩御飯で食べてくれるんだ。ちょっと待ってて。揚げたて、お母さんに頼んでくる」


 駆けだした三上の、風に揺れる髪。


 そう、そんなことあるはずないんだ。

 三上にとって僕は……親しいだけのクラスメイト。


 そうに……決まってる。







 次章〈幕間・夢道美結を巡る願いと記憶のモノガタリ〉

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