第八話
考えてみれば、手紙を書くのは初めてのことだ。
誰かへのメッセージ。
書いたのは、中学校を卒業する時の色紙くらいだ。これから先、手紙を書くことがあるだろうか。
「兄貴、工夫ってどういうこと?」
「興味を引くってことだよ。学校においでよ、仲良くしよう、これだけじゃ説得力がないと思わないか? 読んで親しみが感じられるもの。たとえば……そうだな、自分が好きなものやクラスメイトのこと」
三上は話しやすくて、野田はゲームオタクってとこか。僕のことは……なんて書けばいいんだ? 伝えたいことなんて何も浮かばない。
「大事なことを忘れるなよ? 霧島邸に入れてもらわなきゃなんにもならないからな」
「だから夢道さんへの手紙が大事なんじゃない。都筑君がどれだけお屋敷に入れてほしいのか、熱く語ってもらわないとね」
「語るのは坂井だろ? 手紙を書くって言いだしたんだから」
「私は霧島君に宛てて書くだけよ。都筑君は霧島君を気にかけて、作者にも会いたがってる。私とは熱量が全然違うじゃない」
「そんな屁理屈……野田じゃあるまいし」
「ちょっと、なんで野田君が出てくるのよ‼︎」
『落ち着いて、ふたりとも』と母さん。
「颯太のことだ、ひとりで書こうとしても進まないだろうな。オモイデ屋に来いよ、話し合いながら書いていけばいい」
オモイデ屋か。
静かなお店だし、落ち着いて書ける気がする。時雨さんはいつでも来いって言ってくれたんだし。
それにネックレス。
物が秘める思い出を、どんなふうに知ることが出来るのか。オモイデ屋なら試せそうな気がする。
「坂井、今度の日曜日商店街に来れないか? オモイデ屋……兄貴のバイト先で手紙を」
「それ、理沙も呼んでいいの?」
「三上が来たいなら。都合があるだろうし無理には誘わないよ」
「理沙が来ない訳ないでしょ? ほんっとに鈍いんだからっ‼︎」
坂井の大声に『やれやれ』と兄貴は笑う。
三上のことで坂井が怒るのなんでだろう。女が考えることは難しいな。
「野田を呼んでもいいか? 来るかどうかはわからないけど」
「調査がどうとか言わないのが条件。お屋敷に入れてもらっても、妙なことをされたら元も子もないんだからね?」
立ち上がり、母さんに頭を下げた坂井。
背を伸ばすなり『ふう』と息を吐きだした。
「話は終わったし学校に戻らなきゃ。明日は学校に来るんでしょ? 手紙のこと、都筑君から理沙に言っといてよ。私は手紙に書くこと考えるから」
夢のような状況が妙な現実味を帯びていく。
霧島さんに会える……その時が近づいているような。
霧島貴音。
憧れていた黄昏の慟哭の作者。
会いたいってどれだけ願ったことか。叶わないはずの夢が叶おうとしている。
ひとりの死神を巡る奇妙な偶然を繰り返しながら。
「すみません、突然お邪魔しちゃって。お見舞いのはずなのに……私だけが飲み物を」
「いいんだよ、坂井さん。颯太にも母さんにも気持ちは伝わってるから」
照れ臭そうに坂井は笑う。
僕と話す中見せる強気が嘘みたいだな。学級委員長の顔が見せる強さと女の子の謙虚さか。
坂井がいなくなった静けさの中、母さんの鼻歌が心地よく響く。クラスの中誰かが言ってたっけ。女の子が遊びに来るのを母親が楽しみにしてるって。僕ら兄弟を育てる中、母さんにも想像する時があるのかな。家族に女の子がいる日々を。
「兄貴、さっき笑ってたのなんで? 三上のことで」
「うん? そのうちわかるんじゃないか? 僕は三上さんを応援するよ」
「なんだよそれ、意地が悪いな」
「馬鹿だなぁ、颯太が鈍すぎるんだよ」
日曜日。
みんなで書くふたつの手紙。
それは……僕を何処へ導くだろう。
***
夢を媒介に向かう思い出の図書館。
チビと遊びながら考える。夢道さんへの手紙で霧島さんに触れるべきなのか。触れたとしても書けることは限られている。作者への読者からのメッセージ、それ以上に何が書けるだろう。
彼が秘める不死の命、こんなこと絶対に書けない。
霧島への手紙にも何をどう書けばいいのか。
「どうした? 元気がないな、客人」
「考え事、手紙を書くことになってさ」
『ふむ』とうなづきながら、マユリはフルーツパイを齧る。今日の貴族服は鮮やかな紫色だ。
「私は書いたことはないが、悩むほど難しいものなのか? 伝えるべきことを記す、それだけのことと思うが」
あっさりしてるんだなマユリは。
落ち着きすぎてるというか。
リリスはどうしてマユリを子供の姿で生みだしたんだろう。ハムスター集団もそうだ、マユリのそばにいさせる理由はなんなのか。マユリは知ってるのかな、自分が生みだされた理由を。
「客人、何故黙っている」
「……伝えたいことを、書けるだけのことを書く。簡単に出来ればどんなにいいか」
「事情は知らないが複雑なものだな、人間というものは」
「そう、複雑なんだ。色々とね」
ミルクティーを飲みながら眺めるマカロンタワー。
食べてみようと思うものの下手な取り方で崩しでもしたら。マユリを怒らせるのは面倒だ。
「ピケ、ひとつ頼んでいいか?」
「なんでチュウ? お客様」
「マカロン、ピケのお勧めを取ってくれないか? 食べてみたいんだ」
「いいでチュウ。ボクが好きなのは」
「ピケ、やめておけ」
「はいでチュウ?」
ピケは手を止めて首を傾げる。
ズレ落ちたピケの眼鏡と、冷めた顔で僕を見るマユリ。
「客人の巧妙な作戦だ。マカロンタワーを崩せば私が黙ってないと」
「そっそうなんでチュウ⁉︎」
鋭いなマユリは。
これ女の勘ってやつなのか?
「マユリ様。もしも……ボクが崩したら」
「ふむ、おやつを減らそうか」
「そっそれは駄目でチュウッ‼︎」
僕から離れチビに飛び乗ったピケ。
「なんてお客様でチュウッ‼︎ ボクが失敗しても食べられると思って‼︎ 食べたいなら自分で取るでチュウッ‼︎」
ワンッ‼︎
ワンッ‼︎
チビが大声で鳴いた。
ピケの味方をしてるのか? 何事かとハムスター集団も集まってくる。まいったな、僕が悪者みたいな状況じゃないか。
「どうだ、少しは気が紛れたか? 客人」
「……悩んでもしょうがないよな。決まったことなんだし、出来るだけのことをしなきゃ」
まずは落ち着こう。
考えるんだ、書くべきこと、伝えるべきものはなんなのかを。
***
日曜日。
いつもなら静かなはずの店の中にいる。
坂井と待ち合わせたのは三上の惣菜屋。
三上と坂井、ふたりを連れてオモイデ屋に訪れた僕。野田はひとり、スマホで場所を調べながら来てくれた。
——日曜日の午後か。大型アップデートでゲーム出来ないんだよな。まぁ、暇つぶしに行ってあげるよ。
ゲームを口実に、野田は手紙を書くことに賛同した。
目的とする霧島邸の調査、それについては口にしないこと。坂井から出された条件には不服そうだったけど。
——夏美、猫ちゃん招き猫みたい。
兄貴の肩に乗る風丸を見て声を弾ませた三上。風丸の何が招き猫かと思ったけど。
三上が言うには、風丸は前足で頭を撫でるような仕草をしたらしい。兄貴から離れず『ニャァ〜』と鳴いた風丸。3人で店に入ったら驚いて隠れると思ってた。
兄貴、風丸に言ってたのかな。『颯太が友達を連れて来るぞ』って。風丸が僕達を待っててくれたなら嬉しいな。
風丸のことチビに教えなきゃ。
僕の話を喜んでくれる、なんだかそんな気がするんだ。
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