オモイデの道標

第7話

 何もかもを話した。倒れた理由をきっかけにして。驚いたのは兄貴が高校生の頃、同級生の何人かが黄昏の慟哭を読んでいたこと。


「天使と死神か。ノートをきっかけに大変なことになってるな」

「僕もまだ信じられない。だけど天使は現れた」

「翼から生みだされた不死の人間か。霧島貴音……惜しいことしたな」

「何が?」

「お使いだよ。大福を買いに行ってなければ僕がノートを買い取ってた。会えてたんだよな、霧島貴音にさ」

「兄貴、もしかして面白がってる? 他人事だと思って」

「違う違う。話に聞くだけじゃ実感がわかないからな。眼帯と傷痕って言われても、実際に会ってみないとさ」

「颯太、ちょっといいかしら?」


 ドアをノックする音と母さんの声。


「お客様が来たの。颯太と話したいって」

「話? ……誰が来たの?」

「同じクラスの子よ、学級委員長ですって」

「坂井か、なんだろう話って」


 驚いたな、坂井が来るなんて考えもしなかった。


「母さん、入ってもらいなよ。いいよな? 颯太」

「うん、すぐ行くって坂井に言っといてよ」


 ノートを手に入れてから次々と。

 リリス、マユリ達と会った次は坂井の訪問か。


「ごめん、兄貴と話してるのに」

「気にするなよ。学級委員長か……颯太に相談ごとか?」

「僕が頼られるように見える? 違うと思うけどな」


 微かな緊張に包まれながら、兄貴と一緒に部屋を出る。母さんと兄貴がいるだけですごく心強い。


「都筑君大丈夫なの? 顔色は悪くなさそうだけど」

「うん。調子が悪くなったの、昨日の夕方だから」

「そう、ならいいけど」


 兄貴を見て頭を下げた坂井。

 紺色の制服を引き立てる赤色の座布団、カバンのそばに置かれたビニール袋。何本かのペットボトルが見える。


「坂井はどうしてここに?」

「話したいってお母様に言ったでしょ? 突然休むなんてびっくりさせないでよね。理沙が心配してる」

「三上が? なんで?」

「もう、鈍すぎるのよ」


 呆れる坂井と『ぷっ』と吹きだした兄貴。『これ』とテーブルに置かれたビニール袋。


「都筑君の好みがわからないからいくつか買ってきたの。好きなもの飲んでよ」

「そんな、気を使わなくていいのに」

「来させてもらうんだし、礼儀は大事でしょ? スーパーの特売……じゃないっ‼︎ 高いものじゃないから気にしないで。よかったら、お母様とお兄様も。……私は、これを」


 坂井が遠慮がちに取り出したのはストロベリーソーダ。蓋を開けるなり『ふう』と坂井は息を吐く。


「私が話したいのは霧島君のこと。都筑君の考えを聞かせてくれたらなと思って。学校に来てほしいと思ってる?」


 霧島のことで来たのか。

 坂井はずっと気にかけてるんだな。学級委員長ともなると、クラスのことを色々考えなきゃいけない。

 僕には絶対に無理だ。


「昨日の昼休み、野田君を呼び出したでしょ? 理沙と話してたんだ、都筑君が誰かを呼びだすの珍しいねって。霧島君のことを話してたんじゃない?」

「そうだけど、坂井は返事した? 野田の提案に」

「する訳ないでしょ? くだらない」


 言い切るなりジュースを飲み干した坂井。


「霧島君のこと、野田君と何を話そうと自由よ。でも教室で余計なことは言わないでほしいの。霧島君が来れるようになるまで騒ぎを起こしたくないもの。ここに来るにも言い訳を考えるの大変だったんだから。理沙を悩ませないようにね」


 三上が悩むってなんでだろう。

 さっきからやたらと三上の名前が出てくるの気のせいか? 


 それよりも野田の提案、坂井は無視するんだな。霧島のことを考えるなら、なんらかの行動をしなきゃいけないのに。


「その目、私をやな奴だと思ってる? 言っとくけど、私はとっくに行動してるのよ」


 坂井が取り出した数枚の写真。

 住宅地と林道。

 外国の風景を思わせる閉ざされた門と広い庭を囲う柵。庭の奥に見える古ぼけた屋敷。

 これってもしかして。


「……霧島邸」


 僕の呟きにうなづいた坂井。


「霧島君のこと、先生から色々聞いているの。彼は人と接することを怖がっているみたい。どんな事情か知らないけど、お屋敷に引き取られたみたいだし。……先週と一昨日の日曜日、先生と一緒にお屋敷に行ったのよ。ちょっとでも霧島君と話せたらと思って。門前払いで終わったけどね」


 2回も霧島邸に行ってるのか。

 坂井ってば凄い行動力だ。


「人と接したがらないのは、お屋敷の主人も同じみたい。どの召使いも『会えません』って言うだけだし……こんなんじゃ話にもならないでしょ?」


 主人って霧島さんのことか?

 そうだとしたら。

 人と関わろうとしないのは、不死の事実を誰にも知られたくないからか。


「主人も召使い達も……霧島君のことを考えてるのはわかるけど。私も考えてるから話そうと思うのに」


 坂井は苛立たしげに眉をひそめる。

 手が伸ばされた2本目のペットボトル。今度はオレンジジュース……坂井の好みは果物系か。


「ちょっと都筑君、遠慮しないで飲んでくれる? 私だけ飲んでて馬鹿みたいじゃない。都筑君への見舞いに買ってきたんだからね?」


 吹きだすように笑う兄貴の横で手を伸ばす。選んだのはミルクたっぷりのカフェオレ、残った烏龍茶は兄貴に取っておこう。


「次の訪問はどうしようか先生と話し合ってる所なの。霧島君は私達の学校を選んでくれたんだし、なんとか話せればいいんだけどな」

「君、坂井さんでいいかな? 何かなかったの? 話のきっかけを作るアイデアは」

「アイデア……ですか」

「と言っても、難しいよな。召使いのひとりを味方につける……なんてさ」


 兄貴を見ながら坂井は黙り込む。

 並べられた写真をなぞる兄貴の指。沈黙の中『あっ』と声を上げた坂井。


「庭の手入れをしてた召使い、夢道さんって呼ばれてた。珍しい名字だなって印象に残ってたの。楽しそうに笑ってて可愛い人だったなぁ。その人なら話しやすいと思う」


 夢道さんか。

 話せればなんとかなるかもしれないな。


「坂井、どうすれば夢道さんと話せると思う?」

「そうね。お屋敷に行ったとして、夢道さんが応対してくれたら。とはいえ……夢道さんが主人に忠実なら、結局は霧島君に会えないと思う。私達にはどうすることも出来ないのかも」


 坂井の顔に浮かぶ明らかな落胆。怒ったり落ち込んだりわかりやすいな。


「都筑君が霧島君のこと考えてるのはどうして? クラスのみんなは気にかけてないじゃない。お屋敷の調査なんて言ってる、野田君に感化されたんじゃないでしょうね」

「違うよ。違うけど……調べようとしてるのは同じだ」

「はぁ? 何よそれ」


 坂井の大声に『まぁまぁ』と兄貴。


「落ち着いてよ、坂井さん。霧島邸に颯太が好きな作者がいるかもしれなくてね」

「なるほど、そういうことですか」


 オレンジジュースを飲み、坂井はひと呼吸。


「都筑君、作者さんに会ってみたいんだ。霧島君のことを考える理由にしてはズレてる気がするけど? 自慢じゃないけど私、漫画家さんに手紙を書いて返事をもらったことがあるのよね。少年漫画を描いてる人なんだけど……そうだ‼︎」


 何かを思いついたのか、坂井は声を弾ませる。


「手紙を書いてみようよ、霧島君と夢道さんに。先生に聞けば住所はわかるんだし。私ってば、こんな簡単なことなんで気づかなかったんだろ」


 手紙か。

 確かにいいアイデアだけど。


「手紙を書くの霧島だけでいいと思う。知らない奴の手紙なんて、夢道さんは読まないと思うけど」

「何言ってんのよ。霧島君だって私達のこと知らないし、すぐには読んでくれないよ? 臆病な霧島君より、夢道さんのほうがすぐに読んでくれるってば‼︎」

「それは……どうだろう」

「颯太。手紙を書くなら、読んでもらえる工夫が大事だぞ?」

「工夫って?」


 手紙を読んでもらうため。

 そのために出来ることって……なんだ?

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