第六話
体がこわばるのを感じる。
なんなんだよ、妙なことが次々と。
「マユリは知ってるのか? リリスのこと」
「よく知っている。私の生みの親、とでも言えばいいか」
脳裏に浮かぶ霧島さんの残像。
マユリもなのか?
リリスが生みだした不死の……
「どういうことだよ、それ」
「言ったままだ。私とハムスター達は命と体を与えられた。この世界もそう、私達と共に作られたものだ。随分と長い時が過ぎた気がするが」
不死の存在と思い出が集まった場所か。
何を考えてるんだリリスは。ネックレスといい、そうだ……知らなきゃいけない。ネックレスが持つ力のことを。
「マユリは知ってるのか? ……ネックレスのこと」
「リリスから聞かされている。客人に伝えるようにと」
何かを掴むように動くマユリの手。
おそらくは何か、食べるものが置かれている。飲んでいるのはミルクティー。……となると甘い菓子が並んでるのか?
「込められたものを教えよう。ひとつは夢を媒介にこの世界に来る力。もうひとつは、物が秘める思い出を知る力だ」
「物が秘める……思い出か」
僕の中を巡る熱さはなんだろう。
物には語るべき言葉なんてない。だけど秘められた思い出は確かに存在する。
オモイデ屋に並ぶ商品や霧島さんのノート。
マユリが言うことが本当なら、知りたかったことを知ることが出来る。リオンと絵梨奈の
「ネックレス、どうして僕に?」
「リリスにとっては、暇つぶしのようなものだろう。長い時の巡りは、リリスにとって退屈なものでしかないからな。客人はお遊びの駒として選ばれたという訳だ」
「……それって」
霧島さんのこと、僕が気にしているからか?
「おそらくは、人間に興味を持っている。好奇心がリリスを動かしているのだと思う。原動力は、自身が与えられた不死への憎しみか」
「マユリ様、リリス様の話はやめるでチュウ‼︎ 悪口だと思われたら」
「何を怖がっている。私は本当のことしか言っていない」
ピケを抱き上げ、マユリは笑った。
随分と強気だな、怖いものが何もないように。マユリの手の中でピケは震えている。
僕もそうだ、リリスを前に震えていた。
あの時僕を覆った冷たさ。凍え、固まっていくのを感じながら気を失ったんだ。
「リリスが怖くないのか?」
「何を恐れることがある? 私には失うものは何ひとつない」
「ピケは震えてる。リリスを怒らせでもしたら」
「この世界ごと消されると? 私達はただの作り物だ。痛みも苦しみも感じはしないだろう」
「マユリ様が消えるのは嫌でチュウ。ボク達も……消えたくはないでチュウ」
寂しげに呟いたピケ。
ワンッ‼︎
ワンッ‼︎
「ワンちゃん、ボクを励ましてくれるんでチュウ?」
ワンッ‼︎
ワンッ‼︎
ピケの問いに答えるように鳴いたチビと、マユリから離れチビの頭に飛び乗ったピケ。
ピケを乗せたままチビは歩き始めた。ピケを元気づけようとしてるのか、兄貴の優しさがしっかりと伝わってるんだな。
チビのこと兄貴に教えなきゃ。
リリスのことやこの世界のことも。そうだ、肝心なこと聞き忘れてた。
「あのさ、ひとつ聞きたいんだけど」
「ふむ」
「この世界に来るには夢を媒介とするんだろ? 見た夢を覚えていられないし、ここでのことも忘れちゃうと思う。チビのこと……兄貴に話したいんだけどな」
「リリスも私も、忘れさせるほど馬鹿ではない。何度でも訪れて、得たものを今後に生かしていくがいい」
ワンッ‼︎
ワンッ‼︎
「みんな駄目でチュウ‼︎ ワンちゃんに乗るのは順番なんでチュウ」
チビの鳴き声とピケの鳴き声が響く。
振り向くとチビがハムスター集団に囲まれている。マユリに叱られていなくなったはずなのに。ピケが羨ましくて集まったのか。
「うわああぁ〜〜っ‼︎ ボクはどうすればいいでチュウッ‼︎」
人間だったらじゃんけんやくじ引きで決められるのに。動物の世界も大変なんだな。
「ピケ、何匹か一緒に乗せてもらえばいいだろ?」
僕の助言とズレ落ちた眼鏡。
眼鏡をかけ直しながら、ピケはハムスター集団を見た。
「ワンちゃん、みんなが乗っても重くないでチュウ?」
ワンッ‼︎
チビの大きな鳴き声に、ハムスター集団はくるくると跳ね回る。乗る順番を決めようとするように。
「では、私のお遊びはここまでとしよう。菓子の味を堪能したまえ」
マユリが立ち上がり見えだしたもの。
黒で統一されたテーブルと椅子、テーブルに並ぶティーカップといっぱいの菓子。僕の気を引いたのは色とりどりのマカロンタワー。
マユリの目がチビ達に流れ、子供らしい笑みが浮かんだ。
「あの犬、客人の迎えにと思い出から呼び出してみたが。彼らのいい友になりそうだな」
「これからもチビに会えるのか? この世界に来れば」
「会うのが嫌なら、すぐにでも思い出に戻してやるが」
「マユリ様、それは駄目でチュウッ‼︎ ワンちゃんは友達なんでチュウッ‼︎」
ワンッ‼︎
ワンッ‼︎
「うるさいぞピケ‼︎ 客人、私からの勧めはレモン風味のマカロンだ」
レモン風味か、美味いなら食べなきゃな。
あれ?
何かが体を引き寄せようとする。
見えない力……もしかして、目が覚めるのか?
これは夢だ。
忘れはしない夢。
何度でも……チビに会える夢なんだ……
白い天井と冬が近い朝の肌寒さ。ベットの傍らで、母さんと兄貴は眠っている。
首にかけられた羽根のネックレス。
思い出の図書館への鍵と、物が秘める思い出を知る力。
僕が望むままに……思い出は目覚めていく。
***
病院から出て、母さんが運転する車で帰路につく。
僕が倒れ救急車で運ばれたこと、その時の驚きを母さんは笑いを交えて話してくれる。
笑えるのは僕が元気だからだし、母さんを悲しませなくてよかったと思う。
僕の隣でおにぎりを食べだした兄貴。
焼きそばパンを食べて胃が膨れたし、母さんに聞かれても平気なことを話そうか。
「兄貴、夢の中でチビに会ったんだ。ハムスター達と仲良くなったんだよ。チビが兄貴みたいに優しくて……嬉しかったな」
クスっと笑った母さん。
僕達がチビを可愛がるのを見守っててくれたっけ。
「チビとハムスター達か。颯太が見そうな夢だよな」
「それ、どういう意味?」
「僕の弟だからさ。思考も行動もそっくりじゃんか」
動物好きが見そうな夢、兄貴はそう言いたいのかな。
帰ったら全部話す、リリスのこともマユリのことも。
兄貴はどんな顔で聞くだろう。
鞄の中から響くメールの音。
スマホを取り出して見ると、メールの送り主は野田だ。授業始まってるのにスマホいじりすぎだろ。
[君、今日休みなんだね]
僕が休んだの、驚いてるみたいだな。他に驚いてるのは三上と坂井か。
[返事不要、授業中だから]
わかってるよ、そんなこと。
ふたつめのメールに貼られた画像、スマホゲームのキャラクターか。剣を振りかざすピンクの髪のメイドと相棒のもふもふペンギンって……どんなゲームなんだよ。
「颯太、アパートに着くけどいつ話す?」
「兄貴が話せる時でいいよ」
「なら着いたら話そう。昼飯は僕の奢りだ」
「涼太ったら。颯太は休んでるのよ?」
「外に出るのは僕だけだよ。母さん、食べたいもの遠慮なく言って。美味いもの買ってくるからさ」
奢るとか母さんを気遣うとか、本当に兄貴は変わった。
オモイデ屋に並ぶ商品に眠る思い出。
それが悲しく、寂しいものだったとしても。時雨さんの優しさに守られ癒されてるのかな。
時雨さんに癒されてるのは兄貴も同じだ。
次章〈オモイデの道標〉
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