オモイデの目覚めと転校生
都筑颯太視点
第三話
授業が始まる前、ざわめきの中繰り返すあくび。土曜と日曜、二日続けての夜更かしが原因だ。
読み進めたノート。
リオンの想いが記されたそれは、作り話とは思えないものだった。不死の苦しみと絶望、優しさに包まれた絵梨奈とのひと時。
何枚ものスケッチ画、描かれてるのはたぶん絵梨奈だ。穏やかな笑み、絵梨奈が本当にいたようなリアルな描写。
気になったのは、物語では描かれていなかったもの。
リオンの翼から生みだされた不死の人物とリリスという名の天使。ネットに新しい情報はなく、物語の続きと人物について何もわからなかった。
ひとつだけわかることは、リリスも不死の命を持っていること。
霧島さんは何からヒントを得て彼らを描いたんだろう。
「おはよう、颯太君」
あくびに重なった声。
席の前に立つ三上。
「どうしたの? めっちゃ眠そうだけど」
「あまり寝てなくてさ」
「ねぇ、どうだった? うちの唐揚げ」
「……唐揚げ」
まいったな。
食べたけど味のことは気にしてなかった。ノートのことで頭がいっぱいだったし。答えようがなく、頭を掻きながら教室を見回した。
「颯太君ってば。寝ぼけすぎじゃないの?」
呆れてる三上と女子達の笑い声。
三上と話すの見られてるみたいだな。見てたからって面白くないだろうに。
「理沙ったら。怒ると嫌われちゃうよ? 都筑君に」
近づいてきた女子が三上の肩を叩く。学級委員長の坂井夏美だ。怒るとか嫌われるとか何言ってるんだ? 三上と顔を見合わせるなり笑いあって、女ってのは訳がわからない。
「坂井、今のどういう意味?」
「気にしなくていいよ。そのうち理沙が話すと思うから」
「夏美ってば‼︎ なんでもないよ、颯太君」
三上の大声と女子達の笑い声。
「そろそろチャイムが鳴るね。行こう、理沙」
「ねぇ、委員長」
ふたりが席に向かうなり、坂井にかけられた声。
声の主は
「今日も転校生は来ないのかな?」
野田が切りだした話に坂井は顔を曇らせる。
転校生の知らせがあったのは二週間前。先生が言った名前聞いてなかったんだよな。
「先生と話してるけど、しばらくは来れないみたい。体調は悪くないみたいだし気持ち次第だと思う」
「早く来てくれるといいね、夏美」
真面目な坂井と誰にでも親身になる三上。
顔も知らない転校生を気にかけてる。誰もが自分のことや、気になることを考えて誰かを思いやる余裕がない中で。
「聞きたいんだけど」
坂井を見ながら眼鏡をかけ直す野田。
何を聞くんだろう。もうすぐ授業が始まる。先生が来るまでに話は終わるのか?
「転校生について、先生から聞かされてることは?」
「少しだけなら。言えるのは、お屋敷に住んでる男の子ってことだけね」
「屋敷のことは?」
「何も。お屋敷のことなんて学校には関係ないんじゃない?」
何を考えてるんだ野田は。
教室を見回すと、みんなが野田を見て何事かを話してる。
「委員長、転校生のことで提案があるんだ」
「提案?」
坂井は眉をひそめる。
「先生に許可をもらって一緒に屋敷に行かないか? 委員長は学校に来るよう転校生を説得する。僕は委員長の手伝いを口実に屋敷の調査を」
教室はどよめき、三上と坂井は顔を見合わせた。
調査って……野田は何を調べるつもりなんだよ。
チャイムが鳴り、授業の始まりを告げる。先生が来る前にと三上達は自分の席へと急ぐ。
「委員長、返事待ってるから。霧島邸の調査、僕は楽しみにしてるんだ」
霧島?
今……霧島って言った?
「野田っ今の話」
入ってきた先生が僕達を見回した。
このタイミングで授業が始まるなんてついてないな。
霧島邸。
偶然なのか?
霧島貴音、彼と同じ名字だなんて。
オモイデ屋に向かう中、すれ違った残像が脳裏に浮かぶ。生々しい傷痕、風に靡く白く長い髪。
彼が生みだした不死の者達。
偶然じゃないのなら。
物語のヒントになった何かが、霧島邸にあるならなんなのかを知りたい。
少しだけ……彼と話が出来るなら
***
昼休み。
弁当を食べ終えて、野田を屋上に呼び出した。やって来るなり座り込み、スマホを取り出した野田。
「あのさ、今朝野田が話してたことだけど」
返事がない代わりに響く音。
素早く動く指と、スマホを見る野田を前に思う。話をする気があるんだろうか。呼び出しに応じたのに僕に見向きもしないなんて。坂井に話しかけてたのが嘘みたいだな。
「野田……聞いてる?」
うなづきもせず、野田は操作に没頭する。大きな音が鳴り『よしっ‼︎』と声を漏らした。野田にとっては、僕と話すよりゲームをクリアするほうが重要って訳だ。だったら呼び出しに応じるなよ。
教室に戻ろうとして足を止めた。野田の都合に合わせるのは不愉快だ。
寝転んで、小さな雲の群れを追う。晴れた空の下、朝から続く眠気がやけに心地いい。
「君さ、話があるんだろ?」
響いた声。
野田を見るとスマホを見てるまま。気のせいかと目をそらし雲を追いかける。
「何を考えてるんだ? 人を呼び出してだんまりなんて」
気のせいじゃなかった。
何言ってるんだよ、だんまりなのは野田のほうじゃないか。
「話しかけてるのに野田が何も言わないから」
「まったく」
スマホを見たまま野田は呟いた。
「声は聞こえてる。君の話が終わったら答えられるんだよ」
「そんな……屁理屈」
立ち上がった野田が、寝転んだままの僕に近づいてきた。
「君、今朝の話って言ってたね。興味があるのか? 霧島邸にさ」
寝転んでるだけで、小柄な野田が大きく見える。僕を見る野田を、照らす陽の眩しさに目を細めた時だった。僕の横に座るなり寝転んだ野田。起きあがろうとした僕の腕を掴んでくる。このまま寝てろってことか?
「君って面白い奴だな」
「どういう意味だよ」
「そのままさ、都筑君は面白いよ」
腕を離すなり野田は『ははっ』と笑う。坂井に話しかけたことにも驚いたけど、こんなふうに笑える奴だったのか。
「夢だったんだ。ダチと寝転んでくだらない話で盛り上がる。誤解しないでくれよ? 都筑君をダチとは言ってないから」
「わかってるよ。野田をダチだと思いたくないし」
「ふうん? 結構キツイこと言うね」
「野田の屁理屈よりマシだ」
野田は楽しそうに笑う。
もしかして笑い上戸だったりするのかな。教室でもみんなに話しかければいいのに。よく笑うのが知れれば、ダチなんてすぐ出来るだろうから。
「都筑君、もう一度聞くけど霧島邸に興味があるのか?」
「少しだけ。……会いたい人がいるんだ。作家なんだけど、霧島って名字だから」
「霧島邸にいるかもしれないって? 世の中には霧島を名乗る人間は沢山いる。そんな出来すぎた話あるはずないだろ?」
「それは……そうだけど」
野田の言うとおりだ、現実は物語のように甘くはない。馬鹿だな僕は、ノートを手に入れて舞い上がってるんだ。
「ごめん……僕の勝手な思い込みで呼び出しちゃって。野田は読んだことある? 黄昏の慟哭」
「ない、本には興味ないんだ」
「……そっか」
「すごい落ち込みようだな。都筑君の話が終わりなら僕の番だね。僕の祖母は霧島邸で働いてたんだ。
響いたスマホの音。
画面を見るなり、野田はポケットにしまいこむ。
「妙なことを何度も聞かされた。祖母は半信半疑で聞いてたみたいだけど。なんだと思う?」
「さぁ、幽霊の話とか?」
「娘のことだよ。不思議なものが見えたらしくてさ、主人はそれを気味悪がって娘に近づこうとしなかった」
「……そうなんだ」
「主人と妻が死んだあと、娘は祖母ら召使いを解雇した。残されたのはひとりの召使い、娘にとっては一番の理解者だった。祖母は今も後悔してる、娘と主人が話せる機会を作れなかったことを。叶うなら娘に会って謝りたいってさ」
「それじゃあ、霧島邸の調査は」
「祖母のためだよ。知りたいんだ、霧島絵梨奈の今を」
「絵梨奈? それ……娘の名前なの?」
心臓がどくりと音を立てた。
こんな偶然があるのか?
こんな、近い場所で絵梨奈の名を聞くなんて。
絵梨奈が……絵梨奈は本当にいたっていうのか?
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