11_20170627執筆分

尚人は、不適な笑みを浮かべる。

長いフリルのスカートを履いたいでたちと、その微笑みが奇妙に調和している。

成人しているのだろうが、まるで生意気な少女のようだ。

「よしんばそうだったとして、何故君は彼女のことを忘れていたんだ? 彼女に愛されていながら。

 その幸福を甘受しながら」

尚人の言葉には、僕に対する明らかな嫉みが隠れ見える。

「彼女は本当は僕を愛しているんだ。

 だから邪魔な君を遠ざけたのさ。君の記憶を奪ってね。

 だってそうだろう?そうじゃなきゃ、何故彼女は僕を探してくれているんだ」

「それはきっと、お前を哀れんでいるからだろう」

「哀れむ?」

「ああ。自分しか愛せないお前を、彼女は哀れんでいるのさ」

残酷な事を言っていると自分でも思う。

「自分しか愛せないのは君も同じじゃないか」

尚人は鼻で笑った。

「君は彼女を愛しているんじゃない。

 彼女を探し続けている、自分を愛しているんだ。

 彼女に対する愛を貫こうとしている、自分を愛しているんだ。

 本当は、彼女のことなんてどうだっていいんだ。

 ナルシシズムなのさ。

 違うというなら、なぜ彼女の名前も、容姿も、すっかり忘れていたのか、

 答えてもらおうじゃないか」

「悪いが、お前と押し問答するつもりはない」

僕は突き放した。

「彼女はどこだ。彼女に会いたい」

「お急ぎのご様子だね」

「当然だ。僕はもう懲り懲りなんだ。

 こんな無意味で退屈な茶番は。

 さっさと終わらせてしまいたいんだ」

「いいだろう。この場は見逃してあげるよ。

 ただ、君の願い通りにはならないと思うね」

「どういう意味だ」

「君はこれからも、ずっと、

 無意味な茶番を続けるということさ。

 それに意味を持たせようと必死になりながらね。

 それが君の人生なんだ。

 哀れだよ、君は。僕と同じように。

 それじゃ、ご健勝をお祈りするよ」

言いながら、スカートの端を掴んで、慇懃に一礼すると

尚人の姿は消えて、辺りを再び暗闇と静寂が包んだ。

「理香」

僕は彼女を呼びながら、暗闇の中を彷徨い歩いた。

「理香、どこに居るんだ」

理香からの返事は無い。

もう僕には分かっている。

彼女は去ってしまって、もう二度と戻らない。

もう一度彼女に会うには、方法は一つしかない。

僕が覚悟を決めると共に、形作られていた記憶がまた薄れていく。

今度こそは間違えまい。同じ顛末は辿るまい。

僕は彼女の容姿を忘れる。名前を忘れる。

ただ彼女のことを探していること。

彼女を確かに、愛していたこと。それだけを記憶に留めて、

自分の意志で、暗闇から一息に飛び出す。


静寂は一瞬にして打ち破られた。

あちらこちらから火の手が上がる。

逃げ惑う人々。叫び声や、悲嘆とも苦痛を訴えているとも知れぬ呻き声。

僕は火に向かって叫ぶ。

君が好きだ。



END

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混沌 ~正体不明の僕と彼女の無意味な茶番劇~ サニディン @sanidine

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