10_20170624執筆分

理香の指さした方向を見ると、

むきだしの螺旋階段があった。

しかし、どうにも妙に感じて、階段を見上げた。

どうしたことなのか、階段は上へ上へと、果てしなく上へと続いている様子である。

おかしい。外から見た時は、こんなに高い建物ではなかった。

「ねえ、昇ってみようよ」理香が僕の顔を見つめながら言う。

「何か思い出せるかもしれないよ」そう続ける。

なぜ、この子はそう思うんだろう。

この階段が何だというんだ。ただの、螺旋階段じゃないか。

昇ったところで、何も思い出せなんぞしない。

いや――、思い出したくない。

「おじさん?具合悪いの?」

「何でもないよ。そうだね、そう。昇ろうか」

僕たちは階段を昇り始めた。

そして淡々と、昇り続けた。

そうしているうちに、僕は、僕と理香が、

この世界で二人きりになっているような感覚を覚えた。

今、この子が姿を消したら、どうしよう。

自分はめげずに、彼女を探し続けられるだろうか。

本当に居るかどうかも怪しい彼女を。

それよりも、理香を大事にしたほうがいいんじゃないだろうか。

この子はひょっとすると、僕にとって唯一無二の存在なんじゃないだろうか。

まだあどけない、幼いこの子が、いずれ僕の伴侶となるのではないか。

「待って。何か来る」

理香が険しい目をしながら、これまでに無い、大人びた口調で僕に告げた。

「え?」

「追いかけてくる。逃げよう!」

理香が僕の手をとって、上を目指して走り出す。

僕は何が来るというのかと思い、振り返る。

そして、驚愕した。鳥のような化け物と、豚のような化け物二匹が

僕たちを追って、背後から迫ってきている。明確な殺意を振りまきながら。

僕は理性を総動員して、叫び出したくなるのをこらえ、

僕の手を引いていた理香より前に躍り出て、先導した。

必死に走る。幾度か、鳥のかぎ爪が、僕の肩口をかすめた。

痛みが走るが、構っている場合ではない。

捕まったら、間違いなく殺される。


僕は、理香の手を引いている自分の手が、

重みを増したのを感じて、何か予感を感じながら、理香のほうを振り向く。

彼女は、成長している。成長して、ウェディングドレスを着ている。

その姿を見て、僕は全てを了解した。

そうだ。そういうことだったのだ。何もかもが克明に思い出される。

僕は、遙かなる時を、もうずっとこうしているのだ。

僕が探していたのは、理香だ。

最上階に着く。扉が見える。

この先は結婚式場だ。彼女と結婚するために、僕はここまで彷徨ってきたのだ。

息が弾む。階段を走ってきたせいでも、追われているせいでもない。

興奮が僕を包んでいる。ついに彼女を――。

僕は扉に手をかけて、開く。

次の瞬間、暗闇が僕を包んだ。

僕の手にかかっていた、理香の重みが消えた。

僕はもう一人だった。一人で暗闇の中にいた。

彷徨い歩く。あの、マンホールの下に降りた時の暗闇よりも、

はるかに暗い。まるで、この空間に何も存在していないかのような暗さだ。

「やあ。来たね」

声が響いた。僕はその声の主が誰か、確信を持って答えた。

「尚人か」

「そうだよ。久しぶり」

暗闇の中から、スッとその姿を現したのは、理香がなおちゃんと呼んでいた、尚人だ。

僕はこの男を知っている。ずっと前からだ。

因縁のある相手だった。彼は彼女を愛している。彼女は彼のことを――。

「彼女が愛しているのは、僕だ」

僕は、自分の考えを打ち消すかのように、一人ごちた。その声は、尚人に聞こえていた。

「それはどうかな」

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