第3話 召喚士、異世界に降り立つ

「なんだ、ここは……」


 目を開けると、まず夜空が広がっていた。僕のいた世界とは時間が反対になっているようだ。


 そして何より、目の前には見知らぬ建造物があった。屋根が平らで、正面はガラス張り。ガラス越しに見えるのは薄い本のようなもので、その向こう側には見たことがない雑貨がちらほら。異世界人もいるようだ。


 しかし、驚くにはまだ早い。その正面には人が出入りする扉があるのだが、それが人の手が触れずとも勝手に開くのだ。探知魔法を使用しいていても、その扉に魔法がかけられていない、それどころかその周囲から魔力が感じられない。


 そして、ついでに気づいたのだが、この世界では魔力を持った者が少ない。建造物にしろ、その中に並ぶ物体にしろ、一切感じられない。この世界では一般的に魔法が使われないのか?


 もう気になって仕方ない。まずはあの扉からだな。まわりの目など気にせず、恐る恐る扉に近づいた。


「うお」


 やはり勝手に開いた。


 そして今気がついたのだが、よく見てみれば横に開いている。勝手に開くことに意識を持っていかれていたが、これもまた不思議だ。もしかして、横に開くことで無駄な面積を生まないようにしているのか……?


 異世界の文明は進んでいるように思える。魔法ない代わりに知恵を振り絞っているのだろう。ますます興味が湧いてきた。


「あ、あの。入れないんですけど」


「あ、ごめんなさい!」


 扉に惹かれるあまり後ろにいた男に気づかなかった。すぐさま横に避けると、その男はそのまま軽く会釈して中に入っていった。


 なんと礼儀正しい人なんだ。この世界には様々な人がいるようだな。


「……さむ」


 気づけば僕は見知らぬ建造物の中に入っていた。密閉された空間であるにもかかわらず、不思議なことに中は外よりも涼しい。そして、天井からは無数の光が降り注いでいた。


 外から見た時は分からなかったが、どうやらこの世界には勝手に光っている物体もあるらしい。無論、それは魔法を感じられないから分かったことだ。


 見上げていた顔を下ろすと、所せましと商品とおぼしきものが詰まった棚が三列ほど並んでいた。ただ、この世界の文字は読めない。言葉は仕事で聞いているからなんとなくわかるものの、これまた困ったものだ。知りたいことが増えてしまう。


 そういえば商人の姿が見えない。だいたいこういった店に一人はいるはずなのだが。もしかして、商人がいなくても買うことができるのか?


「あの、そこのお菓子取りたいんですけど……」


「あ、ごめんなさい!」


 先ほどの彼だ。僕がいたところは菓子の類が並べられたところらしい。すべてが袋のようなものに包まれていて食べ物には全く見えないけど。


 声をかけてきた彼は颯爽と菓子袋を取ると、見たことのない物体があるところに行った。その物体には異世界の言葉と絵のようなものが並べられている。張り紙のようなものなのかもしれない。


 しばらくして、奥から商人とおぼしき人が姿を現した。ふむ、「いらっしゃいませ」とはどの世界でも共通なのか。


 って、なんだあれは。客の商品に向かって何やらかざし始めたぞ。ピッピッと音が鳴るたびに張り紙と思っていた物が更新されていく。


 どういうことだ……。魔力など一切感じられない。もしかしてあれが機械というものなのか?右側には数字、左側には商品名なのか文字列が並んでいる。勝手に計算しているというのか、異世界の文明は発展しすぎてはいないか。


 も、もしかしてあの商人、とんでもない力の持ち主では。なんてことはなく、その商人からは魔力を感じない。


 となると、やはりあの機械がすべて制御しているのか。なんとも興味深い。


「482円になります」


「っと、ではこれで」


 彼の財布のようなものから紙切れが出てきた。恐らく支払いを済ませようとしているのだが、そんな紙切れで金品のやり取りをしているのか。しかし、硬貨以外の貨幣は初めて見た。とはいえ、紙切れは硬貨よりも劣るのだろう。


「はい、では518円のお釣りになります」


 な、お釣りで大量の硬貨が渡されたぞ!?


 しかも金銀銅、様々な大きさをしている。こ、この世界では紙切れの方が価値あるものというのか、なんとも恐ろしい。思わず口を押えて見入ってしまっていた。


「ありがとうございました~」


  気づけば一連のやり取りを終えたようで、彼は手に商品の入った袋をぶらさげていた。そして、彼は扉を開けて行ってしまった。


 き、気になる。僕はなりふり構わず彼の後を追った。


「あの」


「うわあ!?」


 扉を抜けたところで急に彼が振り返った。


「さっきからなんですか」


 さっきの温厚な姿とは裏腹に、その言葉にはトゲがあった。

 当然のことだ。僕だって急に見続けられたり、忙しない言動をしていたりしたら不快に思う。


「あ、いや。その……」


 思わず口ごもってしまう。どう言えばいいのか、あっちからしたら僕が異世界からきた者だと思うだろうし、そもそも異世界があると信じてくれるのか。


「……もしかして、観光客?」


「カンコウ、客? あ、そうです! 他所よその国から来たんです!」


「そうだったのか」


 本当は世界ごと違うのだけど、そんな細かいことはどうでもいい。なんとかこの場は乗り切れそうだ。

 とはいえ、このままだと怪しさ満点。観光客ということにしておいて、さっさと帰ろう。


「……あ」


「ん?」


「ああああああ!!」


 どうやって異世界に帰ればいいんだ!?


 と、とにかく落ち着こう。帰ったところでいつもの仕事が待っているだけだ。むしろ、この世界で暮らせることを、ってお金もないのにどうやって暮らせば……。


 あらゆる可能性を考えてもすべて無に返る。やっぱり現実を受け入れるしかないのか、今まで見てきた異世界人もこんな気持ちだったのかな。


「ちょ、大丈夫、ですか?」


「え、あ、はい……。じゃ、これで……」


 大丈夫なわけがない。思ったよりも声が出ていないし、なにより力が入らない。とりあえず、この場を離れて座れる所に行こう。


「ちょ、ちょっと!」


 僕がのそりと彼を横切ろうとしたとき、急に腕を掴まれた。あれ、これもしかしてもっとやばい状況だったりするのかな。この世界にだって警備の人だっているだろうし。まあ、傍から見れば変出者だもんな。


 途方に暮れていた時、彼は落ち着いた口調でこう言った。


「もしかして、迷子?」






 ――――――――――――――――――――――


 ○後書き


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