第2話 召喚士、異世界に転移する
「はあ……」
「お疲れさまです、シーグルさん。今日も大変でしたね」
「ああ、キュリオか。お疲れさま。大変と言ってもこれが日常だからな、もう慣れっこだよ」
そう言いつつも疲れているのかため息の回数が多い。シーグルさんはこの場にいる召喚士では歴が一番長いという。そんな彼が心労してしまうのだから、この仕事は大変重たいものでもあるのだ。
「それにしてもキュリオはすごいな。嫌な顔どころか嫌味も言わないなんて」
「あ、あはは」
異世界人の観察をしているなんて言えるわけがない。ただの変態だし、国王からしたら侮辱罪に当たりそうだ。
「はあ、わしもそろそろ潮時かな」
「え?」
「なに、もう歳なのだよ。さっきの創造魔法で精一杯、魔力も底に付きそうなのよ」
「そんな……」
もし、シーグルさんがいなくなったとしたら、この仕事はだいぶ落ち込んでしまう。歴が長いからこそ異世界人のことを知っているのであって、対応をしやすい。そんな人がいなくなるのは大変な損害だ。
なにより、僕の観察の時間が、なんて言っている場合でもないか。
「シーグルさん……」
僕とシーグルさんの話が聞こえていたのか、一緒に仕事をしている召喚士も悲しんでいるようだ。無論、心の支えがいなくなってしまうということなのだろうが。
とはいえ、このままいなくなってしまっては困る。せめて異世界人との対話のためにも残っていただきたい。
「まあまあ、みなさん。そんな顔をしないでおくれ」
シーグルさんはなだめるように落ち着いた声色で答えた。
満ちかけている日は、まさしく現状を表している。今まで重鎮として支えてきたジトが引退宣言をしようとしているのだ。これを最後の言葉と受け取らなくてどうする。
「これから大変かと思うが、みんな。頑張ってくれ」
「はい!」
「頑張ります!」
「よーし、今日は送別会だ!」
これこれとシーグルさんは場を落ち着かせようとしたが、その火は燃え尽きることはなかった。
ええい、乗るしかない。このチャンスを逃すわけにはいかない。
「シーグルさん!」
「お、どうした。キュリオ」
「あ、あの……異世界人について聞きたいです、シーグルさんの跡を継ぎたいです!」
シーグルさんは目をぱちくりしている。無理もない話だ。異世界人の話を聞きたいという人は僕以外にいないだろう。まわりにいる人たちも僕の声に気づいたのか、いつの間にか静かになっていた。
これを逃したらもう二度と話すこともないかもしれない。だったら、ありったけの異世界人の話を聞くしかないじゃないか。
「そうかそうか。でもな、異世界人の話はできないよ、国王様に話すなと言われているからね」
「で、でもそれは召喚士以外のお話しで……」
「それでも、わしは話さんよ。それに君はまだ十五の子どもだろう?」
まだ知るには早すぎると言わんばかりに頭に手を置かれた。シーグルさんが自分に厳しいことは良く知っている。一か八かの賭けだったが、あえなく失敗。
がっかりしつつも、最後まで自分を貫くシーグルさんはみんなのあこがれだな。
「ああ、でも」
和やかな雰囲気を破るようにシーグルさんは口を開いた。
「わしからは教えられないけど、キュリオが異世界に行けば知ることができるかもしれないな」
冗談交じりに感じる物言いにどっと笑いが溢れた。彼らしからぬ言動に周囲は大はしゃぎだ。
そんな状況で僕は一人、下を向いて目を輝かせていた。
◇◆◇
翌朝。僕は一番乗りで仕事場にやってきた。
いつもならシーグルさんがいるはずなのだが、今日はいない。
昨日、仕事が終わった後にここに残っていたみんなで送別会を盛大に行った。そのおかげと言ってはなんだが、僕以外はベロベロに酔っぱらってしまっていたようだ。僕にとっては絶好のチャンスと呼べる。絶対に逃してたまるものか。
とにもかくにも試してみたい。この僕が異世界に行けるのか。
冗談交じりに言われたことは盲点でしかなかった。しかし、僕は異世界から召喚することはできるけど、さすがに自分自身を転移させることなんて試したことがないし、そもそも本当に転移できるかどうかも怪しい。
それも、僕らが異世界から人を転移させるにはこの召喚台の力なしには不可能。
異世界から召喚される者はこの召喚台が決める。どういった魔法なのか不明だが、選ばれた者を召喚しようとすると召喚台から青白い光が発せられる。そうなれば我ら召喚士の出番。転移魔法を詠唱して勇者候補を召喚する。
転移さえるための一連の流れはこうなのだが、やはり一番の問題はどうやって召喚台を光らせるかだ。基準も分からないし、どのタイミングで選ばれるかも分からない。
ま、とりあえず召喚台の上に立ってみるか。
シーグルさんたちから召喚台には立つなと言われていたけど、それはこの世界から異世界に転移が出来るからなのかもしれない。
「うーん」
とにもかくにも、どうしたら召喚台が応えてくれるのか。
まずは、今まで見てきた異世界人のことを思い出してみるか。
だいたいは悲しんでいたような気がする。そりゃ親族や友人から無理やり縁を切られたようなものだからな。そうなるのも無理はない。
たまに無関心というか、感情が欠落したような者もいるがあれはどういうことなのか。なにも望みがないような目をしている者もいたな……。
もしかして、悲しんでいるのはこっちの世界に来たからではないのか?
考えてみれば、今まで異世界のことを話している者を見たことがない。昨日の男のように自分のことばかりを考えている者の方が多いな。
さらに気になってきた。もしかすると異世界は僕が思っているよりも楽しいところではないのかもしれない。
まあ、この仕事を任されるまで退屈していたからそれほどではないと思うけど。
正直、この世界に退屈している。僕から見れば平和だし、だけど国王は外に出してくれないし。
生まれた時から独りだった僕は魔法に関する本を読み漁って過ごしてきただけ。この仕事もその時からの知的好奇心から引き受けたもの。
言ってしまえば、もうこの世界に知りたいことなど、ほとんど残っていない。
「ん。って、うわ!?」
そう思ったとき、突如乗っていた召喚台が光り始めた。大声を上げてしまったが、幸いまわりに人はいない。すぐさま転移魔法の詠唱を行う。
瞬く間に青白い光が包み込み、眩しさで咄嗟に目をつむった。本当に異世界に行けるのか、楽しみだ。
――――――――――――――――――――――
○後書き
最後までお読み頂きありがとうございます!
☆や♡で応援して頂けると大変励みになります!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます