召喚士、異世界に転移する

pan

第1話 召喚士、異世界に興味を持つ

 異世界転移。それは文字通り、過ごしている世界とは異なる世界に移るということ。


 いつ、誰がこのようなことをし始めたのか。僕らは、今いる世界を救う者、いわゆる勇者を召喚するために行っていると聞いているが、本当のことは知る由もない。あまりに一方的な理由だから少々疑っている。


 それも、僕はこの目で幾度となく転移してきた者を見てきた。


 声を荒らげる者。静かに涙を流す者。無関心の者。転移してくる大半の者は否定的な感情がこぼれていた。


 とはいえ、たまに、それとは正反対の者が現れる。テンションが高いと言うべきか、初めての出来事に心躍る子どもと言うべきか。ただ、そういう者に限ってすぐに諦めてしまう。


 転移してきたのに魔法が使えないだの、筋トレしても剣がまともに扱えないだの。悪態ばかりをついて、終には城を出てしまうらしい。


 その度に転移魔法を扱う召喚士に苦情が入ってくる。ただ、国王の命令に従って召喚しているだけなのに。


 何を隠そう、僕、キュリオ・グラッドは召喚士なのだ。昔から魔法は得意で、気になった魔法は本で調べたり練習したりしてきた。この転移魔法は難しい方ではあるが、正直僕にかかれば楽勝だ。


 普通は三人協力して転移させるのがやっとなところを、僕は一人で、しかも一日に三回は発動できる。生まれつきの魔力量なのか、勉強の成果なのか、今まで魔法には困ったことがない。


 現に召喚士になれたのもそのおかげ。実は一度だけ、国を脅かすほどの魔法を放ちそうになったことがあって、それを聞きつけた国王が僕に召喚士の称号を与えてくれた。


 なんでも、この処遇は異例なのだと言う。確かに、普通ならば国を滅ぼしかけるほどの魔力を持ち合わせている人間を見逃すわけはない。おそらく、そうしなければならないほど、国王は焦っているのだろう。


 とはいえ、国王には感謝しなければ。こんな仕事まなび、他にない。

 僕はいつの間にか、異世界転移してくる者に興味を抱いていた。もっというと、異世界とはどんな世界なのか、知りたくてうずうずしているのだ。



 ◇◆◇



「おい! 早く元の世界に戻せよ!」


「そう仰られても、国王様の許可を得ないことには……」


「くそ! あぁ……俺の、愛しのアリスたん……もう少しで俺はキミと一緒になれたのに……」


 どうやら今日も不作のようだ。というか、毎日こんなものだ。一日に召喚されてくるのはせいぜい三人、多くて五人ほどか。


 今日はこれで三人目。一人目と二人目はすでに国王と謁見済みなようで、この世界で生きていくことを決めたらしい。


 らしい、というのは、僕ら召喚士は召喚された者の行く末を知らないのだ。ただ召喚して、王国直属の兵士に引き渡す。


 なんとも奴隷のような扱いだが、兵士曰く、勇者候補というのは力を持っていて危険らしい。その力が目的で召喚しているのだから当然と言えばそうなのだが。


 ただ、ただただ悔しい。なぜ、その異世界人と話すことも許されないのか。

 じっくりと話し合いたいのに、召喚された者がこの世界を受け入れたら兵士が国王の下に連れて行く。


 もちろん、自分から異世界人に話しかけたことはある。しかし、すぐに兵士が間に入ってきて強制終了。それ以来、話しかけるなんて無謀なことはしなくなった。


 ということで、今度は盗み聞きや行動パターンを入念に意識するようにした。今もこの世界を受け入れられない異世界人の言い分を盗み聞きしている。


「あの、そろそろ国王様へ謁見を……」


「うるさい! 早く元の世界に戻せってんだ! こっちはいいところだったんだぞ!!」


 さてさて、「いいところだった」とはどういうことなのか。さっきはアリスたんなどと言っていたが、もしかしてあの男が手に持っている女の子を小さく模造した物のことを言っているのか……?


 なんとも不思議な男だ。髪は荒れに荒れていて、腹も少し出ているようだ。上下に黒地で伸びきった布をまとっていて、なんとも貧相に見えてしまう。そこまで近くにいるわけでもないのに臭ってくるし。


 まあ、言動や身なりから察するに、しょうもないことをしていたのだろう。

 同じく、異世界人の対応をしていた召喚士の一人、シーグルさんも察したようだ。


「はあ……わかりました。もし、国王様と謁見されましたら、そのアリスたんとやらを増やして差し上げましょう」


「ふん。そんな冗談に付き合ってられるか」


 ならば、とシーグルさんは異世界人の目の前で詠唱し始め、瞬く間に異世界人の手に持っている女の子と瓜二つの物体が現れた。


 異世界人は呆気にとられ、ただただ魔法によって作られた女の子を見つめている。


「素材は異なるかもしれませんが、これで信じていただけましたか?」


「お、おう。これって、俺もできるようになるのか……?」


「あなた様は勇者として召喚なされました。この創造魔法の類など、すぐに会得できることでしょう」


「ほ、本当か!?」


 先ほどまでの悪態はどこへやら。その後、異世界人は喜々として国王との謁見を受け入れ、目の前からいなくなってしまった。


 何をそこまで彼を駆り立てるのか。まったく見当がつかないが、やはりしょうもないことのような気がする。考えるだけ無駄かな。


「はあ……」


「お疲れさまです、シーグルさん。今日も大変でしたね」


「ああ、キュリオか。お疲れさま。大変と言ってもこれが日常だからな、もう慣れっこだよ」


 そう言いつつも疲れているのかため息の回数が多い。シーグルさんはこの場にいる召喚士では歴が一番長いという。そんな彼が心労してしまうのだから、この仕事は大変重たいものでもあるのだ。


「それにしてもキュリオはすごいな。嫌な顔どころか嫌味も言わないなんて」

「あ、あはは」


 異世界人の観察をしているなんて言えるわけがない。ただの変態だし、国王からしたら侮辱罪に当たりそうだ。


「はあ、わしもそろそろ潮時かな」


「え?」


「なに、もう歳なのだよ。さっきの創造魔法で精一杯、魔力も底に付きそうなのよ」


「そんな……」


 もし、シーグルさんがいなくなったとしたら、この仕事はだいぶ落ち込んでしまう。歴が長いからこそ異世界人のことを知っているのであって、対応をしやすい。そんな人がいなくなるのは大変な損害だ。


 なにより、僕の観察の時間が、なんて言っている場合でもないか。


「シーグルさん……」


 僕とシーグルさんの話が聞こえていたのか、一緒に仕事をしている召喚士も悲しんでいるようだ。無論、心の支えがいなくなってしまうということなのだろうが。


 とはいえ、このままいなくなってしまっては困る。せめて異世界人との対話のためにも残っていただきたい。


「まあまあ、みなさん。そんな顔をしないでおくれ」


 シーグルさんはなだめるように落ち着いた声色で答えた。


 満ちかけている日は、まさしく現状を表している。今まで重鎮として支えてきたジトが引退宣言をしようとしているのだ。これを最後の言葉と受け取らなくてどうする。


「これから大変かと思うが、みんな。頑張ってくれ」


「はい!」


「頑張ります!」


「よーし、今日は送別会だ!」


 これこれとシーグルさんは場を落ち着かせようとしたが、その火は燃え尽きることはなかった。

 ええい、乗るしかない。このチャンスを逃すわけにはいかない。


「シーグルさん!」


「お、どうした。キュリオ」


「あ、あの……異世界人について聞きたいです、シーグルさんの跡を継ぎたいです!」


 シーグルさんは目をぱちくりしている。無理もない話だ。異世界人の話を聞きたいという人は僕以外にいないだろう。まわりにいる人たちも僕の声に気づいたのか、いつの間にか静かになっていた。


 これを逃したらもう二度と話すこともないかもしれない。だったら、ありったけの異世界人の話を聞くしかないじゃないか。


「そうかそうか。でもな、異世界人の話はできないよ、国王様に話すなと言われているからね」


「で、でもそれは召喚士以外のお話しで……」


「それでも、わしは話さんよ。それに君はまだ十五の子どもだろう?」


 まだ知るには早すぎると言わんばかりに頭に手を置かれた。シーグルさんが自分に厳しいことは良く知っている。一か八かの賭けだったが、あえなく失敗。


 がっかりしつつも、最後まで自分を貫くシーグルさんはみんなのあこがれだな。


「ああ、でも」


 和やかな雰囲気を破るようにシーグルさんは口を開いた。


「わしからは教えられないけど、キュリオが異世界に行けば知ることができるかもしれないな」


 冗談交じりに感じる物言いにどっと笑いが溢れた。彼らしからぬ言動に周囲は大はしゃぎだ。


 そんな状況で僕は一人、下を向いて目を輝かせていた。





 ――――――――――――――――――――――


 ○後書き


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