06 少女ニュートン、弟子入りを志願する

「すみませーん!」


「――?」


「わたしの先生に、なってくださーい!」


「……はあ?」


 われらが主人公・葛崎美咲穂かつらざき みさほは、このようにして、物理学者を標榜ひょうぼうする女性に、弟子入でしいりを志願しがんしたのだった。


「お断りします」


「ふえっ!?」


「わたしは小学生の家庭教師をするほど暇人ひまじんではないのです」


「なっ、なんでそこまでわかったんですかーっ!?」


「簡単な推理ですよ。おおかたあなたは科学が好きなお子さんで、わたしが物理学者だと名乗っているところを発見、ていよく勧誘をと考えたのでしょう?」


「ぐ、ぬう……」


「おや、図星ずぼしのようですね? そんな難しい顔をしたって、無理なものは無理ですよ?」


 美咲穂は折れそうになった。


 だが、ここで根負こんまけしてはあいならんと、心に馬力ばりきをかけた。


「わたしはニュートン先生を尊敬しているのです! わたしは物理学者になって、ノーベル賞を取るのです! だからわたしの先生に、なってください!」


「ほう、あなたはノーベル賞が欲しいのですか?」


「そうです!」


「……ならばなおさら、ダメですね」


「ふえっ!? どうしてですかー!?」


「ノーベル賞とは純粋に科学に向き合った人間に与えられるもの。ノーベル賞を欲しいと思って物理学者になろうなどという人間に、自然科学の神は本物などくれないのです。はじを知りなさいっ!」


 恥を知れとまでいう厳しいその言葉に、美咲穂は泣きそうになった。


 だがいっぽうで、そのとおりだと思った。


 自分は純粋に科学がしたいのだと思っていたが、どこかに『欲』をかかえていたのではないか。


 そのことに気がついたのだ。


「……それでもわたしは、科学がしたいのです……!」


 歯を食いしばり、涙をおさえながら懇願こんがんする少女の姿に、その女性は動かされるところがあった。


 おや、少しは『才能』があるのかもしれませんね。


 そう思ったのだ。


「……まあ、こんなところを誰かに見られて、何か誤解されるのは勘弁かんべんです。話だけでも聞いてあげますか」


「わ、わっ! あっ、ありがとうございます!」


「で、どういうなりゆきで、物理学者になりたいなどと――」


「それなら、わたしの家がすぐそこですから、おうちでお話しましょう!」


「……」


 抜け目のない、しかし、にくめない子だ。


 彼女は自分が手玉てだまに取られたことにあきれるいっぽう、少しだが美咲穂に興味を示しはじめた。


「……はあ、わたしもとんだ、おひとよしですね……」


 こうして少女ニュートンは、のちに恩師おんしとなる女性・蘭田理砂らんだ りさを、自宅へとまねいたのであった。

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